第6話:私の秘策と本物の戦い
結局私は、スサノオを罠の斜面につれてきた。
私の秘密を知られても、邪魔されることはないと思ったからだ。
到着すると、スサノオは「しかし、凄い量だな……なんだこれは?」と呆れたように感嘆した。
私は鼻が高かった。
戦場を見下ろせる山の斜面に、並べた仕掛け弓は十五万台以上。
ARの特性を利用し、同じ座標に重ねて置いているため、映像として見える数よりも遥かに多い。
すべて私が半年ほどかけて準備したものだ。
クロスボウのような罠の真ん中でつがえられた矢は、杉の隙間から戦場を狙っており、私の合図で発射する設定になっている。
「仕掛け弓だよ。接地型の武器の中でも特に、遠距離操作ができるもの。攻撃力は低いけど、討伐ポイントと交換できるから、高価な装備を買えない私たちみたいなプレイヤーは重宝してるんだ」
「で……これをどう使う?」
「もちろん。八岐大蛇を攻撃するよ」
私は戦場を見た。
多くのプレイヤーが逃げだし、鬼たちだけ集まる中央付近に、ピーター率いる陰陽師軍団がやってきた。
陰陽師たちは不思議な術を使い、鬼の集団を攻撃している。
ピーターはプロトンショットガンを片手に、全員の最後尾を歩いた。
「ここから? 八岐大蛇がどれだけ大きくても、さすがに当たらんだろ」
「大丈夫。誘導能力も飛距離増加能力も、それぞれに付加しているから」
私は近くの仕掛け弓から一つを選び、戦場の鬼を目指して合図した。
射られた矢はスルスルと飛び、狙った鬼の胸部に命中する。
体表に浮かび上がる白の数字は『一』だ。
鬼はびくともしなかった。
役目を終えた仕掛け弓は、拡張現実の世界から消滅した。
しかし同じ座標に別の仕掛け弓が存在するため、見かけ上の変化はない。
スサノオは溜息混じりに「人間の技術は侮れんな」と漏らした。
「この場所にある仕掛け弓が有効なら、最低でも、八岐大蛇に十五万のダメージを与えられる。去年一位だったピーターが合計十二万ダメージだったから、今年は私がスコア一位を取る計算」
気づけば戦場の陰陽師たちが、鬼の大部分を討伐した。
ピーターだけは別行動で、巨大な鬼と対峙している。
巨大な鬼の顔には、目が一つしかない。
きっと最古の鬼の一つである阿用郷の鬼だろう。
ピーターはプロトンショットガンを正面に構えると、一つ目の鬼を蜂の巣にした。
「ところで……さっきからおまえが言う『スコア』とか、『一位』とはなんだ? どういう意味だ?」
スサノオはとぼけた顔で訊いた。
また知らない振りか……と私は苦笑した。
ただ、嫌な気分にはならなかった。
スサノオが須佐之男命のように振る舞うことを、私は楽しんでいた。
「八岐大蛇は最強の悪霊だけど、十八時には必ず退散する。つまり出現時間は十七時から十八時までの一時間。その間に攻撃をしかけると、八岐大蛇が退散したあとで、各プレイヤーの八岐大蛇スコアが発表されることになっている。そしてこれは毎回、成績順に並ぶ」
八岐大蛇スコアとは、各プレイヤーが個人で八岐大蛇に与えたダメージの総量だ。
トッププレイヤーは毎度十万近いダメージを与えるが、私を含めた大多数は、五千にも満たない。
この差は攻撃力だけでなく、レベルや距離が関与すると言われている。
なぜなら八岐大蛇も他の悪霊の例に漏れず、『レベルの低いプレイヤー』や『近くにいるプレイヤー』を優先的に襲うからだ。
結果として、『レベルが高い』か『離れて』いれば攻撃されにくく、活動時間が増えるという道理。
私の仕掛け弓は、八岐大蛇から距離をおく意図もあった。
一通りの概略を説明し終えると、スサノオは「つまりおまえは、八岐大蛇の討伐を、本気で考えていないんだな?」と眉間に皺を寄せた。意外な反応だった。
「ん? どういう意味?」
「簡単な話だ。『八岐大蛇が退散するまで』などと言わず、この場で殺してしまえば良い」
「馬鹿じゃないの? いまの参加人数で討伐なんて無理だから」
前回の討伐祭に参加したプレイヤーは約千人だ。
全体で八岐大蛇に与えた総ダメージは四百八十万と聞く。
しかし、日本最強の悪霊である八岐大蛇の体力は、一千万という噂だった。
簡単に討伐できる相手じゃない。
「ほう、他人のせいにするのか……外の奴等を信用しないおまえが?」
スサノオは、私を軽蔑するような目つきで言った。
どういうつもりなのかわからないが、私に喧嘩を売っているらしい。
私の頭がカッと熱くなった。
「じゃあんたは、自分ならどうにか出来るって言うの? あの八岐大蛇を相手にして?」
「当然だ。わしは強い。一人でも勝つ」
「よく言うよ。大天狗にも苦戦していた癖に!」
突然、地面を低く震わせるような『鳴き声』があった。
どこからともなく囃子太鼓の音もする。
時刻を表示させると十六時五十八分。
姿は見せないが、八岐大蛇がすぐ近くに来ていた。
夜を連想させるほど周囲が暗くなった。
