10 ☆3
「僕が復活したら、結婚する約束だったじゃないですか」
魔王の言葉に嘘は無かった。
あの人の隣にはあいつがいて、俺には居場所がない。
なのに選択肢なんて残されているのだろうか?
「帰れ」
俺の場所は無い、――けれども。
「お前達の場所も無い」
今、俺は笑っているだろうか?。
「シャルロット様は魔王を渡す気は無いそうだ。それでも強制的に連れて行こうとするなら考えがある」
それとも泣きそうな顔をしているだろうか?
今、俺は、どうせ壊れてしまう居場所なら自分で壊してしまいたいと思ってる。
それは、自暴自棄にも似た気持ち。
無詠唱で指を鳴らすと、学園を取り囲むように魔法陣が現れ、黄緑色に近い金色の光が現れた。学園に近づこうとしていたアカデミーの妖精たちがそこに足を踏み入れたとたん、電撃が走り体を引き攣らせながら飛びのく。
「室長様がいるとはいえ、10人とは少なくないか?
こちらに俺が向かったということは、俺も敵になるということだが」
ミカエリスは全く疑っていなかった。シャルロットの願いを聞くことが、彼女のためになると信じて疑わなかった。
あの方が望むのなら、自分に不利益に動こうが、構わないと思っていた。
その気持ちはずっと変わらない。
なのに……――
その気持ちを見透かしたように、光魔術研究室長は唇の端をあげて歪んだ微笑を作る。ローブの裾にまとわりつく闇の魔力を振り払うように1歩前に踏み出した。
「ああ、ミカエリスはこの報告を受け取る前にアカデミーから脱走したのだったな。
だからか。なあ、本来お前は誰よりもこっち側の妖精のはずなんだぞ」
次の言葉に凍りつくことになる。
「シャルロット様は魔王の隣に強制的に座らされているだけだ。
つまり、差し出したんだよ。昔、アカデミーは彼女を生贄にした」
そして、
――交換条件として、ベルナーという妖精をアカデミーへ戻したんだ。
「ベルナー、だ、と?」
ミカエリスは、意外な名前が出てきたことに驚いた。
のほほんとして、いかにもお人好しで、世話好きな妖精。
そして、この学園で5年前まで一緒にいた妖精。
そして、5年前にアカデミーへ来て、ジークハルトの封印を解いた妖精。
どういうことだ、今度は200年前に出現しただと? あのベルナーか?
ちょっと(いや、かなり)年を誤魔化している老け顔と思ったが、まさか一緒に勉強した奴が、教科書に乗っている歴史の体験者だったなんて洒落にならない。
「ベルナーという名前に心当たりがあるのか?」
光魔術研究室長に問われた時、ミカエリスはとっさに首を横に振った。あまりに話が突飛で信じられなかったという思いもあったが、それ以上にベルナーのことを信用していたからかもしれない。
少なくとも俺が知っているベルナーは信用できる奴だった。だからきっと理由があったに違いないと思った。
シャルロット様と引き換えにアカデミーへ戻ってきたベルナーが、200年より5年前のあの日、闇の魔王の封印を解いた理由が。
「それよりも、どういうことだ? 差し出した、とは。
あの方は今、過去の盟約に縛られているというのか?」
ぐるぐると新しい情報が入ってきて、頭の中で整理できなくなってきた。
差し出された彼女が封印したとはどういうことだろう。先ほどのあの様子からは、一人で乗り込んで、そのまま無理矢理封印したとは考えにくい。
何かを引き換えにしたのか?
「一体過去に何があったのか言えよ。どいつもこいつもまどろっこしい!」
「ミカエリス、アカデミー側に戻って来い。
こうなった今、お前がそちら側にとどまる理由は無いはずだ。
俺たちは、彼女に危害を加えるつもりはない。魔王に協力しているのも、その過去の経過に関係していると思っている。
アカデミーとしては、危険分子である魔王とその一味を処分することが目的だ。
そこをどいてくれ」
ポツリ……。
大粒の水滴が落ちる音がして、窓を濡らし、だんだん雨は激しくなっていく。
じんわりと湿度を増した空気に音が伝わりにくくなっているのか、外に出たミカエリスの声は聞こえない。
「みかちゃん」
彼女が心配になって外に出ようとすると、やんわりとジークハルトが制止した。
「シャルロットさん、今は出ちゃダメですよ。僕のためにも、貴方のためにも。
彼には時間稼ぎをしてもらわないと困るんですよね。
だからでしょう? 外に出るのを止めなかったのは」
――ミカエリスが裏切るのを分かっていて、外に出したのは。
「そろそろ終わりにしましょう。ね、シャルロットさん。もう少しで脱出用の魔法陣が……シャルロットさん?」
ざあざあと音を立てて降り始める雨に息を止められたかのように、シャルロットは口元に手を当て、体を縮こまらせた。自然と指に力が入る。
「どうしたんです!」
痛みに耐えるようにうずくまるシャルロットの様子に慌てて、ジークハルトは駆け寄った。崩れるように揺らいで倒れる彼女を抱きとめ、名前を呼ぶ。
窓を叩きつけるように激しく降る雨はそんな彼の声もかき消していく。
折角薬ができたというのにね。約束は守れないけれど、
彼女の指先にナイフで切りつけられたような痛みが走った。思わず顔をしかめ、ぎゅっと自分で自分を抱きしめる。
でもこれで全て終わるから。
もうすぐ、記憶が飛んでしまう。別のものの思考に支配されそうになり、目を瞑った。
ああ、あの人は泣いているのだろうか。
「どうなっているんですか! 僕だけ助かるなんて、そんなことっ!」
その晩、暗闇と雨をまばゆい光が煌々と照らし、漆黒のドラゴンが空へと舞い上がるのが目撃された。そして、その存在は遠い空へと消えていった。




