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第4話:私の決意

 短く雑草を刈り込んだだけの広場には、数百名のプレイヤーが集まっている。

 既にARの装備を纏う者もいたが、そうでない者もいた。

 屋台やキッチンカーはいよいよ混雑しており、あぶれたプレイヤーたちが所在なげに時間を潰している。

 地面に座り込み、知り合い同士で輪を作るグループもいた。

 一部は、居ても立っても居られないのか、『安全地帯』である広場を離れて、悪霊を追いかける。


 スサノオは空気を読まなかった。


 片っ端から分け隔てなく、目についたプレイヤーの眼前に、姉さんのチラシを突きつけていく。

 一人で集中しているプレイヤーも、誰かと話しているプレイヤーも、スサノオはお構いなしだった。

 受け取りを拒否されることもあったが、スサノオはめげない。

 無言のままで、再度チラシを握らせようとした。


 強面と、二メートル近い体躯が効果的だったのだろう。

 スサノオの強引な手法を断り切れる者はいなかった。

 姉さんがほとんど手渡せなかったという事実を忘れてしまうほど、チラシは怒濤の勢いではけていく。

 私はそっと振り返り、姉さんを見た。

 離れた位置でチラシを抱える姉さんは、やはり苦戦しているようだった。


 悪くないな、と私は思った。

 スサノオの快進撃が面白かった。

 多くは好意的な反応を示さなかったが、数名はチラシの内容に目を落としている。

 結果として、姉さんが望む目的は達成されたのだ。

 良い意味で意外だった。


――須佐之男命か。


 私はふと、小さい頃に、村松さんから聞かされた昔話を思い出す。


 須佐之男命は、父から定められた支配地を治めず、色々な場所で乱行を重ねた暴風の神だ。

 天照大神を困らせた結果、世界が暗闇に包まれたため、高天原を追放された。

 しかし追放先の地上では、八岐大蛇を退治するなど、正義感の強い面を見せている。

 私はこの『二面性』を、矛盾のように思っていた。


――この解釈が正しいのかもしれない。


 いま目の前にいるスサノオは、ぶっきら棒で行動派のキャラクターを演じている。

 饒舌ではないが、常に言いたいことを言うため、なにをするにしても暴力的だ。

 しかし誰かを傷つけるつもりはないらしい。

 少なくとも、姉さんを助けようとする意志は感じられた。

 全体的に、須佐之男命の伝説と重なっているような気がする。


「いらねえって言ってんだろ!」


 怒鳴り声が聞こえて、私は我に返った。


 チラシ配りを始めてから五分くらい経った頃だろうか。

 予想通りの主張があった。

 煙草や缶ビールを口にしていた四十代くらいの男三人が、スサノオの前で姉さんのチラシを握りつぶしている。

 中央の部分だけ圧縮された再生紙は、もはやゴミのようだ。

 三人は知り合いなのか、全員が迷彩服とコンバットブーツで揃えていた。


 スサノオは新しいチラシを三枚掴み、再び男たちに渡そうとした。


「だーかーら、いらないんだよ。日本語わかる?」


 缶ビールを片手に持った男が、スサノオの肩を手で突いた。

 男はスサノオより小柄だが、仲間がいるからか、あるいは酔っていたためか、物怖じする様子を見せなかった。


 スサノオの雰囲気が変わった。見上げると、鬼のような顔をしている。


「すみません! すみません!」


 私は右腕でスサノオの胸を押さえながら、男とスサノオのあいだに入った。

 いま仲裁しなければ、大きな問題が起こるような気がした。

 頭を何度も小刻みに下げたため、ちょっと目眩がする。


 私の気持ちを察したのか、スサノオから怒りの気配が消えていく。


「お嬢ちゃん。おまえもこいつの仲間か?」

「い、いえ……仲間……というか、知り合いになったばかり……というか……」


 私は下を向いたまま答えた。

