第3話:姉のチラシ配り
戦場付近に設営された広場は、既に騒がしかった。
数台のバスや自動車が駐車されており、百名近いプレイヤーが時間を潰している。
和風だけでなく、洋風や中華風の装備をする者もいて、全体的に華やかだ。
しかし、外のプレイヤーの醜悪な性根はARでも隠せない。
田舎の風景を馬鹿にする女がいて、菓子の包装紙を投げ捨てる男がいた。
プレイヤーの相手をするため、広場にはたくさんの屋台やキッチンカーが集まっている。
飲食を売る側の人間も外部の業者のようで、誰一人として私は知らない。
キッチンカーのナンバープレートは、例外なく「出雲」の文字。
風が吹いていないため、屋台の隙間に立てた討伐祭の旗が、力なく落ち込んでいた。
念のために注意してみたが、やはり友達はいなかった。
同じ高校の同級生もいない。
今回地元から参加するのは、やはり私だけになるのだろう。
「おお、凄いな。火を使わずに焼いておるぞ」
スサノオはキッチンカーを覗きながら、芝居がかった驚き方をした。
この男はあくまで須佐之男命として振る舞うつもりらしい。
広場に来るまでの雑談で、悪人ではないとわかったけれど、独特の表現や決め付けるような言い方が鼻についた。
総じてコミュニケーションを取りづらいのだ。
ただ、スサノオは私の弓の腕を評価した。
金の弓については、「高天原でもあまり見ない逸品だ」と褒めてくれた。
悪い気はしなかった。
実のところ、ゲーム内で獲得できるただの金製の弓に、誘導の特殊能力を付加したものだが、私は佐太大神の誕生に関与した神弓のつもりで使っている。
「あれ? どうしたの?」
広場の端にあるAR酒屋に、スサノオを連れて行こうとしたときだ。
天女の格好をした姉さんを見つけた。
サングラスのような薄いARゴーグルと、砂糖菓子のような羽衣を着用して、各プレイヤーにチラシを配っている。
さっきまで店の準備を手伝っていたので、休憩もせずに広場へ来たのだろう。
拡張現実で修飾しても、額の汗は隠せない。
スサノオは「ほう。美しいな」と、私以外には聞こえない声で呟いた。
「あんたこそ、どうしたのよ」
私とスサノオを見て、姉さんは不思議そうに言った。
「ちょっと聞いて。大変だったんだから」
私はため息をつきながら、スサノオを連れてくるまでの経緯を話した。
聞き終えると姉さんは、私を褒めることもなく「申し訳ありません。私の説明が不十分でした」とスサノオに頭を下げた。
姉さんの腰の低さに納得できず、「いや。気にしなくて良いよ。全面的にこの男が悪いんだから」とスサノオの鼻先を指差した。
勝手に脇道を選んで、勝手に迷ったのだ。
責任はすべてスサノオにある。
一方のスサノオは、「わしに落ち度はない」と顔を背けた。謝罪する気はないらしい。
「ところでさ。さっきから、なにを配ってるの?」
話題を変えるために、私は姉さんのチラシを一枚奪った。
チラシはカラーコピーをした再生紙で、町の略図が描かれている。
説明書きの筆跡を見る限り、姉さんが自主的に作ったものらしい。
「案内図。町の中の飲食店や雑貨店の場所を描いてみたんだ」
「へぇ。悪くはないけど……公務員ってここまでしなきゃいけないの?」
「違う違う。これは完全にボランティア。出来るだけ町を盛り上げたくて、私が自主的に作ったの」
「面白い!」
スサノオが突然、私の肩の辺りから顔を出した。
私は驚き、ジャンプでスサノオから離れた。
スンと澱んだ川の臭いがした。単純に気持ち悪かった。
「なにが?」
私は嫌悪感を声に込めて、スサノオに訊いた。
「上手い絵だ。わかりやすい。これさえあれば町の中でも迷わない」
「迷うほど複雑でもないでしょ。こんな町」
「なにを言うか? ここは中つ国でも栄えているほうだし、店の数も多いだろ」
スサノオの感想に、私は反論も相槌もしなかった。
普通の人が言えば皮肉になるのだろうが、スサノオは単に『須佐之男命の振り』をしているだけだ。
いちいち気にしても仕方がない。
事情を知らない姉さんは、すべてを苦笑で受け止めた。
「そうやってスサノオさんみたいに、他の人も面白がってくれたら良いんですけどねぇ」
言われてみて気づいたが、周囲にチラシを手にした者はいなかった。
きっと受け取りを拒否したのだ。
プレイヤーにしてみれば、ただ遊びに来ているだけなので、戦場から離れた町の情報なんてどうでも良い。
私は姉さんにチラシを返した。
「前から思っていたんだけどさ……どうしてゲームなんかとコラボしたの?」
「どういう意味?」
姉さんはスッと真顔になった。
「いや。ゲームプレイヤーって、ゲームのことしか興味がないじゃない? お金を使うにしても、散財の大部分はゲーム内のアイテムだけ。だからゲームとコラボしたって、ほとんど地域おこしにはならないと思う」
続けて私は、ネットニュースで見た『邪馬台国』や『バベルの塔』の話をした。
特にバベルの塔は、素晴らしいアイデアだと思っていた。
北海道の東のほうの自治体が、広大な土地を利用し、公共のARチャンネルを使って再現した巨大な塔。
底面は十キロメートル四方、高さは約千メートルという驚愕の大きさで、細部まで凝った外観が魅力的だった。
ARなので中には入れないけれど、バベルの塔の周辺に来た観光客は、塔を建築する様子を楽しめる。
ゲームと違い、世界観を作って地域全体を装飾すれば、旅行客は集まるはずだ。
ディズニーランド等のアミューズメントパークが、未だに人気を維持する理由。
