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水田という発想


 シュヴァンプ領へ一度帰り、作業指示などを終えた後、フリドはすぐさま次の目的地へと向かっていた。

 向かう先は、品評会の時に水田について興味を示していたフノス男爵の領地だ。


 目的はただ一つ。春が訪れ、土が動き出す前に、新たな開拓地、水田の目星をつけること。

 一度「水田」という仕組みを構築してしまえば、フリドの魔力と知識があれば完成自体はそれほど時間はかからない。

 しかし、問題は「どこに作るか」だ。水利、地形、土質、そして何より自然災害のリスクを見極めるには、事前の入念な調査が不可欠だった。


「よくぞ来てくれた、フリド男爵。わざわざ遠路はるばる、感謝いたします」


 領地の境界に到着すると、フノス男爵が温かい出迎えをしてくれた。

 彼の領地は、シュヴァンプ領から見れば、驚くほど小規模だ。

 シュヴァンプ領が関東平野を思わせる広大な大地を持つのに対し、この場所はコンパクトにまとまった、凝縮された美しさがある。


 フノス男爵領との距離は馬車であれば二~三日、フリドの場合は空を飛んで移動して一日弱で着く距離だ。

 ついたその日はフノス男爵領の領主館に泊まり、翌日から作業を始める。


 フリドはまず、彼を案内してもらいつつ、上空からの偵察を開始した。

 フリドにとって、飛行による地形把握は最も効率的な調査手段だ。

 高度を上げ、眼下に広がる領地を見渡していく。


 フノス男爵の領地には、三つの主要な街が存在し、それらをつなぐようにして豊かな水資源が流れている。

 視線を追っていくと、山脈から流れ出た勢いのある三本の川が、ある一点に向かって収束していくのが見えた。

 川の流れは速く、力強い。そしてその合流地点には、すでに広大な一本の大きな河川が形成されている。


(……素晴らしい水量だ)


 これだけの水量があれば、水田を維持するには十分だろう。

 他に目を引いたのは、既存の灌漑設備だ。

 川の傍らには、あらかじめ整備された用水路が張り巡らされており、それを利用して周囲の畑沿いに水が引き込まれている。

 やはりフレイン家の陣営ということもあり、農業設備には多くの投資を行っているように見える。


 午前中に領地内の地図を作成し、昼過ぎまで現地を見て回りながら、おおよその計画をまとめた。

 その日の晩餐の席で、フリドは口を開いた。


「これほど豊かな水と、整った用水路があるのです。川の合流部近くの平野、特に川沿いのエリアを水田へと作り変えてはどうでしょうか」


 フリドが示したのは、川のすぐ横に広がる肥沃そうな平原だ。

 用水路を活用する場合、既存の畑を動かす手間はかかる。


 また、今回の水田化は一年目の試験運用でもある。

 ならば既存の畑を改修するより、新たな区画を切り開く方が現実的だ。

 候補として選んだのが、水へのアクセスに優れたこの場所だった。


 三本の川が合流して一本となった大河。

 その下流側の河岸には、まだ開発されていない広い平地が残されている。

 周辺に村を興す計画も視野に入れられるのではないか、とさえ考えた。


 しかし、フリドの提案を聞いたフノス男爵の表情は、喜びよりもむしろ、複雑な憂いを含んだものだった。


「……フリド男爵、お気持ちは嬉しいのですが、あそこには手が出せないのです」


「なぜでしょう? 水源も近く、地形も平坦です。水田を作るには理想的な条件に見えますが」


 フリドは思わず眉をひそめた。

 男爵は溜息をつき、視線を川の合流地点へと向けた。


「実はその川……雨季になると、恐ろしいほどの勢いで氾濫するのです。流れのパターンさえ、季節によって様変わりしてしまう。あまりに不安定なため、あそこへの入植や定住は、領地として厳しく制限しているのです」


 なるほど。

 空から見たときは、ただ豊かに流れる美しい川に見えたが、それはあくまで「安定した時期」の姿だったのだ。

 三本の勢いのある川が一点に集まるのだ。増水した際のエネルギーは凄まじいだろう。

 今の水量に惑わされてはいけない。

 確かに、用水路も合流後の川ではなく、三本の川の内、いずれか一つの川からのみ取水されているようだ。


 手元の地図を指でなぞりながら、思考を巡らせた。

 単なる「作物の栽培」という視点から、「土木工学」の視点へと切り替える必要がある。


(水田は遊水地としても機能する。だが、川そのものが流路を変えてしまえば、水田ごと流されるか、水が届かなくなるかもしれない……)


 目の前の土地だけを見ていては駄目だ。

 川全体の流れを見直さなければ、水田は成立しない。


「……わかりました。まずは、この川を詳しく調べましょう」


 フリドは地図を静かに畳んだ。

 水田を作る前に、この領地の水を理解する必要がある。

 その確信だけが、彼の胸には残っていた。


他領を見て回る、的な話。

地図はあるでしょうが、正確ではないでしょうし、フリド自身で見て回ったほうが良いだろうなと考えました。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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