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第7話:人類 VS 八岐大蛇

 最も近くにあった仕掛け弓を選び、私は八岐大蛇を狙って射出した。

 矢はスルスルと空を飛び、一本の首の背面に命中する。

 まもなく体表に『一』という白い数字が出現した。

 私は安堵と嬉しさで叫びそうになる――八岐大蛇にも罠が効いたのだ。


 興奮を抑えつつ、端から順に五千台の仕掛け弓を操った。

 システム的な問題で、一度に最大五千台しかコントロールできないけれど、歯痒さよりも爽快感が優った。

 比較的当てやすそうな首の付け根に、私はすべての照準を合わせる。


 八岐大蛇を五千本の矢が襲ったあと、体表に五千個の『一』が現れた。

 完璧だった。

 一部のプレイヤーは私の存在に気づき、戦場からこちらを指差している。

 その他のプレイヤーは戦闘に夢中だ。

 八岐大蛇の容赦ない反撃も忘れ、近接攻撃を敢行する者もいた。


 次の行動は『鱗』だった。

 八岐大蛇の全身を覆う紺色の欠片が、爆発するように宙を舞う。

 外から見ていて初めて気づいたが、八岐大蛇の鱗は、私の想像以上に多かった。

 戦場全体が、まるで紺色の霧に包まれたかのようだ。


 尻尾よりも弱い鱗だけれど、殺傷能力が低いわけではない。

 しかも数が多いため、回避はとても難しい。

 過去二回の討伐祭で、私がゲームオーバーになった原因がこれだ。

 遠い相手にも届く特徴があり、遠距離プレイヤーも油断はできない。


 今回の討伐祭でも、鱗の脅威は同じだった。

 レベルの低い者はわずか数枚に触れるだけで強制離脱した。

 レベルが高く慣れた者たちも対応に苦労している。


 幸運にも、私の下に飛んできた鱗は二枚だけだった。

 八岐大蛇から遠すぎるのだ。

 私は特に困難もなく、襲ってきた二枚の鱗を金の弓で弾いた。


 戦場を俯瞰すると、既にプレイヤーの三分の一が離脱していた。

 残った三分の二も、多くが防御に注力している。

 思わず笑いが込み上げてきた。

 噂と異なり八岐大蛇はまったく弱体化していない。

 むしろ強くなっていた。


 表情までは見えないが、敗退したプレイヤーたちはきっと悔しがっていることだろう。

 生き残った奴等も自らの延命に集中し、攻撃に対する積極性を失っている。

 完全に八岐大蛇のペースだった。

 ピーター率いる陰陽師たちは、八岐大蛇から距離を取った。

 ピーターはもう、奥の手である式神『十二神将』を召喚している。


 私はまた安全圏から、五千本の矢を射た。


「来るぞ!」


 誰かが叫んだ。

 八岐大蛇が前進し、まるでお辞儀をするように体を傾けたのだ。

 尻尾による『薙ぎ払い』の構えだった。

 八岐大蛇の近くにいた者たちは、慌てて後退し、中距離で戦っていたプレイヤーと衝突する。

 少なくない数が転倒したことで、戦場は混乱に陥った。


 どうやら運も私に味方しているようだ。

 私以外のプレイヤーが早々に退場すれば、スコア一位をとる可能性も高くなる。


「落ち着け!」


 狂乱の戦場を、稲妻のように駆けぬけるプレイヤーがいた。

 真っ白な着物を着て、髪を長く伸ばした男。

 ARゴーグルでズームアップせずとも、スサノオだとすぐにわかった。

 スサノオは八岐大蛇に触れそうな位置で急停止し、足を広げて低い姿勢をとった。

 剣は鞘に納め、両手でハーフシールドを構えている。


 ちょうど同じタイミングで、八岐大蛇が体を捻った。

 その場にいれば「まるで壁」と感じるほど太い尾が、戦場を高速で撫でていく。

 八岐大蛇の左側で戦っていた数名は、避けようもなく離脱した。

 中央近くでモタモタしているプレイヤーも、まもなく全滅するだろう。

 いまのままでは、スサノオも巻き込まれる――私にはスサノオの意図がわからなかった。


「え?」


 信じられない光景に、思わず声が漏れた。

 他のプレイヤーも、異状事態を呆然と眺めている。

 八岐大蛇の巨大な尾を、スサノオがしっかりと受け止めたのだ。

 物理的な接触はないのに、衝突の際は、大地を穿つような音まで聞こえた。


――いや、おかしいでしょ。


 八岐大蛇の『薙ぎ払い』は、これまで誰にも防げなかった最強の攻撃だ。

 どんな武装もどんな式神も、巨大な尾が返り討ちにしてきた。

 それをたった一人のプレイヤーが止めてしまうなど、あり得るのだろうか? 

