第8話:決着
ズーム機能を使い、私はスサノオとピーターを探した。
スサノオは機敏に火を避けながら、八岐大蛇を斬りつけている。
ピーターは陰陽師たちと共に火の中にあり、強制離脱状態に入った。
「やった!」
戦場に蔓延する絶望と裏腹に、私の気分は絶頂だった。
スサノオの存在は気になるけれど、最強のライバルがいなくなったのだ。
あとはもう、私がスコア一位になるだけだった。
幸いなことに変体後の八岐大蛇も、仕掛け弓でダメージを受けた。
私は何度も矢を射た。
生存プレイヤーが減ったことで、私の生み出す五千の『一』が目立ち始めた。
もはや誰もが私の存在に気づいている。
とても良い気分だった。
八岐大蛇はまた炎の弾を吐いた。
広い戦場が真っ赤な火に包まれる。
プレイヤーには防ぎようのない攻撃らしく、犠牲者は次々に増えた。
生存者が百人程度まで減る中、スサノオは一人で気を吐いている。
火と火の弾と火柱を躱しながら、八岐大蛇に立ち向かった。
インカムを通してプレイヤーの声が聞こえてくる。
多くはスサノオに対する賞賛だが、私に対する非難や呪詛も混ざっていた。
中には「卑怯」や「イカサマ」といった言葉も聞こえた。
外のプレイヤーに妬まれる状態は、特段気にならないけれど、戦闘に集中するために私はインカムの音量を下げた。
「キサカ! 聞こえるか!」
問答無用の大きさで、スサノオの太い声が耳に届いた。
私はマイクを通じて「はいはい。叫ばなくても聞こえてる」と応じた。
「火を吐く前の顎を狙え! それが奴の弱点だ!」
「急になに言ってんの? なんであんたに、そんなことがわかるの?」
「わしの勘だ! しかし間違いない!」
無茶苦茶で、まともに相手をする気は起きなかった。
しかも、スサノオは命令口調だ。
私は「仮にそうだとしても、なんで私があんたに従わないといけないのさ!」と反論した。
「奴の首は高い位置にある。わしの剣ではどうにも届かん!」
「だからなに? さっきあんたは『一人でも勝つ』と言ったよね。『本物の戦い方を教えてやる』と言ったよね」
さすがに言い返せないのか、スサノオは黙り込んだ。
気持ちの良い沈黙だった。
そのあいだも八岐大蛇は、節操なく火を撒き散らしていた。
スサノオを残し、離脱するプレイヤーがまた増えた。
やがてスサノオは「すまん!」と謝罪した。
初めて謝られた気がした。
「――わしが間違っていた。八岐大蛇はわしが思っていたよりも強い。討伐するためには、わし一人の力では足りなかった」
真剣な声に、私はどうするか考えた。
スサノオは偉そうな奴だが、嫌っているわけではない。
謝ってくれたことで、さっきの不満も解消した。
ただ、いまのままを続けていれば『スコア一位』が確定的だ。
すぐ近くにある目的を前に、下手なリスクを取りたくなかった――目的?
「キサカ! 頼む! 八岐大蛇を討伐するために、わしに協力してくれ!」
「……わかったよ」
私はスサノオの懇願を受け入れた。
討伐するためと言われれば、頷かないわけにはいかない。
私だって最初の討伐祭は、勝つために参加したのだ。
当時はスコアなんてどうでも良かった。
まだ外の奴等を嫌ってもいなかった。
私は仕掛け弓の照準を、胴体から頭に変えた。
動きの激しい頭部だが、誘導機能を使えば当てられる。
私の周囲の仕掛け弓が、ギッと音を立てて上を向いた。
「――火を吐く直前を狙えば良いんだね?」
「任せた!」
これまで計十六回の攻撃を終え、残った矢は約七万本。
私は次の五千本で八岐大蛇の頭部を狙った。
真っ赤に輝くタイミングを見計らい、その直前に射出する。
誘導能力を使って、下顎から上顎に抜ける経路を選択した。
矢に縫われる形で閉じた口は、自らの火で盛大に爆発した。
煙で燻る頭部に、見たこともないダメージ値が現れる――五十万。
ただの一撃で、私は記録を更新したらしい。
まだ生存者のいる戦場からも、敗退したプレイヤーが集まる広場からも、大きな歓声が上がった。
黒化した首は力なく折れ、落ちたところをスサノオが斬り込んだ。
スサノオが叩き出したダメージ値も破格の十万だった。
ボロボロになった頭部は消滅し、八岐大蛇の首の数が減る。
また歓声があがった。
言葉として認識できないような、感情の塊。
未踏の展開に、みな高揚している。
私も冷静でいられなかった。
私たちの声に合わせるかのように、八岐大蛇が悲鳴を上げた。
アスファルトを電気鋸で切るような、不快で甲高い鳴き声だった。
インカムの音量を下げていた私ですら、鼓膜が痛くなったのだ。
多くは耐えられないだろう。
広場を見ると、ゴーグルやイヤホンを外すプレイヤーもいた。
「次だ!」
構わずスサノオが叫んだ。
私は戦場に目を戻す。
八岐大蛇の七つの口が、再び炎の弾を吐き出した。
戦場はいよいよ火に包まれ、生存者がゼロに近づいている。