AR環境にシェイドが入ったらしい。
これまでの討伐祭ではなかった演出なので、アップデートの内容の一つだろう。
戦場を見ると、集まったプレイヤーたちは遠目でもわかるほど興奮していた。
私の鼓動もいよいよ早くなる。
ただ、スサノオだけは「さらに言わせてもらうと、わしはおまえの戦い方も気に入らん」と自分の話を続けた。
「はぁ? さっきから何様のつもり?」
「ここらにある大量の弓は、他人が襲われている時間を利用して、安全圏から攻撃するものだ。自分を利するために、他者を犠牲にするものだ。おまえが嫌う外の奴等となにが違う? 大金を払って高価な武器を揃える戦術は、おまえの戦術より劣るのか?」
「それは……」
私は足元にあった石を蹴った。
石は勢いよく斜面を転がり、暗くなった木陰に消えた。
「――そんなことはどうでも良いよ。私たちを馬鹿にするだけの奴等を、あんたも見ていたでしょ? あんな奴等なんて、気にする必要もない」
再び戦場に目を移すと、中央付近に光る樽が八つ並んでいた。
八塩折之酒だ。
囃子太鼓の音が大きくなり、テンポも上がる。
不気味な気配の中で、再び地響きのような咆哮が響いた。
咆哮の二秒ほどあと、酒に釣られた八岐大蛇が地中から姿を現した。
胴体部の長さが約百八十メートル、八つに分岐した頭部もそれぞれ七十メートルの長さを持つ最大級の悪霊。
酒を求める各頭部が、扇子のように横方向へ広がったため、戦場の十分の一程度が八岐大蛇に占められた。
百分の一サイズと言われているが、それでも野球で使われるドーム球場より大きい。
いまは半透明から紺色に変わる最中で、攻撃の効かない無敵状態になっていた。
顎を樽に突っ込む姿は、前回より一回りほど巨大に見える。
「おまえは最初から間違っている」
スサノオは八岐大蛇を見ても落ち着いていた。
私に独善的な説教をすることが、いまはなによりも優先されると言わんばかりに。
「――神々と違い、人間は無力だ。一人で出来ることも限られている。だから人間は集団になった。集団になって社会や営みを発展させた。その蓄積が、人間の『歴史』と呼ばれるものではないのか」
「ちょっと黙ってて」
囃子太鼓の音がフッと消えた。
酒を飲み干した八岐大蛇が、完全な紺色になっていた。
首を上げて一つ吠えたときが、戦闘開始の合図。
プレイヤーたちは示し合わせたように、ほとんど一斉に攻撃を始めた。
矢や銃弾が、豪雨のような勢いで襲いかかる。
与えたダメージが白い数字で表示されるので、八岐大蛇の正面が真っ白になった。
しかし八岐大蛇も、やられたままではない。
どこか鬱陶しそうに動き出すと、八岐大蛇は長い体躯を前に傾けた。
最初の選択は『薙ぎ払い』だった。
太さ十メートル、あるいは高さ十メートルとも言われる超重量級の尾が、戦場を水平に移動する。
防御も回避も不可能な攻撃だ。
範囲内にいたプレイヤーは、たった一撃で強制離脱タイムに入った。
AR上の存在であるため、八岐大蛇の攻撃を受けても物理的な感触はない。
視覚的に『交差する』だけだ。
しかし、だからこそ、あっさりと葬られた者たちは物足りない様子で戦場を後にする。
私はスサノオを無視して引き返した。
もう戦闘は始まったのだ。
スサノオの相手をしている暇はない。
戦場と罠の斜面を見渡せる位置につき、私は仕掛け弓を追加した。
合計十五万千八百十三台。
私の半年間の全力だった。
「さっきの広場でもそうだ。おまえは最初から外部の人間を嫌う。しかし、外部の人間の協力がなければ、おまえの姉の問題は解決しないのだろう?」
スサノオはまだなにかを言っていた。
私は本気で腹が立った。
「じゃあどうしろって言うのさ! 嫌いな奴にも頭を下げろって言うの!」
「違う――ただおまえは、格好だけだ。自分の無力を棚に上げて、言い訳を探しているだけだ。そんな人間は、結局なにも成し遂げられない」
ようやくスサノオが動き出した。
私を睨んだまま、大股で右足を前に出す。
向かう先は崖のような斜面。
真っ直ぐ進めば八岐大蛇までの最短距離だが、人間が通過して良い場所ではない。
一歩足を踏み外せば、滑落して、大怪我をするだろう。
まさか……と私は思った。
スサノオは無頓着に歩を進める。
「なにしてるの?」
「まあ見てろ。わしが本物の戦い方を教えてやる」
そう言うと、スサノオは正面を向き、崖を落ちるようにジャンプした。
ほとんど自殺行為だった。
落下の勢いと向かい風で、スサノオの汚い長髪がフワリと浮かんだ。
私は声にならない悲鳴をあげた。
私の心配は杞憂に終わった。
スサノオはあっさりと木の枝を掴み、当たり前のように着地したのだ。
その後もスイスイと坂を下っていく。
「偉そうな奴。言いたいことだけ言い残して……」
私は戦場に目を移した。
八岐大蛇は順調にプレイヤーを虐殺していた。