 加えて、スサノオが使っているのは安物のハーフシールド。


 私の考えが纏まらぬうちに、スサノオは両腕で尻尾を押し返した。

 投げ捨てられた巨大な尾は、地響きを起こして地面を擦る。

 何もかもが理解の範疇を超えていた。


「いまだ! 攻撃しろ!」


 まるで指揮官のように、スサノオは全体に号令をかけた。

 とても大きな声だった。

 戦場にいる者たちは順に我に返り、我に返った者から武器を構えた。

 矢と銃弾が八岐大蛇を襲うと、陰陽師たちはそれぞれで式神を召喚し、ピーターの十二神将も動き出した。


 一方の八岐大蛇は、間近のスサノオを集中的に狙っていた。

 高い位置にある八つの頭部が、顎を開けたまま下向きに突進する。

 しかし八岐大蛇はスサノオを捉えられず、地面に噛みつくばかりだった。

 スサノオは身軽に飛び跳ね、獰猛な牙を躱し続けた。


 困ったことに、ピーターの十二神将は前回以上に強かった。

 それぞれの一撃で、およそ千のダメージを与えた。

 十二匹が一巡すれば、合計で一万二千になる計算。

 私の罠よりも、ピーターの攻撃速度が高かった。


――スサノオ! 余計なことを!


 私は急ぎ、次の五千本を発射した。

 まもなく、八岐大蛇の体表に五千個の『一』が現れた。

 スサノオは大蛇の周囲を動きながら斬りつけ、ピーターは再び一万二千のダメージを与えた。


 他のプレイヤーも負けてはいなかった。

 スサノオが八岐大蛇の注意を引きつけるので、防御を気にしない全力攻撃が可能となったのだ。

 ピーター以外の高レベルプレイヤーも本来の実力を発揮した。

 一撃で五千以上のダメージを繰り出す者もいた。


 私は頭が痛くなった。

 スサノオの参加により、私の計画が崩れつつある。

 他のプレイヤーが長生きするほど、私の勝ち筋は消えていった。

 仕掛け弓を使う私は、攻撃力で劣るだけでなく、攻撃回数も限られていた。

 十五万台の矢を打ち終われば、後にはなにも残らない。


 しかし私は、矢を飛ばすしかなかった。

 攻撃を続けながら、強い不安が私を襲った。

 このままでは一位を取れない。

 姉さんの無念も晴らせない。


 明らかに、プレイヤーたちが優勢だった。

 参加者の総攻撃を受け、八岐大蛇の体表は白の数字で埋もれている。

 鱗を飛ばすことも出来ないらしく、ほとんどサンドバッグ状態だった。


 しかしスサノオは、「気をつけろ! なにか変だ!」と叫んだ。

 切迫した声だった。

 戦場から離れた私も、その響きで体がキュッと強張った。


 よく見ると、八岐大蛇の体色が変わっていた。

 これまでの紺に赤みが刺したかのような紫色。

 一部の悪霊が有する『変体能力』であることは間違いなかった。

 ARゲーム『悪霊を狩る者たち』において、変体後の悪霊は、必ずパワーアップする傾向がある。


「離れろ!」


 八岐大蛇の八つの頭部が、スサノオに対する攻撃を止めた。

 天を突くように空高く上がり、闇夜の中で赤く輝く。

 光の中心は顎だった。

 やがて口が大きく開き、中から巨大な炎の弾が吐き出された。


 至るところに火柱が立った。

 闇に包まれていた戦場が、眩しくなるほどの火炎だった。

 八岐大蛇はあっさりと、一キロ四方の戦場を地獄にしてしまったのだ。

 一部のプレイヤーは避けきれず、焼け死ぬ形で離脱した。

 直撃を受けなかった者も、足元を燃え広がる火でダメージを受けた。


 もう無茶苦茶だった。

 神話の八岐大蛇ですら、もっと穏やかだったと私は思う。

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