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新たな依頼


 フリドが男爵位を授与された後。

 シュヴァンプ領には、目に見える形での大きな変化があった。

 ……といいたいところだが、実のところ、それは爵位そのものには何の関係もない、ささやかな変化だった。


 季節は晩秋から初冬へと移ろい、空気には刺すような冷たさが混じり始めていた。

 活気にあふれていた市場も、収穫を終えた後のためか、どこか落ち着いた空気に包まれている。

 田畑は冬の訪れを控えて閑散とし、山での狩猟や薬草採りの足取りも重くなっていた。

 人々は山へ薪や水を取りに行く以外、その多くを村の中での作業に費やすようになっていた。


 主な仕事は、糸の作成と、紙の試作だ。

 収穫した後の稲藁は、そのまま利用して草履や帽子へと姿を変える。

 だが、衣服としては使えない。


 衣服として使うため、山から運んだ麻や、領内の湿地に自生するイラクサを元に糸を作る。

 これを利用した糸作りは、領内の貴重な手仕事となっていた。


 人の流入が増えた影響か、現在は糸を作る工程においてさえ人手が余るほどだった。

 もっと増産に注力することもできたのだが、あえて別の計画に力を注ぐことにした。

 それは、以前から温めていた「紙作り」の確立である。


 現在、この国において紙は極めて貴重なものだ。

 重要な記録や伝令を記す手段であれば利用するが、普段使いは木板や粘土板といった重く扱いづらいものに限られていた。

 もし、シュヴァンプ領内で安定して紙を生産できるようになれば、それは領の大きな財産となる。

 幸いにも、接着剤となる粘り気のある植物は見つかったため、希望が見え始めていた。


 雨季の嵐のような喧騒とは異なる、どこか穏やかで、思索に耽るような時間が過ぎていく。


 ……そう、忘れていたことがあった。

 もっとも「大きな変化」と呼ぶにふさわしい、可愛らしい変化が。


 爵位を授かった際、フレイン家からお祝いの品として、ある生き物が届いた。

 その名は、猫。

 聞けば、フレイン家をはじめとする配下の家門では、害虫や害獣対策のために犬や猫を飼うのが慣例なのだという。

 鼠が増えすぎる前に、と、先方の細やかな配慮だった。

 今では首輪をつけたその猫は、領内を自由に放し飼いにされている。

 その愛らしい姿は、どこからか噂が広まったのか、今や街の住民たちの間でも密かな人気を集めているようだった。


 そんな、平穏な日常の一幕。

 突如として、静寂を切り裂くような大きな声が領内に響き渡った。


「おお~~い! フリド殿~~!」


 声のした方向へ目を向ける。

 そこには、一人の男が馬を駆ってこちらへと猛進してきていた。

 領内の人間ではない。その荒々しい身のこなし、泥に汚れたマント……どこか見覚えがある。


「やあ、久しぶりだな。爵な授与式以来か」


 馬を止めた男は、息を切らしながらも豪快に笑った。


「ああ、たしかあなたは……アルドリックさん、でしたか。今回はどのような御用で?」


 記憶の断片をつなぎ合わせる。

 授与式の際、名前を呼ばれていたような、式の後にも何度か言葉を交わしたような……そんな微かな感触が蘇る。


「それがだな! 新しい領地を貰ったはいいものの、どう運営すればいいのかさっぱり分からなくてな! フリド殿に助言をもらいたくて、思わず馬を飛ばしてきたのだ!」


 ハッハッハ、と男は腹の底から笑い飛ばした。

 使者や書状を送れば済む話なのに、自ら駆けつけるとは。なんとも猪突猛進、行動力に溢れた人物だ。


「ふむ……。一体どのような点でお困りなのですか? 食料の備蓄ですか? それとも、治安の問題でしょうか?」


 努めて冷静に問い返した。だが、返ってきた答えは予想を遥かに超えるものだった。


「それがだな……。なにも、わからん!」


 ドン! と、地面が揺れたかと思うほどの勢いで、男は言い切った。

 あまりの潔い白旗に、思わず絶句してしまう。

 まさか、ここまでストレートに突き放されるとは……。


「頼む、フリド殿! 俺も他領の新興男爵たちも、戦場で剣を振るう以外、何も分からんのだ! どうか、助けてくれ!」


 必死な形相で懇願する彼を見ていると、断る言葉が喉の奥でつかえてしまう。

 一瞬、「断るべきか」と考える。時間も人手も限られている。しかし――。

 すぐにその考えを打ち消した。


 今のフリドには、貴族としての知り合いはほとんどいない。

 この荒削りな男との繋がりが、今後のシュヴァンプ領にとって、あるいはフリドの立場にとって、新たな良縁となるかもしれない。


「……いや、まあ……はぁ。分かりました。いいですよ、お話を聞きましょう」


 観念して溜息をつくと、アルドリックの顔がパッと明るくなった。


「話が早い! 助かるぞ、フリド殿! では、さっそく俺の領地へ向かおうじゃないか!」


「いや、まずは馬を休ませてあげてください。その間に、領主館で詳しくお話を伺いますから」


 焦る彼の手を引き、落ち着いたトーンで諭した。

 止まっていた時間が、再び動き出す。

 新たな依頼と共に、新しい歯車が音を立てて回り始めようとしていた。


新たな人物、的な話。

各話の簡易プロットまでは書き終わったので、毎日執筆します~。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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