10 ☆2
「なん」
で、と続けようとした矢先、学園の玄関が荒々しく叩かれた。
「どうやらアカデミーの強硬派が到着したみたいやで」
なんも対策ねってへんねんけどなーと笑いながら、リラレは外を指差す。
「リラレさんは子供達が出てこないよう見ててくださいね~。
もしも無理矢理連行されそうになったら、僕、どんな反撃に出るか分かりませんから」
笑顔で物騒なことを呟く魔王に「怖いなぁ。ほな、まあ上に上がってるわ」と笑顔でサラリと返し、リラレは足取り軽く階段を上っていった。
シャルロットは窓の外を見たまま黙ったまま。
――俺は大きな勘違いをしていた。
5年という歳月は、ミカエリスにとっては本当に大きなものだった。しかし、彼女にとっては、ホンのわずかなものであったということに気が付いていなかったのだ。
――俺の知らない過去。
伝説、伝承、歴史。それが本当だと頭から信じ込んでいた。
馬鹿な話だ。教科書に載せられる程度に単純化されたものを、それが全てだと感じるとは。
その時代、その時代の妖精が絡んでくるからには、もっと複雑なものであるはずなのに。
――俺の知らないシャルロット様。
俺が貴方に会って変わったように、貴方も長い間に変わったのだろうか。
俺が知っているシャルロット様とは違う、シャルロット様。
「シャルロットさま……」
空っぽに近いクッキーの缶の蓋を閉めて戸棚に戻すと、ミカエリスはゆっくり窓辺に近づく。彼女の視界に入るように。
「みかちゃん」
「魔王に居場所をあげるおつもりなんですね」
だったらわかりました。
「俺に任せてください」
アカデミー強硬派のほうは、追い返すか時間を稼ぎましょう。
なるべく安心させるように笑おうとするけれど、ちょっと緊張して笑えず、上を向いた。
「ごめんね。上手く説明できなくて」
シャルロットはゆっくり息を吐いて、それから思い立ったようにポシェットから例の薬を取り出すと、半分ほどしかないそれをミカエリスの手に握らせた。
「お守り代わりに」
ガタン!と鈍い音がしてドアが破壊された音がする。
「こら、貴様ら。俺が日曜大工で蝶番直したばっかりのドア壊すんじゃねぇ!」
その音で、彼はシャルロットがその後に続けたでセリフを聞き逃してしまうこととなる。
「……真実はこの薬が知っているわ」
破壊された扉の前に見知った顔があった。仕事では何回も手を組んで、無愛想ながらも信用できる奴だと思ってた、後輩の一人。
「アカデミーは魔王復活の重要参考人として、シャルロット・ブーケ以下、学園の教師、生徒を引き渡し、家宅捜査させるよう要求する」
先輩、とミカエリスのことを呼んでいた後輩の顔からは、表情が読み取れなかった。
「アカデミーの強硬派ってのはお前もなのか?」
暗闇にまぎれているものの、他にも知っている気配が混ざっている。
「ミカエリス君。シャルロット様の言うことを全面的に信用するのは感心しないな」
その中の一人――多分リーダー、がマントを翻して前に出てきた。
なるほど。こいつならガキの罠になんてひっかからなかっただろう。
アカデミー光魔術研究室長アマンド、温和な見かけに寄らず、結構やり手の男だ。
ミカエリスは心の中でこっそり舌打ちした。どいつもこいつも相対しにくいアカデミーの忠義者ばかりそろえてきた。それで、こいつらをまともな交渉に巻き込むことができるだろうか?
「盲目的なのはあんたらの方だろうが。
シャルロット様は5年前の魔王復活には関与していない。
ただ、力がある。それだけの理由でいちゃもん付けてんじゃねーよ。
第一ここに戻ってきたのは……」
まだここに魔王がいることは知られていないだろうと踏んで、しらを切ろうとしたがブーンという奇妙な音に気づいて音源を辿る。目を凝らせば、光魔術による闇の魔力測定を行ったらしい。
足で砂利を踏みしめると、ガリ……と何か削られるような音がした。
この学園に、シャルロット様の近くに闇の魔王がいることまで調べがついているに違いない。
アマンドは穏やかな顔のまま痛いところをついてきた。
「ならば、どうして我々の監視から抜け出した?。
そして、どうして我々を学園内にいれようとしないのだ?。
調べられても潔白なのであれば、やましいことが無ければ構わぬだろうに。
ミカエリス、このままだとシャルロット様をはじめ、お前達はアカデミーを敵にまわすことになるぞ」
だから「ハイ、そうですか」といって出頭させたところで無罪放免って訳にもいくまい。
既にこの館に魔王がいる以上、なんだかんだ理由をつけられ、最悪の場合、――特別裁判だ。
「あいにく俺はアカデミーの言葉を正直に聞くことができないんでね」
それはアカデミーに所属していたからこそわかる事だ。
「それに、あんた達もシャルロット様を敵にまわすことができるだなんて思っちゃいねぇんだろ?」
少女の姿をしてはいるものの、この国で最強の妖精だと言っても過言ではない。
戦闘になれば、学園のガキどもくらいは捕まえることはできるだろうが、あの方を捕まえることは不可能だ。
だからアカデミーは慎重にならざるを得ないのではないか?。
――間違っても彼女が魔王の側についたりしないように。
ポケットに手を突っ込み、極力余裕の笑みを浮かべる。
上手く事を運び、自分のテーブルにつかせなければならない。
ミカエリスがぎゅっと拳を握り締めると、目の前の人物はローブを揺らして低く笑った。
「なあ、ミカエリス。お互い騙しあいのようなことはやめて本音で話そうぜ。
いるんだろ?、この中に復活した魔王が。こっちはこの魔法陣で闇の魔力を検出しているんだ。
はっきり言って、アカデミーの最重要目的はシャルロット様じゃなくて、魔王だ。
魔王さえ引き渡せば、お前達は見逃してやってもいいと思ってる」
分析装置によれば、「闇の魔王」も「並みの魔力」レベルまで弱っているらしいな。
大方復活はしたものの、力は戻らず、普通に暮らしてたって所なんだろう?
「だったら魔王も見逃してやってもいいじゃねぇのか?」
もう普通の魔力しか持っていない魔王だというのなら、シャルロット様と普通の生活をするというのなら。そして、シャルロット様がそれを望むのなら俺はそれを邪魔することなんて出来はしない。
「甘くなったものだな。ミカエリスも。だから学校の先生なんて理想を教える職業でも勤まるわけだ」
光魔術研究室長はさもおかしそうに笑って続けた。
「だが忘れたわけではないだろ?。
魔王自身の魔力がどうであれ、問題なのは魔王が召喚する”ドラゴン”だ。
村を焼き払い、この国を滅茶苦茶にした元凶。
俺は悪夢を俺の大切な人に見せたくないんだ。だから少しでも危険な芽は摘む」
――それに、
「仮に奴を見逃したところでお前に何の得があるというんだ?
シャルロット様は奴に呼ばれてアカデミーを出た。そして一緒に暮らし始めた。今回の発覚に際し、魔王が手下を使って彼女を呼び戻したということは、この事案をやり過ごし、一緒にいようとしているのだろう?
ではお前は? 代わりにお前の居場所はどうなる?」
何のためにアカデミーに来た?
囁かれた言葉はひどく生温かく、そして吐き気を起こさせそうなくらい甘いものだった。