一杯のコーヒーを飲むにしても、素晴らしい風景を眺めながらであれば、贅沢に感じると私は思う。
私が話し終えると姉さんは、「邪馬台国やバベルの塔を、私が知らないと思ってたの?」と挑発的に言った。
「知ってるなら、なんで真似しないのさ」
「邪馬台国はともかく、バベルの塔は人が集まらないからよ。大掛かりで面白いアイデアだけど、企画としては失敗してる。向こうの担当者に内緒で教えてもらったんだけどさ。バベルの塔は今年中にも終了するみたい」
「え? なんで?」
私の声が裏返った。
誰にも言っていなかったが、大学に進学し、この町を離れることに成功したら、一度訪問したいと思っていた。
私にとっては、奈良の邪馬台国と同じくらいに魅力的だったのだ。
「架空の構造物なら、別に北海道で再現することもないでしょ? 広い土地さえあれば、東京周辺でも出来るわけだし」
姉さんの理屈は間違っていないが、私は納得できなかった。
そんなことを言い出したら、ARで地域おこしなんて不可能だ。
今日の八岐大蛇討伐祭も、その気になれば東京で出来る。
私が疑問を口にすると、姉さんは「ARを用いた地域おこしにも、限界と可能性があるの」と答えた。
「――ARは、少額の費用で広い範囲を装飾できる魔法のような技術。方法さえわかれば誰でも、そしてどこででも再現してしまう。再現が容易だから、実は観光客誘致には向いていない。でもね。たとえARでも、その土地の歴史は真似できないでしょう?」
「土地の歴史?」
「奈良県の桜井市で大成功している邪馬台国が良い例になるかな? 北九州説もあるけど、邪馬台国は過去に桜井市にあったとされていて、その歴史がARの風景に説得力を持たせてくれる。結果として、観光客はまるで『当時の邪馬台国』の街並みを見ているような気分になるの。人によっては『本物が憑依している』とまで感じるそう。逆に言えば、北海道でバベルの塔を再現しても意味がない。みんな最初から偽物だと知っているから」
「ああ、そういうことか」
私は完全に理解した。左手の竹弓をギュッと握る。
「――だから八岐大蛇なのか」
「そう。私たちの市において、外の人を呼べる本物の『歴史』は八岐大蛇伝説くらい。島根と言えば日本神話が連想されるけれど、ほとんどが出雲市のコンテンツだから」
続けて姉さんは、並行して取り組んでいる市の計画を話した。
本格的な地域おこしを狙うなら、やはり散発的なゲーム祭りでは不充分らしい。
ゲームはあくまで、観光客誘致のきっかけであり、『経済的な還元』や『雇用の創出』が地域の活性化には不可欠と言う。
現在は八岐大蛇に関連したグッズを検討している会社が複数あり、市は観光業と並行して、そのバックアップをしているとか……
聞けば聞くほど不思議だった。
本来であれば人の集まらない地域に人を集め、存在しなかった仕事を作る。
その癖、姉さんたちがどれだけ努力しようとも、地域の活性化に結びつくとは限らない。
そこまでしてなぜ――という疑問が私の頭に浮かぶ。
衰退する地域は『衰退するべくして』衰退している。
無理やり活性化させることに、どれほどの意味があるのだろう。
活性化したとしても、それは偽りの盛り上がりではないか?
「なにを話しているのか皆目わからんが、この紙を配れば良いんだな?」
突然会話に割り込んで来たスサノオが、姉さんのチラシを半分奪った。
「え? ありがたいお申し出ですが、そんなことはさせられません」
姉さんは慌てて取り返そうとした。
しかしスサノオは譲らなかった。
姉さんの身長では届かない位置まで、チラシを高く持ち上げる。
雲一つない空を、茶色いトビが飛んでいた。
「礼はいらんよ」
「なにズレたこと言ってるの?」私は、スサノオの興味の対象を変えようと思った。「それより酒は? 八塩折之酒は買わないの?」
「酒はもういい」
スサノオは口の端で笑い、顎でAR酒屋を指した。
酒屋の前には八塩折之酒を求めるプレイヤーが長い列を作っていた。
拡張現実上でしか存在しない酒屋の主人が、手際よく酒を売る。
まいどあり〜、という挨拶は、人工知能らしく緊張感のないものだった。
「――気が変わった。あれだけ大勢が買うのなら、八岐大蛇だってもう充分だろう」
「いやいや。八塩折之酒はそういうシステムじゃないからね」
突っ込みを入れたが、スサノオは聞く耳を持たなかった。
さっと身を翻し、プレイヤーの集まっている場所に歩いて行く。
体が大きいので、左手に持ったチラシの束が小さく見えた。
この男は何故、一人で勝手に進めるのだろう。
「どうする? 姉さん」
私はひとまず、チラシの作成者である姉さんの意見を訊いた。
しかし姉さんは困惑するばかり。
「わからない。どうしよう? でも、スサノオさんも善意でしてくれているわけだし……」
「ああ、もう……私と話すときと全然違う。外の人に気を遣いすぎでしょ!」
不味いことになるな、と私は思った。
悪い奴ではないが、スサノオは乱暴だ。
なにを考えているかわからないし、人の話を聞こうともしない。
十中八九、誰かと揉めることになるだろう。
トラブルが発生したときに、その責任は誰が取るのか?
「――良いよ。私がついていくよ。それでなにか問題を起こしそうになったら、私があいつをフォローする」
「お願い」
姉さんの合意を得たあと、私はスサノオのあとを追った。
スサノオは既に行動を開始しており、各プレイヤーに無理矢理チラシを押しつけていた。




