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広がる技術


 フノス男爵との調整が一段落した後、男爵からは宿と近日中の食料の準備について申し出があった。

 これを受け、フリドはすぐさまシュヴァンプ領へと引き返すと、人員の招集を開始した。

 今回の工事は、あくまでフノス男爵領の問題ではあったが、シュヴァンプ領もまた水害に悩まされる土地である。

 他者の危機に対して、手を差し伸べる共通の認識があったのだろう。

 多くの住人が「自分たちにできることがあれば」と、進んで協力に名乗りを上げてくれた。


 護衛についても相談は出たが、フリドはこれを断った。

 現在のフレイン家陣営の領地は比較的安定しており、今回の目的地も国境から遠く離れた内陸部である。

 警備に人員を割くよりも、作業員としての労働力を確保することを優先すべきだと判断したのだ。

 こうして集まったのは、力仕事に意欲的な村人たちだった。


 フリドは集まった人員を、効率を最大化するために二つのグループに分けた。

 一つは石材の採取を担当するチーム、もう一つは採取した石を現場の規格に合わせて整える加工担当のチームである。

 通常であれば、これほどの人員と資材を移動させるには膨大な時間と馬車、そして護衛が必要となる。

 だが、フリドの手にかかれば、その行程は劇的に短縮された。


「……さあ、皆さん。しっかり掴まっていてくださいね」


 フリドが広範囲に魔法を展開し、全員をふわふわとした浮遊感とともに空へと浮かび上がらせる。

 そのまま、闇属性と風属性の魔法を纏い、目的地であるフノス男爵領までひとっとびだ。

 たった二日で、シュヴァンプ領と男爵領の往復を完了させた。


 ……もっとも、着地した後の住人たちの反応は芳しくなかった。

 「次はもう少し、地面を感じて進みたいものです」などという、控えめな不満が漏れていた。

 魔法による大量輸送は非常に効率的だが、あれほど大人数を一度に浮かせるのは初めての経験だった。

 ……対策が必要かもしれない。

 たとえば巨大な籠や、あるいは揺れを吸収するような特殊な防護魔法でも併用できれば、多少は負荷が軽減されるだろうか。


 そんなことを考えながら夕食を終え、翌朝の作業開始に備えて夜を明かした。


 翌日の朝、霧が晴れるとともに工事は幕を開けた。

 最優先事項は石材の確保だ。堤防という強固な構造物を作る上で、石材の量と質は何よりも重要である。

 フリドは、石材を採取する場所のすぐ近くに加工場を設置した。

 少しでも移動の手間を省き、工程を迅速化するためだ。

 さらに、作業効率を高めるため、土魔法を用いて広大な平地を作り出し、作業環境を整えた。


 実際の動きは、まさに「魔法による精密な重機」そのものだった。

 石の移動はすべてフリドが引き受ける。

 採取場から加工場へ。加工が終わった規格済みの石は、そのまま川の中州や堤防の建設予定地へと運ばれていく。


 見学に訪れていたフノス男爵は、最初こそその圧倒的な人数と、高重量の石材を軽々と操るフリドの姿に目を剥いていた。


「そんな大岩を運ぶのですか!?」「フリド様はいつもこうですよ」

「こんなに土を動かすなんて、出来るというのですか!?」「フリド様ならいつものことです!」


 だが、あまりに凄まじい作業スピードを目の当たりにするうちに、驚きは呆れに近い感嘆へと変わり、ついにはすっかり作業の確認役として馴染んでいた。


 工事の舞台となる中州付近では、既に土の造成が進んでいた。

 まず、中州付近に堆積していた川砂を、魔法で一つ残らず掬い取ってアイテムボックスへと格納する。

 次に、分流後の川の位置から土を取り除き、先ほど回収した川砂などを慎重に配置していく。

 砂と土の入れ替え、そしてそれらを積み上げ、中州を高く盛っていく作業を、フリドは何度も繰り返した。

 その後、運び込まれた石材を用いて、中州の両岸や分流側の補強を行う。


 補強が終わると、フリドは水の流れをせき止めていた土を取り去った。


「これで――」


 ゴォォォォォッ!!


