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武の家の思惑


「おお~い! フリド殿――!」


 シュヴァンプ領の平穏な朝を、元気の良すぎる叫び声が突き抜けた。

 フノス男爵領での大規模な橋梁工事という大役を終え、ようやく自領の整備に専念しようとしていたフリドは、思わず作業の手を止めた。


「……アルドリック男爵? なぜまた……」


 領地へ戻ってから、まだ数日しか経っていない。

 駆け寄ってくるのは、見慣れた、しかしあまりに頻繁すぎる訪問者。アルドリック男爵だった。

 フリドは拭き上げの手を止め、苦笑混じりに彼を迎えた。


「アルドリック男爵、またお会いしましたね。本日はどのような御用で? もしや、あの橋に何か不具合でも?」


 アルドリックの領地はフリドの領地と比較的近い距離にある。

 しかし、これほど短い間隔で再訪されるとは予想外だった。

 もし工事に欠陥があれば、これほど明るい顔でやってくるはずがない。

 フリドの脳裏には、予期せぬトラブルの可能性がよぎった。


「いやいや! 失礼な! フリド殿の工事は見事というほかなく、全く問題は起こっていない!」

「むしろ……今回は、これをお持ちしたくてな」


 アルドリックは自身のコートの内側から、大切そうに抱えていた一冊の本を取り出した。

 それは、使い込まれた重厚な羊皮紙の表紙を持つ、魔導書のような佇まいをした本だった。

 ただそこにあるだけで、周囲の空気がわずかに震えるような、独特の威圧感と神秘性を放っている。


「それは……一体?」


 フリドが息を呑む。

 アルドリックは少し真面目な表情になり、言葉を続けた。


「実は、フリド殿の工事があれほど見事であったことを、近隣の領主たちへ書状で送ったのだ」

「……それが、どういうわけか、我が主君であるドナール家当主にまで届いてな。いやはや、驚いたものだよ!」


 ドナール家当主。

 その名を聞いた瞬間、フリドの背筋に微かな緊張が走った。

 思わず表情を強張らせてしまう。


「その際、当主はこう仰せになったのだ。『男爵同士の礼儀は尽くせ』と」

「……確かに、あれほどの大規模な工事を請け負ってもらい、短期間で完遂させた。フリド殿への報いが足りなかったのではないか、とね」


 フリドは、その言葉の真意を悟り、膝を打った。

 

(なるほど。正式な謝礼を示さねば、アルドリック男爵の立場が悪くなる。さらにドナール家は、この取引を公のものとして認めるつもりか)


「……なるほど。あくまで儀礼としての意味合いがあるのですね」


「ふむ。私ではこれほどの品を用意することは到底できぬ。ゆえに主君から『受け取っておけ』と預かったのだ」

「どうか、受け取ってほしい。そうでなければ、私の面目丸潰れになってしまうよ!」


 アルドリックは、まるで自分のことのように切実な顔をして、再び魔導書を差し出してきた。

 これ以上断ることは、彼個人だけでなく、背後にいるドナール家という大きな存在に対しても無礼にあたる。


「……そこまで仰るのでしたら、謹んでお受けいたします。ありがとうございます」


 フリドが深々と頭を下げると、アルドリックは「ハッハッハ!」と豪快に笑い、その重厚な本をフリドの手へと託した。


 その後、二人は夜遅くまで語り合った。

 内容は、近隣領地の困りごとから、今回の工事における技術的な詳細に至るまで多岐にわたった。

 アルドリックは、川の流れを制御し、大地を造り変えるフリドの手法を聞いて、驚きと感銘を隠せない様子だった。

 それは単なる世間話ではなく、互いの領地を豊かにするための、極めて有益な情報交換の場となった。


 翌朝、市場の活気を見届けたアルドリックは、満足げな表情で出発の準備を進めていた。


「ハッハッハ! 流石はフリド殿だ。私もいつか、これほど活気のある都市を築いてみたいものだ」

「……また、相談に乗ってもらうこともあるだろうが、その時はよろしく頼むぞ。市場の仕組みについてもな!」


「ええ、もちろんです。いつでもお越しください」


 朝陽に照らされたアルドリックの背中を見送りながら、フリドはふと、自領の現状を振り返った。


 フレイン家の公女、アルドリック男爵、そしてフノス男爵……。

 ここ最近、自分の領地を訪れる貴族の数が、目に見えて増えている。

 彼らを領主館に泊めてはいるものの、現在の設備では、格式を重んじる貴族たちを満足させるには不足しているかもしれない。


(……新たな、貴族専用の宿屋が必要になるかもしれないな)


 領地の発展に伴う、新たな課題。

 しかし、その思考を打ち消すように、手の中にある魔導書の存在感が強まった。

 アルドリックから授かったこの重厚な一冊には、一体どのような知識が眠っているのだろうか。


 フリドは、熱を帯び始めた好奇心を抑えきれないまま、静かに書物のページに指をかけた。


ドナール家の考えを読み取る、的な話。

フリドは気づいていませんが、魔導書を抱えて移動するぐらい早く読みたいと考えていました。

やっぱり魔法が好きなんですねぇ……。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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