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第25章 籠神社(丹後)と伊勢神宮で共通する「唯一神明造」

京都府宮津市に鎮座する元伊勢籠神社(このじんじゃ)の本殿は、伊勢神宮の御正殿と「規模・様式ともに最も近似している」とされる唯一無二の神社建築です。

伊勢神宮(内宮・外宮)の正殿の建築様式は「唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)」と呼ばれ、その絶対的な神聖さゆえに「他で全く同じものを造ることは許されない」という鉄の掟があります。

かし、籠神社だけは古代の深い絆から、その禁忌の境界線に最も迫る、驚くべき共通点を持っています。


建築上の最大の共通点であり、最大の謎でもあるのが「五色の座玉(ごしきのすえたま)」です。

本殿のバルコニーにあたる高欄(こうらん)の手すりの上に、青・黄・赤・白・黒(緑)の5つの丸い飾り玉が並んでいます。

この装飾が許されているのは、世界中で「伊勢神宮の御正殿」と「籠神社」の2社しかありません。

伊勢神宮の座玉は幾重もの御垣(垣根)の奥深くにあるため、一般参拝者は絶対に見ることができません。

しかし籠神社では、本殿の裏側に回ることで、日本で唯一、この神聖な五色の座玉を直接目視することができます。

この五色は、古代中国の「陰陽五行説」において万物(木・火・土・金・水)を構成する要素を表しており、宇宙の調和や最高の格式を意味しています。


籠神社の本殿は、1845年(江戸時代末期)に再建されたものですが、昭和初期の調査で鎌倉時代から全く同じ規模・様式だったことが判明しています。

伊勢神宮と完全に一致する「唯一神明造」のコアパーツが揃っています。

屋根から飛び出たV字の2本の板(千木)は、伊勢神宮内宮と同じ「内削ぎ(水平にカット)」になっています。

また、屋根の上に並ぶ丸太(鰹木)は、最高の格式を示す「10本」が並びます。

建物の壁から完全に独立し、屋根の重みを直接支えるために外側に突き出た「棟持柱」があります。

さらに、床下の中心には構造とは関係なく、ただ一本地面に突き刺さっている精神的な支柱「心御柱」が存在します。

これらは原始的な高床式倉庫の形を残す、神明造の絶対的な特徴です。


もう一つの決定的な共通点が、本殿の「真後ろ(背面)」にある不思議な扉です。

この背面扉は、人間が出入りするための階段などは一切ありません。

これは「神様だけが通る扉」とされており、伊勢神宮の中では外宮の「御饌殿(みけでん)」にのみ見られる極めて珍しい構造です。

籠神社の奥宮である真名井神社には、古代の祭祀場である「磐座(巨石)」があります。

神様がその磐座から本殿へと入るためのルートとして、この背面の扉が作られました。

その様式がそのまま伊勢神宮外宮(豊受大神の社)へと移植されたと考えられています。


大和王権にとって、唯一神明造は「天皇家トップの絶対的な権威」の象徴です。

それとほぼ同等の社殿を建てることを許された籠神社の宮司家(海部氏)は、現存する日本最古の系図として国宝に指定されている「海部氏系図」を持っています。

この系図によると、彼らの祖先神は天照大御神の孫にあたる「彦火明命(ひこほあかりのみこと)」であり、大和の天皇家とは完全に「兄弟並立の血筋」であったとされています。

つまり、大和王権は丹後を征服したのではなく、「自分たちと同等、あるいはそれ以上に古い神聖なバックボーンを持つ一族」として深くリスペクトし、伊勢神宮の雛形(元宮)としての建築様式をそのまま保持することを特別に認めたのです。

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