第9話:祭りのあと
「……そこで質問だけどさ。キサカは結局、スサノオという存在をどう考えているの?」
正面に座るピーターが、真剣な口調で訊いてきた。
ジャケットにシャツという無難な服装だが、なぜかうちの居酒屋の雰囲気と合わない。
素面が良くないのかもしれないし、目立つ銀髪が悪いのかもしれない。
厨房に立つ父さんやカウンターの椅子に腰掛ける母さんが、ピーターの様子をチラチラと見ていた。
討伐祭の日の宴会でも会ったのに、あの夜は二人とも忙し過ぎて、ほとんど覚えていないらしい。
「八岐大蛇の上を駆け上がったんだから、もう答えは出ているじゃない。スサノオは『ARの世界で生きる自立型AI』だった。それしかないよ」
私は公式サイトが発表した通りの回答を選んだ。
今回のアップデートの最大の目玉であるスサノオは『八岐大蛇を退治するために用意された案内役』だったそうだ。
私はまんまと騙された。
スサノオの格好や言動に対し、『コスプレ』や『物真似』と思い込んでいたけれど、ある意味では本物だったわけだ。
「本当のことを答えてくれないか?」
ピーターは不満気に鼻を鳴らすと、烏龍茶に口をつけた。
全国ランキング『四位』であり、悪霊に対しては滅法強いピーターだが、アルコールは苦手らしい。
逆に食べ物は際限がなく、テーブルは、サラダやフライドポテトや焼き鳥で隙間なく埋まっていた。
「――俺たちは討伐祭の直前に、実物のスサノオと会っている。広場のアイツは紙で作られた町の地図を持っていた。そうだろう?」
強いて言えば、私はスサノオの胸に触れたし、近くに寄れば澱んだ川の臭いもした。
追加となる三次元情報はいくらでもあったが、私は敢えて黙っていた。
「まあ、そうだね」
「『まあ、そうだね』じゃないよ! なんで平気なんだ? スサノオを『単なるAR上の存在』と言い切れない、この状況を前にして」
私たちの横のテーブルに座る女が、私の次の言葉を待っていた。
集中した表情で、一言も聞き逃さない雰囲気だ。
女はピーターと違い、アルコールも飲めるらしく、既に二杯目のビールを注文していた。
テーブル上で固定されたビデオカメラが、私たちの会話を録画している。
「たぶん、別人なんじゃない?」
私は準備していた答えを披露した。
理解できなかったのか、ピーターと女は同時に眉根を寄せた。
「私たちが広場で見た人物は、須佐之男命のコスプレイヤーだった。戦場で見た人物は、AR上の存在だった……つまり、そういうことだよ」
「じゃあ、そのコスプレイヤーはどこにいるんだ? なぜ討伐祭の本番には参加しなかったんだ?」
ピーターは声を大きくした。
想定通りの流れだった。
私はポーカーフェイスを維持しながら、「知らないよ。本人に訊いて」と言った。
「本人? そんなのに会えるんだったら、とっくに会いに行っている。誰だかわからないから、俺たちはここに来たんじゃないか」
「スサノオに会いたいの? 会う方法ならあるよ」
私は焦らすように言葉を区切った。
効果は覿面で、ピーターも女もピタリと黙った。
口と合わせて体全体の動きも止めていて、少し滑稽だった。
「――また次の討伐祭の日に来る筈だから、そのときに探して会えば良い」
「それは絶対なのか? 確信はあるのか?」
「さあ? でも、居所がわからないんだから、討伐祭に期待するしかないよね?」
当たりまえ過ぎるロジックを前に、二人は肩を落とした。
少し離れた位置で父さんの料理を堪能するピーターの取り巻きも、大きな落胆を隠さなかった。
さすがに少し可哀想に思えた。
しかし、真実は話せない。
戦場のスサノオは、私が貸したハーフシールドを持っていた。
つまり『別人説』は最初からあり得なかった。
スサノオは、ただ一つの存在として、私たちの前に現れたのだ。
そこから導ける回答は一つだけ。
――スサノオは実体を持ちつつ、ARの世界にも干渉していたのだ。
嘘みたいな話なので、誰にも相談できないが、やはりスサノオは『須佐之男命本人だったのではないか』と考えている。
あの男や、あの男と過ごした討伐祭を、私は紛い物だと思いたくない。
きっと須佐之男命が自立型AIに憑依したのだろう。
邪馬台国の説明の最中に、姉さんが話していたように……
「わかった。協力してくれてありがとう」
礼を口にすると、ピーターは立ち上がった。
現金で六人分の会計を支払い、撮影も終えた。
ピーターたちは最後に「また草薙剣を見せてくれないか?」と訊いてきた。
草薙剣は、八岐大蛇の討伐後に尻尾から出てきたレアアイテム。
戦闘では使えないし、譲渡も売ることもできないけれど、所有した瞬間に全国ランキングが一位になった。
討伐祭の夜の宴会では、草薙剣を一目見るために、多くのプレイヤーがこの店にやってきた。
私はウィンドウを開き、青緑色の剣を出した。
汚く古びた武器だが、ピーターたちは物欲しそうな目で見つめていた。
店の外までピーターたちを見送ったあと、私は竹弓とARゴーグルを持って外を歩いた。
正面にある古いホテルの駐車場に、数台の自動車が停まっていた。
入り口付近では、ARゴーグルをぶら下げた客の姿もあった。
私が罠を使って八岐大蛇を討伐してからというもの、飯下町にやってくるゲームプレイヤーが増えた。
みな次の討伐祭に備え、下見をし、戦略を練っているらしい。
ゲームの攻略掲示板にも、町のホテルや雑貨屋の情報が掲載されるようになった。
姉さんは私の活躍と、討伐祭後の変化を喜んだが、やがて「次は私たちが頑張らないとね」と鼻息を荒くした。
人の訪問が増えれば、地域おこしを成功させやすいそうだ。
この町が本当に変わるのだろうか、と私は半信半疑だが、変わって欲しい気もするし、変わって欲しくない気もした。
途中で合流した友達二人と一緒に、私は戦場方面に向かった。
無駄に広い耕作放棄地が見えてきた。
その向こうは山脈だ。
天気は良いが、気温はそろそろ冬になろうとしている。
やはり散歩をしていた村松さんが、遠くから現れ、「今日も部活かい? 頑張りな」と私たちに声をかけた。
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