 地鳴りにも似た轟音とともに、濁流が一気に分流側へ流れ込む。

 茶色く濁った水は勢いよく中州の岸や分流の堤防を叩き、巨大な水煙が立ち上った。


「ふ、フリド殿、これはマズいのでは……!?」


 フノス男爵が思わず一歩後ずさる。


「いいえ。底に堆積していた泥が巻き上がっているだけです。」


 フリドは視線を逸らさず、水面だけを見つめていた。


「流れが安定すれば、すぐに収まります。」


 数分後。

 渦巻いていた濁流は徐々に落ち着き、水面は一本の穏やかな流れへと姿を変えていった。


「……まさか、ここまで安定しているとは……」


 フノス男爵は、まさに信じられないといった目で水の流れを眺めていた。

 工事が成功したときにはもう一日の終わり、すでに日は沈んでいた。

 


「……物凄い速度で工事が進みますね。最初は正直、魔法で何ができるのかと不安もありましたが……フリド殿の働きぶりを見れば、もはや納得としか言いようがありません」

「私も領主として、まだまだ学ぶべきことが多いようですな」


 その日の晩餐では、工事の進捗に対する驚きや、シュヴァンプ領民の献身的な働きへの称賛が飛び交った。

 お世辞が含まれていることは承知の上だが、自分の領民たちがこれほどまでに評価されるのは、決して悪い気分ではなかった。

 何より、作業に当たった村人たちも、ふんだんな食事と適正な休息を与えられている。

 彼らにとって、この仕事はやりがいのある「良い職場」となっていた。


 それからの三日間も、工事は止まることなく続いた。

 大河の合流地点の調整、そして多段的な堤防の構築。

 作業内容は昨日までと同様、土属性魔法による土砂の運搬、石材の配置、そして固め。

 途中でフノス男爵も「自分にもできることがあれば」と魔法での手伝いを申し出てくれたが、残念ながら彼の魔力量では大規模な土木作業を支えるには力不足であり、戦力としてカウントすることはできなかった。


 しかし、その尽力は士気を高めることには繋がった。

 そして、わずか四日の工事期間を経て、ついに水田の作成までもが完了した。

 水の取水口は、制御しやすい分流側から確保している。

 また、万が一の想定外の増水に備え、水を遮断するための水門も随所に準備しておいた。

 今回はあくまで実験的な取り組みゆえ、田んぼの数はまだ少ない。

 だが、広大な平地が整備されたことで、今後の拡張性は無限にある。


「たったこれだけの期間で……このような大規模な工事を完遂してしまうとは……!」

「実際にこの目で見ていたはずなのに、いまだに信じられません……」


 完成した堤防と水田を前に、フノス男爵は震える声で言葉を紡いだ。


「このご恩は一生忘れません」

「報酬として、こちらで用意できる最大限のものを提示させていただきます。こちらの領地から用意できる余剰の米は、これがすべてです」


 目の前には、重厚な俵がいくつも積み上げられていた。

 当初の約束では、各種類を少しずつ、という話だったはずだが、男爵は各種二俵ずつという破格の量を用意してくれていたのだ。

 さらには、上質な布や貴重な香辛料までもが、感謝の印として添えられていた。


「こちらこそ、有益な経験をさせていただきました」

「シュヴァンプ領民と外部で仕事を行うのは初めてでしたが、大きな問題もなく終えることができて良かったです。これで、他領でも同じような工事が出来ることが分かりました」

「何かお困りのことがあれば、いつでもシュヴァンプ領を頼ってください。経過も非常に気になりますから、何度か視察に伺わせていただきますよ」


 フリドは男爵と固く握手を交わした。

 今回の工事で得たものは、目に見える物資だけではない。

 何よりも大きな収穫は、領民たちが「外部の環境での大規模な土木作業」という実戦経験を積めたことだ。

 このような成功体験が積み重なれば、シュヴァンプ領の建設・工作能力は飛躍的に向上するに違いない。


 その後、水田での育成結果や堤防の維持管理に関する情報の共有を約束し、フリドたちは領地へと帰路についた。

 この工事によって築かれた堤防は、その後も適切な整備が続けられ、百年の時を経てもなお、その役割を果たし続けたという。

 後世の領主たちがその技術を学ぶために、何度も視察に訪れたのは、また別の物語である。


工事するぜ!的な話。

二話に分けても良かったのですが、割るにはちょっと微妙な文量になったため一話の中にまとめておきました。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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