第5話:神業!? 大天狗を斬る男
伝説によると、八岐大蛇は草枕山で討伐された。
八塩折之酒で酩酊し、草枕山を枕にしたところで、須佐之男命に殺されたという。
しかし現在、当時の環境は残されていない。
草枕山は江戸時代に行われた治水工事により、半分以上を削り取られてしまった。
わずかに残った部分はほとんど丘と呼べる規模で、八岐大蛇が枕にすることはできないだろう。
ARゲーム『悪霊を狩るものたち』の制作会社ルシャノワは、市と相談した上で、八岐大蛇と戦う場所を飯下町に指定した。
草枕山という完全な舞台が存在しないのだから、「せめて広く戦いやすい場所を」と考えたそうだ。
幸か不幸か私たちの町は、八岐大蛇と縁があるだけでなく、耕作放棄地が多い。
使い道を無くした平坦で柔らかい土地は、プレイヤーの安全を守る上で都合が良かった。
土地の利用費を支払うことで、ルシャノワから地元にお金を落とす効果もある。
私は戦場となる耕作放棄地を見下ろしながら、罠の斜面を目指して歩いた。
周囲に比べれば高い位置なので、広場や戦場がよく見える。
約一キロメートル四方の舞台は、足首に届く程度の雑草で覆われていた。
先月の中頃、ルシャノワが作業費を出し、町の人たちが協力する形で草刈りをしたのだ。
約一か月経過したいま、丁度良い塩梅になっている。
「鬼がいるな」
私の後ろを歩くスサノオが、誰にともなく呟いた。
「え? どこ?」
私は足を止め、周囲を確認した。
鬼は悪霊の中でも最強の部類なので、出来れば遭遇したくなかった。
「違う。あそこだ」
スサノオは戦場の外れを指差した。
示された方向を見ると、たくさんの赤鬼が集まっていた。
迎え撃つ形で数十名のプレイヤーが武器を構えている。
暇を持て余し、悪霊と戦うために広場を抜け出したのだろう。
討伐祭の直前によく見る光景だった。
槍を持つ一人が攻撃を開始すると、他のプレイヤーたちも突撃した。
誰も彼もが強かった。
ダメージを与えた際に鬼の体から浮かび上がる数字が、それぞれ『三百』を超えている。
わざわざ遠征してまで討伐祭に参加するのだから、腕に自信があるのだろう。
しかし鬼の集団はさらに強かった。
プレイヤーたちの攻撃を全身に浴びながら、巨大な棍棒で反撃している。
「何度も言ってるけどさ。別についてこなくて良いんだよ」
私はスサノオに向き直って言った。
姉さんが「妹を手伝ってあげてください。よろしくお願いします」なんて頼むものだから、スサノオは私の傍から離れなくなった。
どうやら私の護衛らしい。
「気にするな。好きでやっている」
スサノオもまた、同じ答えを繰り返した。
八岐大蛇登場前に悪霊が強くなることを考えれば、実のところ悪くない。
悪くないのだが、私はまだ罠の斜面を見せることに少し抵抗があった。
会ったばかりの中年男性が女子高生を追いかける状態も、いかがなものかと思っている。
ただ、誰かとゲーム内で行動する状況が嬉しく、懐かしかった。
二回目の討伐祭で、県外プレイヤーに装備を馬鹿にされるまでは、私も友達二人と一緒にプレイしていたのだ。
ほぼ初期装備だった友達は、あまり良い思いをしなかった結果、「辛いからもうやめる」と言った。
別の友達は、「お金を使い続けなければ楽しめないなんて、ゲームとしてどうなの?」と愚痴た。
いまでも正論だと私は思う。
それから私は、一人でゲームをプレイしている。
討伐祭のために多くの時間を費やしている。
すべて、お金を使わなくても、金満プレイヤーに勝てると示すためだ。
「一応言っておくけどさ。一緒に来ても、あんたが得することはないよ。あと八十分もしたら、八岐大蛇はあの場所に現れるんだから」
今度は私が戦場を指差した。
戦場の端では劣勢に追い込まれたプレイヤーたちが、逃げるように広場へ後退している。
遅れた数名がゲームオーバーになり、一時間の『強制離脱タイム』に突入した。
いい気味だ。
悪霊の攻撃で体力を失ったプレイヤーは、しばらくAR装備を失い、戦闘に参加できなくなる。
スサノオは自分の顎髭を弄った。
「わしにはどうにもわからんのだが……なぜおまえたちは『八岐大蛇の現れる時間』と『場所』を予言できる?」
「ん? 予言? 開始時刻を忘れたの?」
「だから、それがよくわからん。八岐大蛇は、夕方から夜にかけて活動すると聞く。しかし、それ以上は誰にも読めんはずだ。夜遅くに襲ってこないと、なぜ言い切れる?」
私は大袈裟に溜息をついた。
スサノオはまた須佐之男命になりきっていた。