 冷静に考えると、なぜ私が謝っているのかわからなかった。

 スサノオを「フォローする」とは言ったけれど、トラブルの尻拭いまでするつもりはなかったのに。


 当のスサノオはなにも言わず、私の横で突っ立っている。


「よくわかんねえけどさぁ。こういうの止めてくれない? 興味ないし、迷惑なんだけど」

「すみません! すぐに回収します!」

「いや……もういいよ。面倒くさい」

「え? もういい?」


 意外な言葉に私は驚き、顔を上げた。

 一番奥に立つ男が、クシャクシャのチラシをまとめて持っていた。

 逆の手でライターに火をつけ、チラシの隅に近づける。


 ただの再生紙なので、あっという間に引火した。

 彼岸花のような赤い火が、チラシ全体に燃え広がっていく。

 男が火の塊を投げ捨てると同時に、ヒッという悲鳴が聞こえた。

 声のしたほうを振り返ると、私たちを心配したのか、姉さんがすぐ傍に来ていた。

 姉さんは左手で口を押さえ、炭化するチラシを見つめている。


「――そもそも無駄な努力なんだよ。町の紹介? 商店街? 行くわけねえじゃん。こんな田舎町に」


 男は正論を吐いた。

 まったくその通りだと私は思った。


 ただ、私はとても気分が悪かった。

 飯下町のことを悪く言って良いのは、飯下町に住む人間だけだ。


 スサノオも同じ気持ちなのか、「覚悟は出来ているんだろうな?」と言い、私の右腕を胸で押し返してきた。

 手を介して、嵐のような感情が伝わってくる。

 私はもう、このままスサノオを解き放ってやろうかと思った。

 力強く敏捷なスサノオが本気になれば、酔っ払い三人組など、一瞬で制圧できるだろう。


「もういいだろ。その辺にしておけよ」


 私とスサノオが行動を起こす直前だった。

 右斜め前から別の男が口を挟んだ。

 男は狩衣に袴を履き、頭には立烏帽子を乗せている。

 ゴーグルがないので、コンタクトをしているのだろう。

 典型的な陰陽師スタイルだが、手には大型のプロトンショットガンを抱えていた。


 特徴的な姿を見て、私はすぐに男のハンドルネームを思い出す。

 前回と前々回の討伐祭で、スコア一位を獲得した『ピーター』だ。

 全国ランキングは三位であり、八千七百位辺りをウロウロしている私とは、天と地ほどの差があるプレイヤー。


「――気持ちはわかるが、今日は祭りだ。あんたらもトラブルは嫌だろう?」


 ピーターの周りには、十名を超える取り巻きが立っていた。

 みんなピーターに似た陰陽師スタイルで、うちの一人がビデオカメラを抱えている。

 ずっと撮影しているらしく、表面の赤いランプが光っていた。


 ピーターに驚いたのか、相手の数に圧倒されたのか、あるいはビデオカメラを警戒したのか、三人組はサッと顔色を変えた。

 火をつけた男が「ああそうだな。あんたの言う通りだ」と同意すると、他の二人も大人しく頷いた。


「もう良いよな?」


 ピーターが念を押すと、三人は歪んだ笑顔を見せ、揃ってAR酒屋のほうに立ち去った。

 肩透かしのようにあっさりと、揉め事は解決してしまった。


「――大丈夫? 暴力は振るわれていない?」


 男たちが充分に離れると、ピーターは私に訊いた。

 ネットの画像そのままの風貌で、二十代くらいに見えた。

 有名な動画配信者なので、いわゆる金持ちの部類だろう。

 ピーターの装備品は、いずれも高価なものだった。


 ビデオカメラを持つ男が、私とピーターを撮影している。


「大丈夫です。あの……助けてくれてありがとうございました」


 誰よりも先に姉さんが答えた。

 チラシを燃やされてショックを受けているはずなのに、気持ちの切り替えが早かった。

 ピーターは口元に余裕を浮かべて、「いえいえ。無事ならなによりです」と姉さんに向き直る。


「――プレイヤーはみんなピリピリしていますからね。今後は気をつけてください。そのチラシ配りももう、止めた方が良いですよ」

「なんで?」


