米という作物
出品の受付を済ませて数時間後、フリドは品評会の会場へと足を踏み入れた。
広大なホールには、すでに各家から届けられた作物が整然と陳列されている。
会場内には、乾燥した穀物特有の、どこか香ばしくも埃っぽい匂いが立ち込めていた。
この国において、主食の地位を占めているのは圧倒的に小麦だ。
収穫された麦は製粉され、パンや粥、あるいは様々な加工品へと姿を変える。
そのため、会場の大半を占める展示ブースも小麦が占めていた。
しかし、よく観察してみると、小麦以外の穀物も存在していた。
これまでの生活では意識することのなかったが、視点を変えて眺めれば、トウモロコシや、麦でも米でもない、見たこともない形状の種子を含む穀物も一部に含まれている。
出品方法については、事前の規定に従った。
一束は片手で軽々と持てる程度の量だ。
規定では「一束から二束程度」と書かれていたが、極論を言えば、籠の容量に収まり、あまりにも少なすぎない量であれば良いらしい。
ただ、周囲の出品物を見渡すと、どの家もほぼ同程度の分量を展示しており、ある種の暗黙のルールのようなものを感じた。
ふと、品評会の一角に目が留まる。
小麦の広大な展示領域に対し、そこは明らかに小さな、隅の方に追いやられたような領域だった。
そこには「米」と記されたプレートが置かれている。
思っていたとおり、米の出品数は少ない。
しかし、完全に空白というわけではない。
数軒の貴族が細々と米を出品している。
小麦が主流であるこの国において、わざわざ手間のかかるであろう米を展示しに来る貴族は、それほど多くはないのだろう。
フリドは、他の貴族が出品している米粒をそっと観察した。
ぱっと見の印象では、米粒の大きさ自体は、フリドが持ってきたものの方が一回り大きく、ふっくらとして見える。
だが、それ以上に気になるのは、粒のサイズのばらつきだった。
ある粒は大きく、ある粒は極端に小さい。品種による差なのだろうか。あるいは栽培管理の未熟さか。
(大きさのバラつきがあっても、味が良ければ……品種改良の余地はあるかもしれないな)
フリドは、技術者としての思考を巡らせていた。
……しかし、数時間の審議の末、結果は無情なものだった。
今回の品評会は、流通量の多い「麦部門」と、それ以外の「その他部門」に分かれて評価されていた。
フリドの米は後者だ。主食としての普及度を考慮される以上、麦部門で戦うのはあまりにも荷が重い。
結局、米を含む「その他部門」での優勝は、見事な実りを見せたトウモロコシに輝いた。
受賞こそ逃したものの、表彰が終わると、そのまま参加者同士の意見交換会が始まった。
会場の片隅で、米を出品していた他の貴族たちと会話する機会を得られたのだ。
参加しているのは三人の貴族当主やその代理人といったところ。
出品数に比べれば少ないが、麦の展示に注目が集まっていたためか、情報交換の場は比較的落ち着いた雰囲気だった。
自然な流れで、互いの栽培環境についての情報共有を始めた。
どのような土壌で育てているのか。
どのような肥料を用いているのか。
植え付けと収穫の時期はいつか。
そして、収穫した後の処理はどうしているのか。
そこで判明した事実は、フリドにとって衝撃的なものだった。
この国の米は、水田では育てられていなかったのだ。
小麦と同様に、水を湛えた場所ではなく、乾いた土地に種を撒いて育てる方法が主流のようだった。
米といえば、常に豊かな水がある場所で育つものだと思い込んでいたフリドにとって、それは常識を覆す発見だった。
肥料についても、彼らのやり方は独特だった。
(水田であれば、山の伏流水に栄養が含まれる……はずなのだが)
フリドの知る知識とは、決定的に論理が異なっていた。
植え付けや収穫の時期については、それほど大きな差は見られなかった。
ただ、フリドの作物は、植え付けから収穫までの期間が、彼らのものよりも明らかに短かった。
さらに、決定的な違いがあったのは「収穫後の扱い」だ。
フリドは、稲刈りをした後、束のまま天日干しを行っている。
対して、他の貴族たちは、刈り取ってすぐに脱穀し、籾殻がついた状態のまま天日干しを行うというのだ。
あまりにも常識の違いに、周囲から多くの質問が飛び交った。
「その方法で本当に味が落ちないのか?」
「効率が悪すぎるのではないか?」
といった議論が白熱する。
しかし、彼らの疑問を押し返したのは、目の前に並ぶ現物だった。
他の貴族の米に比べて、フリドの米は粒が一回り大きく、しかも揃い方も明らかに優れていた。品質が一段階上だったのだ。
陸地での栽培年数が長い彼らの米よりも、短期間でこれほどの品質を実現している事実は、目の前の現物として突きつけられていた。
議論の熱気に応えるように、他の貴族たちは手元の蠟板に、懸命な様子でメモを取っていた。
この時代、簡単な記録には羊皮紙ではなく、削り取って書き直せる蠟板を使うのが通例なのだろう。
フリドもまた、忘れないうちに要点をまとめておこうと、手元の紙にペンを走らせていた。
すると、周囲から「不思議なものを見る目」を向けられた。
一部の貴族からは、「その書き留める道具は何だ?」と質問を受けることもあったが、多くは単なる珍しい文具として、それほど深くは気に留めていないようだった。
交流会も終盤に差し掛かった頃である。
米を出品していた男爵家の一人が、フリドに歩み寄ってきた。
「……君の米の作り方について、相談に乗ってもらえないだろうか」
その男爵は、真剣な眼差しでこう続けた。
自身の領地でも、水を使った新しい栽培方法を試してみたいと考えているのだと。
しかし、それには経験と知識が必要であり、一度形を作り上げた実績のある者にこそ、力を貸してほしいと。
「もちろん、ただとは言わない。こちらも種や知識は惜しまない。君の領地へも持って帰ってくれてかまわない」
(……願ってもない話だ。品種が増えれば、水田で育つものと育たないものを比較できる。そこから先は、選抜と品種改良だ)
フリドは、それらの申し出を静かに受け入れた。
新たな挑戦の予感に胸を高鳴らせながら、フリドは一度、自身の領地へと帰路についた。
品評会の本番、的な話。
現実ならもっと細かく部門が分けされていると思うんですが、米はあまり注目されてない感を出したくてこのようにしました。
楽しんでいただければ幸いです。
よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。




