魔法の価値
フリド・シュヴァンプが行った開拓の噂は、ドナール家とフレイン家の陣営を越え、王国全土へと波及していた。
それは単なる「土地の改良」という範疇を超えた、物理法則への挑戦とも取れる内容だったからだ。
特に強い衝撃を受けていたのは、ロージ家陣営であった。
魔法使いとして日夜研究に没頭し、魔法の効率や魔力の運用について技術の研鑽を積む者が集う、王国随一の研究者集団。
彼らにとって、「たった一人の魔法使いが、数日のうちに広大な湿地帯の地形を作り替えた」という話は、あまりに非科学的で、到底受け入れがたいものだった。
陣営内では、その技術を「誇張されたデマ」あるいは「単なる偶然による一時的な現象」と断じる疑いの声が相次いだ。
だが、ロージ家当主の考えは違った。
彼は噂を鵜呑みにするほど盲目ではなく、かといって、真実を無視するほど無謀でもなかった。
当主は直ちに、実際の工事現場を確認するように命じた。
それだけではない。噂の真偽を魔法学的に検証すべく、魔力の痕跡や術式の残滓を検出できる専門の魔法使いを調査団として同行させたのである。
本当に一人の魔法によるものなのか。あるいは、大規模な集団作業の成果を、一人の手柄として塗り替えただけではないのか。
その真偽を白日の下にさらすため、彼は精鋭の人材を現地へと送り込んだのだ。
二週間に及ぶ過酷な現地調査。土地に、物に宿る魔力残滓を辿る調査団が帰還するまで、さらに一週間を要した。
そして、ついに届いた詳細な報告書。
そこに記されていたのは、ロージ家の研究者たちが抱いていた疑念を、根底から打ち砕く圧倒的な証拠の数々であった。
にわかには信じがたい、土地そのものを丸ごと書き換える大工事の記録。
報告書に記された規模を冷静に計算し直せば、アルドリック男爵領での開拓だけでも、十人以上の熟練した魔法使いが必要となるはずだった。
資材を切り出す工程は攻撃魔法使いなら一人で十分。切り出した資材を加工する工程は二、三人は必要だろう。
資材の運搬、組み立てに至ってはそれぞれ四~六人の人員を要するはずなのだ。
そして、フノス男爵領における工事の内容は、さらに絶望的なまでの規模を示していた。
中州の造成だけで十人以上、分流の整備だけでも二十人以上、さらには大河の流量制御に至っては、百人単位の魔術師集団による組織的な作業がなければ不可能なはずだ。
報告書によれば、フリドはそれらを驚くべき短期間で完遂させていた。
もちろん、調査員たちは「人員を使い回したのではないか」という仮説も立てた。
しかし、工事の期間があまりに短すぎる。たしかに、一日で終わったわけではないがあまりに短期間だ。
調査記録が間違っていたのではないか? そう考えた調査員も多く、何度も魔力痕跡を調査した。
だが、出てきたのは、明らかに一人分の魔力痕跡だけだった。
僅かに確認できた別の魔力痕跡は、資材を切り出した際に残された攻撃魔法のものだけだった。
報告書を読んだロージ家の研究者たちは、口々に「あり得ない」と声を荒らげた。
現地調査を行った者たちですら、目の当たりにした光景が自身の理論と矛盾し、信じられずに何度も同じ場所を再調査したほどである。
それでも、何度調査内容を精査し、術式の残滓を計測し直しても、導き出される結果は変わることはなかった。
「……信じられないことだが、フリド男爵は四大貴族当主たちの何十倍……あるいは何百倍もの魔力量を持つのだろう」
ロージ家当主は、震える声でそう結論付けた。
フリドの洗礼時に記録された魔力量は『120』。
四大貴族の当主やその嫡男であれば、『1000~2000』程度。
四大貴族の基準からすれば、あまりに微々たる、欠陥品とさえ思われる魔力量であったはずなのだ。
だが、どう考えても『120』という数値では、この規模の開発工事を完遂することなど物理的に不可能だ。
効率が良いのではないか? いや、残っている魔力痕跡はとても大きい。
損失が大きいほど、周囲に残留する魔力痕跡も濃くなる。
明らかに生活魔法や補助魔法の痕跡であり、特殊な魔法を使用した痕跡も確認できなかった。
魔力量の回復速度が速いのか?
だが、回復速度が早くても、『120』の魔力量では丸太を一本運ぶこともできないだろう。
そんなに頻繁に往復していれば、体力の方が先に尽きてしまう。
研究者たちの間でも、激しい議論が巻き起こった。
確かに、生体的な変化によって魔力量が増大する事例は、歴史上、ゼロではない。
死の淵から生還した際、魔力量が『5~10』ほど急上昇したという稀な報告も存在する。
だが、それはあくまで微増の範疇だ。
『120』から、四大貴族の数百倍にまで膨れ上がるなど、魔法学の常識では到底考えられない。
「……この魔力量増加の秘密を、探る必要があるな」
ロージ家当主は、ただ驚愕するだけではなかった。
彼はその異常な現象の裏にある、未知の可能性とリスクを見据え、次なる策を練り始めていた。
――……‥‥‥・・・・・・
一方、王国内で噂が広がるその裏で、季節は静かに春へと移ろっていた。
ウォーダン王国の外、隣国であるマガヴァン王国では、不穏な戦争の準備が進んでいた。
この二つの国は、長きにわたり、毎年のように小規模な紛争を繰り返してきた。
春に田畑の整備を終え、春の終わりから収穫期に至るまでの長い期間を、両国は戦争という名の「儀式」に費やしてきたのである。
若き貴族に実戦経験を積ませ、家名を示す場としての意味合いも強かった。
しかし、近年の状況は決して芳しいものではない。
マガヴァン王国側は、長らく「負け」が続いていた。
国境沿いの領土は、じわじわと、だが確実に、相手方の侵攻によって削り取られていたのだ。
停滞した戦況を打破し、奪われた土地を取り戻すためには、新たな一手が必要となる。
マガヴァン王国はそのための決定的な作戦を、何年もの歳月をかけて練り上げてきた。
「新兵器の導入準備は万端です。あとは、ドナール家当主を誘い込むための『舞台』が整うのを待つばかり……」
戦場において、雷神のごとき破壊的な働きを見せる大魔法使い、ドナール家当主。
近年の敗北の多くは、この圧倒的な個の力によって引き起こされたものだった。
彼という存在を封じ、その魔力を削がなければ、マガヴァン王国に勝利の道はない。
そのため、王国側では戦力全体を補完し、ドナールという巨星を討つための、いくつもの秘密兵器が開発されていた。
春を告げる風は、穏やかに流れていた。
しかし国境では、戦の火種が静かに燃え始めていた。
次の章へ向けたエピローグ、的な話。
これにてプロットの貯蓄が完全に無くなりました。
展開はある程度考えているので、連載再開まで数日おまちください!
楽しんでいただければ幸いです。
よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。