 間髪入れず、私は問うた。

 ピーターの顔とビデオカメラが、姉さんからまた私に戻る。


「なんでって……そりゃあ……」

「無駄な努力だと思ってるんでしょ? あんたもさ」


 姉さんが慌てて私を止めようとしたが、私は逆に、姉さんの手を振り払った。

 私の気持ちはまだ治まっていない。

 この町やチラシのことで、外の奴等に口を出されたくはなかった。


「まいったな」


 ピーターは銀色に染まった前髪をかき上げた。

 私はゴーグルをつけたままなので、現実の銀髪なのかARなのかはわからない。

 ただなんとなく、この目立ちたがり屋なら、現実に染めているような気がした。


「――でも正直なことを言うと、その通りだよ。この紙に書かれた場所は近くない。そしてわざわざ行くほどの魅力もない。客を呼びたい気持ちはわかるけどさ。無理なものは」

「うるさい。もう行け。どっかに失せろ」


 私はピーターの話に割り込み、強引に黙らせた。

 背後で姉さんの落ち込んだ気配を感じたからだ。

 スサノオは黙って腕を組んだ。

 左手に持ったチラシの束が、ぎゅっと音を立てた。


 ピーターは「わかった。気を悪くしたなら謝るよ」と言い、取り巻きと共に離れていく。


 誰かが「あれって地元の人たちかなぁ?」と言った。

 別の誰かが「そうかもね。こんなときまで儲けたいんだから」と答えた。

 さらに別の誰かが「まるで物乞いだな。こっちは本気なのに」と軽口を叩くと、全員が笑った。


 私は黙って集団を見送った。

 ピーターたちが離れると、周囲から人はいなくなっていた。

 他のプレイヤーもまた、私たちを避けたようだ。

 討伐祭の開始前なのに、私は少し疲れてしまった。


 姉さんを見てみると、真顔になっていた。

 羽衣が美しいぶん、首筋で怒張した血管が目立つ。

 外の人間を大事にする姉さんだが、今回は流石に怒ったのだろう。

 なにを言ってあげるべきか、私にはわからなかった。


「おまえたちは間違っていない」


 スサノオが言った。

 変わらず大きな声だけれど、落ち着いて響いた。


「――その土地を守ることは、その土地の歴史を守ることに等しい。出来るか出来ないかじゃない。やらなきゃいけないことだ」

「へぇ」


 私は素直に感心した。

 これが地域おこしの真の目的かもしれない、とすら思った。

 土地の歴史を守るためと言われれば、さすがに私も反論できない。

 社会の衰退とは別次元の話だ。

 スサノオにしては気の利いた意見だった。


 しかし私は、根本にある大きな問題を知っている。


「私もその考えが正しいと思うけどさ。でも、相手がプレイヤーじゃ駄目だと思う。少なくともこの討伐祭で、大きな効果は期待できない」

「おまえはなにを言っている?」

「外の奴等は軽薄で、まったく信用できないってこと」

「よくわからん……では、何故おまえは、姉を手伝っている?」

「私には無理だったのかなー」


 姉さんの間伸びした声が、私とスサノオの会話に割って入った。

 振り返ると、姉さんはARの装いを解除していた。

 ゴーグルも外し、姿勢を崩し、手元のチラシをバッグに詰めている。


「――物乞いとまで言われたら、さすがにやる気をなくしちゃうよ。どうやら私は、なにか勘違いをしていたみたい」


 口調は戯けていたが、手は震えていた。

 少し皺のできたスーツは見窄らしい。

 姉さんの落胆する姿に、私の頭の奥は熱くなった。


「私がなんとかするよ」


 スサノオがなにかを言う前に、私が口を開いた。

 勢いだった。

 ただ、すべきことは半年前から決めていた。


「――地域おこしのことは、正直よくわからないけどさ。私がアイツらをスカッと打ち負かして、討伐祭で一番になるよ。この町を馬鹿にしたことを、絶対に後悔させてやる!」

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