11 ☆1
空はどんよりとした雲に覆われていた。重くのしかかってくるような天気ばかりになったはいつの頃からだったろうか? この黒い雲のせいで抜けるような青空も、煌く星空も見えることが無い毎日になってしまった。
もう何回ため息をついたことか分からない。
彼女が手袋をそっと外して、机をなぞると、世界中が止まったかのような沈黙を破って、助手であるキリルが入ってきた。
「シャルロット様、またドラゴンが現れて町を滅ぼしていったようです。
これで被害は4箇所になりました。いずれの町も全焼です」
彼の顔には疲労が色濃く残っていた。
――闇の手
アカデミーではそう名前を付けて、その集団を呼ぶことにした。彼らは突然現れ、強大な魔法で森の一角をなぎ払い、城を立てた。たった1夜で。そして、そこを拠点として魔王は闇の魔法で近くの村を襲っている。
それが闇の魔法だとわかるのは、近くの村に住んでいる何人もの妖精が巨大なドラゴンを目撃しているからであった。
――ドラゴンは最強の闇の召喚魔法により呼び出される。
それは今までどの妖精も実現しえなかったといわれる伝説の魔法であった。
シャルロット様と呼ばれた妖精は肩までの短い髪を揺らして振り返る。綺麗な黒い瞳が深く沈んだ色を映し、長い睫毛が愁いを帯びた瞳を隠すように上下した。白皙の頬は少し青ざめ、形の良い唇からため息が漏れる。
動きやすいよう短くされた軍用ローブからすらりとした肢体が見えて、一瞬、彼は立ち止まった。
――見惚れている場合ではない
見た目は20代前半だが、中身は助手よりも年上である。魔力の量ははるかに上だ。
「また誰もいなかったの?」
胸元に室長である証のバッチが付けられている。彼女は研究者であり、この非常事態においては軍属の一人であった。
「ええ、骨一つ残らずありませんでした」
近くで観測していたアカデミーの者による報告書に目を通すと、突然まばゆい光が現れ、その影からドラゴンが現れ町を焼き尽くしていく手口が続いていると書かれてあった。
シャルロットがすっと目を細めると、「闇の魔術にしてはおかしい」と助手は一人ごちて頷いた。大抵の召喚魔法は、召喚する妖精が必ず近くに居るものだ。
それが突然闇の中から出てくる、というのは非常識なことである。「魔王だから」と言ってしまえばそれまでなのだろうが、これまでの召喚の常識からは考えられにくい。これは一体どういうことだろう。
「なんだか不可解な事件よね。気持ちが悪い」
「賛同しますよ。とりあえず、コーヒーでも飲みます?」
「ええ、そうね。いただくわ」
どんよりとした空が少し暗くなると「ああ夜だな」と感じる、そんな生活にすっかり慣れてしまった。
アカデミー周辺では、度重なる戦闘で、大地にあった豊な色彩、野菜や、果物や、緑――これらが一切失われ、もはや色とは呼べないような汚れた色だけが残っていた。
半地下にある戦闘用魔法技術研究所に移った者は、それすらも感じることができないが。そこでは様々なドラゴン対策、そして闇の魔法に対する攻撃魔法の研究が続けられている。
シャルロットもその一人として、これまでの研究から手をひくように迫られ、ここに入れられたのであるが、そもそも相手の情報が手に入らないことには対策も立てようが無いと思っている。
魔王はどこから来たのだろう?
魔王の城は何故森の中に立っていたのか?
襲われた村人達はどうして殺されなければならなかったのだろう。
そして、アカデミーから派遣され「命を失った」とカウントされる妖精達の死体の多くが見つからないのは、一体何故なのだろう?
――謎だらけであった。
まだ魔王が何らかの要求を突きつけてきたというのなら交渉の余地があるのかもしれないが。
そもそも魔王は何が目的なのだろう?
闇の魔術に長けているのはわかる。
しかし、支配するのが目的ならば非軍属の妖精を消してしまうのは得策ではない。
逆に、殲滅し破壊するのが目的であるなら、アカデミーの周りを狙ってばかりというのもなにやら不自然なおかしさを感じる。
シャルロットは記録簿に消滅した村の記録を自動速記ペンで書きつけていく。
魔王軍との戦闘日時と結果が現れる。文字にしてしまえば単なる一文だが、事実はアカデミーから優秀な妖精がたくさん派遣されては、その多くが命を失うという陰惨な事態。
闇の手の者が集まる城は天然の要塞であるから非常に攻略しにくいのだと聞いた。
「私の友達もアカデミーの軍隊として出陣して行きました」
そして戻ってきたのは「行方不明」という報告のみ。
魔王との戦闘で死体として残っているケースは少ないからだ。
「もうすぐ私達が出ていかなければならない時も近そうね」
淡々と彼女は言ってのけたが、これはまんざら嘘ではない。アカデミーでは深刻な兵士不足が起こっており、今では少年兵までが出陣するありさまだ。ドラゴン相手では本当に赤子のようなものだというのに。
「時間稼ぎも出来ない研究者は戦え、という者もいるみたいですね」
「出来ない」のではなく「そんな研究したくない」と言ったところで、そんなこと通じるはずも無いと、彼はため息をついた。
指で行方不明リストをなぞる。
「平和的な研究をやってたところはほとんどいなくなっちゃったね」
廊下をはさんで向かい側の研究室の妖精は、もう、いない。ずーっとそうやってたどっていく。
彼らは黒いドラゴンを見たのだろうか?
いずれ自分も見ることになるのだろうか?
そんなことを考えながらたどっていくうち、ふと、おかしいことに気が付いた。
「どうかしましたか?」
そっと声をかけてくれる彼の声が遠くに感じる。
「ねえ、闇の魔術の研究室ってなんで全員出兵してるの?」