戦闘では頼れるし、悪い奴ではないのだが、絶望的に冗談のセンスがなかった。
「あのさぁ……」
私がなにか言おうとすると、頭上からは、「カカカカ」と独特の声が降ってきた。
ゾッとして、私は空を見上げた。
明るさの減った青空を、一匹の悪霊が飛んでいた。
烏天狗よりも大型で、烏天狗よりも人間に近い顔。
老人のような白髪の下には赤く長い鼻があった――大天狗だ。
鬼と同じくらい強いと言われる悪霊で、過去二回の戦績では、私の『零勝二敗』。
勝てる見込みのない相手に、私はログアウトを考えた。
ゲームを切断しておけば絶対にゲームオーバーはしない。
八岐大蛇戦を前に、強制離脱タイムに入ることもない。
私がゴーグルに手を当てると、スサノオは「任せろ!」と叫んだ。
「いや、いくらあんたが強くても……」
私が言い終えるより早く、スサノオは動き出した。
懐に隠していた小型の刃物を取り出すと、十五メートルほどの高さにいる大天狗を狙って投げた。
もの凄い勢いで刃物は飛んだが、大天狗はサッと身を躱した。
逆に大天狗が団扇を振り、空気の弾を放つと、スサノオは地面を転げ回ることになった。
「だから無理だって。大天狗を倒すためには、特別な遠距離武器が必要なんだから」
「キサカ! おまえは弓で援護しろ。その間に、わしは木に登って、アイツを斬る」
「本気?」
私は足踏みを短く終え、金の弓で大天狗を狙う。
三本の矢を右手に握り、縦に並べて弦に番えた。
急いで射たため、それぞれがまったく違う方向に飛んだ。
しかし弓に付加された誘導能力により、三本とも大天狗に向かった。
――やはり駄目か。
大天狗が団扇で扇ぐと、矢は力を失い落下した。
非課金の武器では当たらないのだ。
一方的な勝負だった。
カカカカ。
戦意を失った私を無視して、大天狗は杉の木を登るスサノオを攻撃する。
空気の弾が放たれると、スサノオは危機を察知して幹から離れた。
飛び降りたスサノオは地面を転がり、落下の衝撃を上手く殺す。
「キサカ! 盾はないか? あったらよこせ!」
「さっきからなに? 偉そうに」
「勝ちたくないのか!」
「そりゃ勝てるにこしたことはないけどさあ!」
私は急いでウィンドウを開き、ハーフシールドを選択した。
私がまだ剣士だった頃に使っていた安物だ。
防御力は高くないが、空気の弾くらいは防げるだろう。
私がハーフシールドを取り出すあいだ、スサノオはずっと大天狗に狙われていた。
「――でも、そこまで言ったんだから、絶対に結果を出してよね」
ウィンドウ上でアイテム交換することも出来たが、面倒くさかったので、私はスサノオにハーフシールドを投げつけた。
赤銅色の盾を受け取ったスサノオは、手際よく左腕に装着する。
すぐに大天狗の攻撃を盾で弾き、性能を試した。
問題ないことがわかると、スサノオは攻撃的な笑みを浮かべた。
「もう一度だ! もう一度、援護しろ」
スサノオは木を登りながら私に命じた。
「勝手すぎるでしょ。これが駄目だったら、私はもうログアウトするよ!」
また三本の矢を握り、私は大天狗を射た。
当然のように、大天狗は私の矢を無効化した。
同じ流れだった。
私の攻撃自体に意味はない。
しかしスサノオは、杉の木を登り続けていた。
――速い。
大柄なのに、猿のような身軽さだった。
リズミカルに幹を登り、大天狗の攻撃は左手一本で防いでいる。
スサノオと大天狗の高度差が減ってきて、私は勝利を期待した。
大した意味はないと思いながらも、私はまた大天狗を狙った。
「良いぞ!」
大天狗が私の矢を扇ぎ落としたタイミングで、スサノオは杉の樹頭からジャンプした。
右手に剣を握り、不恰好なほど大きく振りかぶる。
大天狗は避ける間もなく、肩から斜めに斬り込まれた。
鮮やかすぎて、現実とは思えなかった。
悪霊を一撃で消滅させたスサノオは、そのまま地面に落ちてくる。
「スサノオ!」
「問題ない」
スサノオは飛んだ先の木に掴まり、あっさりと地面に降りてきた。
人間離れした身体能力だった。
服も髪も髭も土まみれだが、傷を負った様子はない。
須佐之男命だ――そう私は思った。
自分でも正気とは思えないけれど、目の前にいる男が神話の登場人物に見えた。
姉さんが言っていた通りだった。
この土地の歴史が、スサノオのコスプレを本物のように感じさせる。
剣を鞘に収めたスサノオは、「では、行こうか」と軽く言った。
私は思わず、「もしかして、須佐之男命本人なの?」と訊いた。
スサノオは「最初から、そう言っている」と笑って答えた。




