第9話 将軍と妖精姫は夜会へ出向く
上質な封筒にくっきりと赤い封蝋が押されている。何度見ても、内容は変わらない。深く溜息をついた。
王家主催の夜会の招待状である。断るわけにはいくまい。
走り書きのような私信が添えられていた。
──フィリアレーデ姫とは上手くいっているか。困りごとがあれば言うように。
困っているが!? 物凄く困っているが!!??
そもそも褒賞が妻というだけで意味不明な上によりにもよって何故フィリアだったのだ。
いや、解る。俺に妻を取らせようと国中の未婚の令嬢に打診をしたって、受け入れてくれるのはフィリアしかいないだろう。ひょっとして、辺境の兵士を見慣れているようなご令嬢なら解らんが。兎に角、王都にいるような高位貴族の令嬢は軒並み断るに違いない。
俺が持ち得るものと言えば戦功で手に入れた屋敷と報奨金、武力。この位だ。貴族女性が求めるスマートな礼儀作法や会話を盛り上げる教養もなく、容姿もかなり威圧感があるのは自覚している。そんな相手と結ばれたい娘がいるものか。
だから、フィリアが特殊なのだろう。生まれが王家だからか、外見の印象からは想像できない程に肝が据わっている。同じ屋根の下で暮らしてみれば、それは徐々に解ってきた。
何の後ろ盾もない亡国の姫君が、一応王国内随一の武力の持ち主と縁が繋げるとなれば悪い話ではない。個人の好き嫌いの話ではなく、自身や家族の利益を考えればの話だ。
勿論フィリアが打算だけで動いているとは思わない。彼女は、例え始まりが政略でもどうせ夫婦になるならお互いに歩み寄って良い関係を築きたいのだと言ってくれた。偽りなく心からそう思ってくれているだろう。
俺もその考えには賛成する。ただどうしても、心の中で消えない疑問がある。
結婚相手としてもっとフィリアに相応しい男がいるんじゃないか、という。何故俺なのだ。
王だって俺とフィリアの不釣り合いを認識しているからこうして態々一言添えているんだろう。自分が言ったことだろうが、と奥歯に力を入れた。
文句は尽きないが呼ばれたからには行かねばならない。
フィリアに夜会のことを告げると、落ち着いた様子で頷いた。
「これからですとドレスの仕立ては間に合いませんね。私の手持ちから良さそうなものを選びますから、揃えていただける?」
「そ、揃える、とは」
夫婦や婚約者同士で揃いにしたり生地の色をあわせたりするのは知っている。だが、仕立てが間に合わないのに揃えるというのはどういうことだろうか。戸惑う俺を見てフィリアはにこりと笑った。
「こちらで手配いたしますわ。私の侍女たちが衣装部屋に入っても宜しいですわね?」
背後に控えていた侍女の顔色が一瞬で青くなった。
「構わないですが……」
俺は構わないが、侍女たちは構うんじゃないか? とは口に出せなかった。
夜会までの二週間、フィリアの侍女たちはそれはそれは多忙だったことだろう。
怯えていたのも最初の内だけで、夜会の日が迫るにつれて鬼気迫る雰囲気で衣裳部屋に詰めるようになった。あの気迫は戦場の兵士に匹敵する。どちらかというと俺の方が怖い思いをしたと思う。
侍女たちは俺の衣装とフィリアの衣装に、揃いの刺繍を施していたのだった。
俺の黒の正装にはフィリアの髪を思わせる銀糸で。フィリアの白銀の衣装には……俺の髪と同じ黒糸で。宝石はお互いの瞳の色を選んだ。俺は藍玉のカフスボタンを、フィリアは黒真珠のパリュールを。
フィリア自身の淡い色彩に、黒は目立つ。だが似合わないとか浮いているとかいうわけではない。いつもの儚い雰囲気ではなく高貴な優雅さを感じさせる佇まいだった。
「よく、お似合いです」
「有難うございます。バルド様も素敵ですわ」
フィリアが俺の襟に施された銀糸の刺繍をそっとなぞった。体が大きい分布面積も広くなる。普通の男性用の衣装より時間がかかったことだろう。最初にこの上着を広げた時、侍女が絶望的な顔をしたのをよく覚えている。何か褒美を出さねばならないだろう。
案の定、俺とフィリアの取り合わせは馬車を降りた瞬間から、衆目を集めまくった。
こんなに注目されていてはうっかりマナーにそぐわない行動をしたら一瞬でばれてしまう。これまでなら別に何も気にしなかった。俺の居場所は戦場なのだから、ダンスホールで無作法を咎められても痛くも痒くもない。だが、今夜はフィリアがいる。彼女に恥をかかせることになる。
無意識に胃を押さえた右腕に、フィリアが小さな手を添えた。
「私に万事お任せくださいませ」
そうだ。戦場が俺の居場所なら夜会はフィリアの居場所に違いない。そう思うと、これ以上頼もしい味方が居るだろうか。期待を込めて頷いた。
「どうやら思った以上に仲睦まじいようで、何よりだ」
挨拶に出向くと王が目を細めた。フィリアがにこやかに返答する。
「はい。バルド様は大変良くしてくださいます。良縁を繋いでいただいたこと、心より感謝申し上げます」
「うむ、息災な様子を見て安心した」
王も矢張り俺のような男にフィリアを託すのはちょっとは不安だったということか。気持ちはわかるが、失敬な。とはいえ俺自身も俺のことをまだ信じ切れていない。何かのきっかけか、事故でフィリアを傷つけることがあるのではないかと。