私は一つの頭部を狙い、再び五千本の矢で口を縫った。
爆発した頭部に、五十万という白の数字が浮かび上がった。
スサノオはまた、落ちた首にトドメをさした。
微かに残る生存プレイヤーも、八岐大蛇の胴体に攻撃している。
人間側は劣勢だが、明らかに空気が変わっていた。
スサノオだけでなく、私を応援する声も混じってきた。
名前も知らぬ男が「キサカ! 頑張れ!」と私に言った。
私は「ありがとう!」と応じ、攻撃を続けた。
体色の変わった八岐大蛇は、薙ぎ払いも鱗の攻撃もしなかった。
ただ火を吐くだけだ。
炎の弾は強いけれど、対応できないわけではない。
同じ手順で私たちは、八岐大蛇の首を落としていった。
生存者はもう十人に満たなかったが、『終わり』は着実に見えていた。
七つ目の頭をなくしたところで、八岐大蛇はまた体色を変えた。
燃えるように真っ赤な外観。
ピタリと攻撃を止め、とぐろを巻く姿は、溶岩を垂れ流す火山のようだ。
見ているだけで熱かった。
八つの頭が一つまで減らされたのに、逆に存在感を増していた。
本物の八岐大蛇が目の前に復活したら、こんな感じなのかもしれない――そんなことを私は思った。
静かだった。
みな一言も声を出さず、八岐大蛇に見入っている。
スサノオですら見上げるだけで、一歩も動かなかった。
気味の悪い二つの目が、キョロキョロと動いた。
まるで獲物を探すようだった。
八岐大蛇はスサノオを見て、戦場を見て、広場を見た。
そして最後に、私を見つめた。
戦場の誰でもなく、八岐大蛇は私を見ていた。
「キサカ! 八岐大蛇の体に、矢を打ちまくれ!」
「言われなくても!」
私は連続で仕掛け弓を稼働した。
一本首とは言え的が大きいので、狙わなくても大部分は当たる。
私は誘導機能も使わず、夢中で矢を撃ちまくった。
私は怖かった。
恐怖が私を駆り立てた。
八岐大蛇がなにをするのか、まったく見当がつかなかった。
私の五回分の攻撃で、計二万五千本の矢が突き刺さった。
いまや八岐大蛇はサボテンのようだ。
その大量の棘を足場に、スサノオは飛び上がった。
大蛇の全身に斬撃を加えながら、上へ上へと登っていく。
どうしようもない異常さに気づき、私はゾッとした。
スサノオはなぜARの物体に触れられるのだろうか?
なぜARの物体に体重を乗せられるのだろうか?
「休むな! 攻撃を続けろ!」
スサノオの声が、私に考えることを止めさせた。
私はまた仕掛け弓を動かし、五千本の矢を射た。
残りは一万本強。
限界が近づいていた。
八岐大蛇は全身をバタつかせ、スサノオを振り落とした。
その後はまた頭部を持ち上げ、ジッと私を見つめる。
体色は輝きを増し、いまや白に近づいていた。
「キサカ! すべてを吐き出せ!」
スサノオの檄で私は奮い立った。
すぐに五千本の仕掛け弓を放つ。
残りは六千本強。
他のプレイヤーは純粋に私を応援していた。
「いくぞ!」
スサノオが最後の首を目指し、再び八岐大蛇に飛び上がった。
何もかもが速く、斬り込んでいく姿を視認できない。
スサノオの通過した後には、真っ赤な血飛沫が残された。
八岐大蛇はまた甲高い悲鳴を上げた。
私は最後の矢を放った。
「おおおおおお!」
スサノオは勢いよくジャンプした。
下から弾き出されるような勢いだった。
あまりにも高く飛んだので、最後は闇夜に混じり、見えなくなったほどだ。
スサノオの置き土産のように、八岐大蛇の頭部は真っ二つに切断されていた。
長い舌は口からはみ出し、両目は白くなっている。
その白目を中心に、私の五千本が突き刺さった。
現れたダメージ値は、まさかの百万だった。
『討伐成功』
ウィンドウが現れ、ゲームクリアを示す文字が出た。
プレイヤーたちは大騒ぎで、音量を下げていたのに、耳がおかしくなりそうだった。
キサカ! キサカ! と、私のハンドルネームが連呼された。
達成感と嬉しさで、私は泣きそうになる。
スコアランキングを開いてみると、一位は四百五十八万ダメージで私だった。
私は山の中で一人叫んだ。
半年間の苦労が報われるようだった。
姉さんの疲れた顔も思い出した。
全部とは言わないが、大部分がスサノオのおかげだった。
私はスサノオに感謝した。
スサノオがいなければこんな気分にならなかっただろう。
私はズーム機能を使い、プレイヤーたちでごった返す戦場を探した。
時間をかけたが、スサノオはどこにもいなかった。
あの男がまさか死ぬとは思わないけれど、あの高さから落下して、無事に済むとも思えない。
私は心配だった。
見つけられない理由もわからなかった。
私はまた、スコアランキングを確認した。
二位はピーターの十七万で、三位は別のプレイヤーだった。
リストのどこにもスサノオの名はなかった。
名で検索しても、似たワードで検索しても、なぜかスサノオはヒットしなかった。




