第11話 無敗の将軍は妖精姫が怖すぎる
常勝将軍バルドと亡国の妖精姫フィリアレーデの結婚式は、本人達の希望により比較的小規模で行われた。
王家の信任厚い将軍と、亡国とは言え王女の婚姻ともなれば王都の大聖堂で大々的に行われてもおかしくないが、それは固辞した。そのため、バルド邸の礼拝堂に親族や親しい知人のみを招いた小ぢんまりとしたものになった。
とは言っても、二人共知人の範囲はそこそこの規模だ。バルドは一国の将軍職であるから高級士官だけでもそこそこの人数になったし、フィリアの方も所縁のある貴族を招いたらまあまあの人数になった。
ウェディングドレスの長いトレーンを優美に引いたフィリアと、黒衣の軍服を纏ったバルドが並ぶ。フィリアはこの日のために高いヒールを用意したが、身長差は全く埋まっていない。
神父の前で誓いの言葉を述べ、バルドの手がフィリアのマリアベールをそっとめくる。参列者には気付かれない程度だが、触れるほどそばにいるフィリアには解った。手が震えている。
口が真一文字に引き結ばれ、眉間には皺が寄っている。まるで花嫁を睨みつけているかのような形相だが、これは単純に物凄く緊張している顔だ。フィリアが、安心させるようにバルドの手をそっと撫でる。びくりと震え、余計に焦ったようである。
折角気を使ったのにどういうことなの、とフィリアが薄く瞼を下ろすと、バルドはバチバチと数度瞬きをした。フィリアが少し気分を害したのが伝わったらしい。パニックになりかけた所へ、神父が厳かに述べた。
「では、誓いのキスを」
そうだ、そのためにベールをめくった。フィリアの唇は小さい。淡い桃色に染められ、つやつやに輝いている。まかり間違って歯でも当たったらきっとこの柔らかそうな唇は裂けてしまうに違いない、と嫌な想像がバルドの頭を駆け巡った。
フィリアももう慣れたもので、そんなことはお見通しである。式の進行を止めるわけにはいかない、とドレスの中の爪先をこっそり滑らせてバルドの足を踏んだ。ちょっと強めに。
そこでようやくバルドが顔を下げる。呼吸を止めて。触れるか触れないかのところでフィリアがぐ、と体を伸ばして唇を押し付けた。バルドに任せていたら多分エアキスになったから。
式を無事に済ませ、披露宴の晩餐を乗り越え、それでも一日は終わらない。
式の誓いのキスも勿論難関ではあっただろう。
だが、バルドにとって本当の闘いは何よりも寧ろここからであった。
夫婦の寝室として整えられた寝台に、やたら生地の薄い夜着を纏ったフィリアと、入浴後のローブを羽織ったバルドが向かい合って座っている。何ならバルドは土下座していた。
そう、初夜である。
「バルド様」
「こればっかりはご勘弁を!」
「こればっかりはというか、優先順位で言うなら式や披露宴よりもこっちの方が高いのですけれど」
「しかし、余りにも……」
何を言いたいかは解る。フィリアだって緊張している。衣服を取り払うと、寧ろバルドの体躯がいかに巨大であるかがより一層解り易かった。服のせいで膨らんでいたわけじゃないのね、と感心してしまう。
それはバルドも同じ事であろう。コルセットでぎちぎちに締め上げて作り上げた細さではない。フィリアの華奢な身体は天然ものである。衣服の厚みを失った分、より一層細く薄いのが良く解った。
それでまた、こんな存在に自分が触れれば全身の骨という骨がへし折れて死ぬに違いない、と思っているのである。
フィリアには経験が無いのだから、バルドがちゃんと主導してくれないと困るのだが。
「バルド様、何度も申し上げておりますが、私はそう簡単に壊れたり傷ついたりはいたしません」
「それは、……これからすることを貴女はよくご存知ないから言えるのです」
「閨の教育は受けておりますわ。大体、赤子の頭が通るんですから何とかなります」
「し、死んでしまう!」
「死にませんてば」
兎に角大丈夫だ、と言っても話が進展しない。フィリアは一つ息をついた。
「……痛かったり、無理だと思ったらちゃんとお伝えしますから」
「普通の女性でも最初は痛いと聞きますが……」
「だから、そう思ったらお伝えしますわ。だったら宜しいでしょう? 途中でやめても良いです。最初から諦めていたら何もできませんわ」
バルドが、やっと顔を上げた。何時もより視線が上向きな気がするのは、フィリアの夜着姿を見ないようにするためか。
「痛い時だけでなく、嫌だと思った時も教えていただきたい」
「ええ、約束します」
「貴女を、絶対に二度と、泣かせたくありません」
「……泣きませんわ。嬉しい時しか」
フィリアがそっと両腕を開く。その腕の中に吸い込まれるように、バルドが頭を預けた。
泣いたのは将軍の方だったということだけ、ここに記しておく。




