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それぞれの思惑


 フノス男爵領で行われた大規模な土地改良工事は、瞬く間に周辺諸国の貴族たちの間で語り草となっていた。

 その火種を広めたのは、フノス男爵自身であった。

 彼は社交会の席で、驚嘆すべき奇跡を目撃したかのように、熱っぽくその内容を語り歩いたのだ。


 話題はそれだけに留まらなかった。アルドリック男爵領で行われた工事の成果も、また同じ波に乗って伝播していった。

 湿地の領主が、文字通り土地そのものを作り替えるほどの大工事を、たった一人で成し遂げたという噂。

 そこには、優秀な領民や有能な貴族が協力すれば、さらなる、想像を絶する成果が得られるのではないかという期待が混じっていた。

 一部の者たちは、彼を「土地を造り変える男爵」とまで称した。


 その影響は、目に見える形でシュヴァンプ領へと押し寄せていた。

 フリド男爵領を訪れる貴族の数は、以前とは比較にならないほどに増大し、連日押しかけていたのである。

 広大な土地を所有する領主であればあるほど、土地の活用方法については常に悩みを抱えているものだ。

 未利用の荒地や、管理の行き届かない湿地は、彼らにとって財産であると同時に、維持コストという重荷でもあった。

 訪れる貴族たちに対し、フリドは真摯に対応した。

 領内の各所を案内し、排水路がいかにして水の流れを制御しているのか、杭打ちがどのように地盤を安定させているのか、その設計意図を論理的に説明していく。


 しかし、急増する来訪者への対応には、物理的な課題も伴った。

 大量の貴族と、彼らに付き従う使用人や商人を、既存の平民向けの宿に収容するのは不可能に近い。

 かといって、身分を混ぜて同じ宿に泊めさせるわけにもいかない。

 そこでフリドは、かつて襲撃によって焼き討ちの被害に遭った廃屋跡に着目した。

 そこを新たな宿として再建し、その一部を貴籍専用の、格式高い貴族用宿屋として整備することにしたのである。

 かつての惨劇の跡地が、新たな交流の拠点へと生まれ変わっていく。


 貴族、商人、技術者――。

 多種多様な人材が、磁石に吸い寄せられる鉄粉のごとくシュヴァンプへ集まり始めた。

 フリドの領地は、今や国内でも屈指の注目を集める、熱を帯びた土地となっていた。


 こうした工事の成功は、新たな協力関係をもたらした。

 農業を基盤とするフレイン家からは、単なる作物の指導だけでなく、土地利用について共同研究したい、という申し出があったのである。

 フリドにとって、これを断る理由は存在しない。

 彼は自身の技術検証の機会として、フレイン家との間で膨大な情報のやり取りを開始した。


 一方で、ドナール家の動向はより鋭利なものであった。

 彼らの耳にも、フノス男爵領における驚異的な工事の内容は届いていた。

 魔法を用いて大量の人員を空から輸送し、地形そのものを書き換えていくその手腕。

 それを聞いたドナール・ドナールは、ある確信に至ったのである。

 ――この技術は、戦場において決定的な力となり得る、と。


 もし、魔法によって兵士を迅速に空輸することができれば、戦況の裏取りは容易になる。敵の背後に、あるいは補給路の要衝へ、瞬時に人員を送り込むことができるのだ。

 また、大規模な人員移動が必要な際でも、あらかじめ地形を操作して「急ごしらえの道」を作っておけば、安全かつ確実な侵攻ルートを確保できる。

 ドナール家にとって、フリドの技術は単なる開拓技術ではなく、戦術の概念を覆す戦略兵器としての価値を帯び始めていた。


 ――……‥‥‥・・・・・・


 この熱狂的な噂は、やがて王家の耳にも届くこととなった。

 最近叙爵されたばかりの男爵。

 他領の課題を次々と解決し、ドナール家から正式な謝礼を受け、フレイン家とも共同研究を始めたという。

 国王ハルフトは、この急激な潮流に驚きを隠せなかった。


「……また、あの男爵か」


 これほどの成果を、これほど短期間で叩き出すとは……。

 王の想定では、王国内の湿地開拓が進み、生産量が向上するのは、少なくとも十年、あるいは二十年先の話であった。

 しかし、フリドがもたらした変化は、その未来を現在へと強引に引き寄せようとしていたのである。


 当のフリド自身は、外部の喧騒を知ってか知らずか、領地での日常を淡々とこなしていた。

 次なる収穫に向けた農業の準備を整え、手に入れた魔導書を読み耽り、外部からの技術相談には、合理的な回答を返すのみである。


 しかし、社交会の華やかな場では、ドナール家陣営とフレイン家陣営、双方の話題がフリド一色に染まっていた。

 王家においても、この稀有な人材をいかにして自国の利益へと繋ぎ止めるか、その策謀が動き始めている。


 それぞれの思惑が複雑に絡み合い、静かなる火花を散らしながら、日々は流れていく。

 やがて季節は巡り、すべてを包み込むような春が訪れた。


エピローグ、的な話。

後一話だけ、次の章に向けたお話を書いたら次の章のプロット作成作業に入ります~

数日おやすみになるかもしれません。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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