いや、俺や王だけではない。周囲から感じるいくつもの視線には、相変わらず恐怖の色が含まれている。
だから、夜会は気が進まない。
主催者に顔を見せたのだから義理は果たしたが、侍女たちの献身を思えば早々に引き上げるのも別の不義理が発生するような気がする。ダンスが出来れば時間も潰せたかもしれないが、生憎と夜会での踊りには縁がない。今後このような機会があるなら習った方が良いだろうか。
いや、しかしダンスとなるとフィリアを抱いてくるくる回るということだ。うっかり吹っ飛ばしてしまう可能性があるぞ。
視線を下げると目が合って、にこりと微笑まれた。機嫌が良い、ということで良いだろうか。やはり煌びやかな衣装と宝石で着飾って夜会にいるのが似合う。俺には居心地のいい場所ではないが、フィリアには気安い空間なのだろう。
何気なく周囲を見渡した時に知った顔を見つけた。あちらも気が付いたようで、破顔して近寄ってきた。
「閣下、お久しぶりです」
貴族らしくすらりとした体形の男。つい一年ほど前は毎日隣にあった顔だ。
「フィリア様、俺の副官だったダリウス・ブラント伯爵です」
「お初にお目にかかります、フィリアレーデ様」
侯爵家の嫡男だが、戦争が終わった時に父親から伯爵位の一つを引き継いだと聞いた気がする。子爵位だったか? 記憶が定かではない。訂正されなかったので合っていたようだ。
「よろしくお願いいたします、ブラント伯爵」
ごく自然な動作でフィリアが手を出し、それを受けてダリウスが口元へ。本当に唇をつけることはしない。そういうものらしい。
「ところで閣下、少しご相談したいことがございます」
「何かあったか」
「自領のことでお恥ずかしい話なのですが……」
そこまで言ってダリウスはちらりとフィリアを見た。あまり聞かれたくない話なのか。フィリアはフィリアで察しの良い性質だから直ぐに理解したようだ。
「バルド様。私あちらのソファで少し休んでおりますわ。久しぶりの夜会で少々疲れました」
ホールの壁際に置かれたソファがある。まだ夜会が始まって間もないので十分席に余裕もあった。ざっと周囲を確認する。倒れそうな装飾や調度はない。ソファは王宮に相応しく頑丈そうで座り心地も良いだろう。当然危険人物もいない。座って待っていてもらえれば危険はほぼ無いと思われた。
「では、少々お待ちいただけますか」
「ええ、私のことは気にせず、ゆっくりお話しくださいな」
「いえ、閣下のことは直ぐにお返しいたします」
念のためソファ迄送り届け、きちんと席に着いたのを確認して離れる。とは言え、フィリアの姿は常に視界に入る位置に。ダリウスは不思議そうな顔をしていた。
「どうした」
「いえ、閣下が随分と気を張っておられるようなので、珍しく」
「そうじゃない、何があったという話だ」
「ああ、そっちですね」
長年共に過ごしたから上司と部下というよりも気安い友人のようなものだ。宮廷貴族は俺のことを成り上がりと遠ざけるが、ともに戦場で過ごしたダリウスからはそんな嘲りは一度も感じたことがない。
「父から引き受けた領地に、どうも戦争が終わって職にあぶれた傭兵どもが流れて来てですね」
「ふむ」
「それが山賊じみた集団になってしまいまして」
「それは良くないな」
「そうなんです。食い詰めた農民だの棄民だのと違って、傭兵だったもんですからそれなりに腕が立つ」
「領地の兵士は」
「そう大した規模ではありません。練度が高いかと言われれば疑問です、いや。私達の部隊が異様に練度が高かったんですね」
「……そうかも知れないな」
常勝将軍の名を冠する俺の部隊も当然負けなしであった。戦争というのは一人でやるものではない。俺だけが手柄を立てたのではなく、支えてくれる兵達にも実力があったから成し得たことだ。
優秀な参謀や副官がいて、手足となって動く練度の高い兵がいた。
「それで、閣下であればどうするかと思いまして」
「全て平らげる」
「それは解っていますよ。方法を聞いてるんです」
「方法」
と、言われても。山賊の拠点を突き止め。剣を携えて潰しに行く。それだけである。歩き方の説明をしろと言われているに等しい。右足と左足を交互に出す。以上だ。
「……敵の所に行って、全部殺す」
ダリウスが「は~~~~~~」と大きなため息をついた。
「いえ、解っていましたよ。閣下に聞いた俺が馬鹿だったんです。声をかけるべきは参謀殿の方でした」
「あいつは今大変だから今日の夜会には来ていないぞ」
「知ってますよ! だから仕方なく貴方に声をかけたんでしょう」
「失敬な奴だなお前は」
参謀も侯爵の嫡男だが、これは正式に父親から爵位を継いでいる。ところが継いでみたら思いの外火の車だったようで、最後に会った時も非常に忙しそうであった。夜会なんかに来ている場合ではないだろう。
ダリウスと話しながら、フィリアの姿を確認する。元気そうだ、異常はない。と思った矢先に、一人の青年がフィリアに近付いていくのが見えた。




