開拓の診断
アルドリックの領地へと降り立ったとき、目につく特筆すべき問題は見当たらなかった。
フリドは一度空へと舞い上がり、空から現状を俯瞰する。
シュヴァンプ領で見られたような、立ち入るのも困難な広大な湿地帯は存在しない。
そこにあるのは、適度な水捌けの良さを持った平原だ。
季節や天候次第ではあるだろうが、小麦などの穀物を育てるには悪くない土壌に見える。
川こそ少し距離があるものの、点々と井戸の姿も確認できた。
生活用水の確保については、ひとまずは問題なさそうだ。
しかし、人口は予想していたよりもかなり少ない。
視界に入る村々を巡ってみても、家々はまばらに点在している程度だ。
人の営みがまだ、この土地に根付こうとしている途上であることを物語っていた。
手元の木板に、川の流れ、平原の広がり、家や井戸の位置などを木板に書き留めていく。
アルドリックの領地には、まだ地図すら存在していなかったのだ。
「フリド殿~~!」
下方から、聞き慣れた声が響いた。視線を落とすと、待ち構えていた者がいた。
地上へと降り立つと、そこには村人の代表たちが集まっていた。アルドリックに事前に頼んでおいた面々だ。
「アルドリックさん、お集まりいただきありがとうございます。……皆さん、こんにちは。私はフリドです」
「急にお呼び立てしてしまい、申し訳ありません。実は、アルドリックさんがこの領地を治めることになりましたので、いくつか確認したいことがありまして……」
空から突然降りてきたフリドの姿に、村人たちは驚きを隠せない様子で、おどおどと視線を泳がせている。
だが、その反応をあえて気にせず、居住まいを正して質問を投げかけていった。
各村の人口、収穫量の概算、そして現在抱えている困りごと。
大きな不満は出てこないだろうと予測していたのだが、蓋を開けてみれば、意外にも多くの「痛み」が吐露された。
一つ目は、獣害だ。
収穫した小麦を天日干しにする際、鳥の被害が凄まじいらしい。
さらに、乾燥させて保管している最中には鼠に狙われ、高床式倉庫を設けてもなお防ぎきれないこともあるという。
モグラによる畑荒らしも発生しており、それについては犬を駆使してなんとか対処しているとのことだった。
二つ目は、交通とインフラの不備だ。
各村を結ぶ道は未整備で、まともな道とは言い難い。特に川を挟んだ向かい側へ移動する手段が致命的に欠けていた。
数年前に橋が壊れて以来、川の向こう側への足は途絶え、交流は滞っている。
また、小麦以外の野菜を育てるための水汲みも、距離と労力の面で大きな負担となっているようだ。
他にも細かな意見はあったが、主要な課題はこの二点に集約されるだろう。
幸いなことに、村同士の距離が離れているため、土地の境界を巡るような争いは起きていない。
それは、平和な領地である証左でもあった。
「皆さん、貴重なご意見をありがとうございます。改善に向けて、まずは着手できるところから始めていきます」
一度区切りをつけ、力強く宣言した。
「ひとまず……交通インフラの整備を優先しましょう。近いうちに、新しい橋を架けますよ」
「……!? フリド殿、橋をそんなにすぐに架けられるのですか!?」
代表の一人が、信じられないといった表情で身を乗り出した。
微笑んで答える。
「もちろんです。アルドリックさん、あなたの助けがあればね」
村人たちを送り出した後、すぐに壊れた橋の跡へと向かった。
使える部材が残っていないか、直接確認したかったからだ。
……が、現実は想像よりも厳しいものだった。
「……ふむ。これは、完全に新しく作り直したほうがいいですね」
橋脚の根元は腐食が進み、修復どころか維持すら不可能な状態だった。
中途半端な補修をするくらいなら、ゼロから構築するほうが確実で、結果的に早い。
幸い川幅は十数メートルほどしかなく、小規模な橋で済む。
「であれば、むしろ話は簡単だ」
脳内に完成図を描き出す。必要な木材の量、加工工程、魔法の消費量……すべてが瞬時に計算されていく。
……それから数時間後。
アルドリックと共に山へ入ったフリドは、伐採すべき樹木を選定していた。
「この木と、この木……それから、あの太いやつ。まずはこの三本を切り倒してください」
「ウォオオオ! 風魔法――《風刃》!」
アルドリックが叫びと共に魔力を放つ。鋭い風の刃が樹皮を裂き、巨木をなぎ倒していく。
倒れた直後、フリドも魔法を続ける。
魔法で木材を浮かせ、一瞬で余分な水分を飛ばして乾燥させ、さらに表面を滑らかに整える加工まで施す。
シュヴァンプ領で木道を作った経験が、技術を磨き上げていた。
次々に指定する樹木は、アルドリックの魔法によって切り倒され、フリドの魔法によって瞬時に「建築資材」へと変貌していく。
アルドリックは文句一つ言わず、黙々とその作業に付き合ってくれた。
……そして数刻後。
そこには、つい先ほどまで存在しなかったはずの、立派な木橋が架けられていた。
「いやはや……これほど迅速に橋を造り上げ、なおかつ息一つ乱さぬとは。驚愕したぞ!」
アルドリックが感嘆の声を漏らす。
額の汗すら拭わず、淡々と答えた。
「あなたの方こそ。攻撃魔法を十回以上も連発しておきながら、その余裕は一体どこから来るのですか?」
「ハッハッハッ! 魔力量だけは自信があるのだ。戦場での武功も、すべてはこの有り余る力のおかげだ!」
彼は豪快に笑い飛ばしたが、その眼差しには敬意が混じっていた。
村人たちが駆け寄り、次々と感謝の言葉を述べていく。
「フリド殿! 本当に、本当に感謝申し上げる!」
「おかげで川の向こうへもすぐ行けるようになる! ありがとう!」
アルドリックに強く手を握られる。
これほど純粋な、力強い感謝を向けられるのも、悪くないものだ。
そんなことを考えながら、フリドは見送られ、アルドリックの領主館へと引き返した。
……しかし、後に一人残されたアルドリックは、戦慄に震えていた。
アルドリック自身、自負するほどの魔力量を持っている。
だが、先ほどのように十本もの巨木を魔法でなぎ倒せば、さすがに眩暈がするほどの疲弊を感じる。
当然、目の前のフリドにはその疲労は見せなかったが。
だが、フリド殿はどうだ?
あの途方もなく重く、長い木材を、まるで小枝でも拾うかのような気軽さで浮遊させて運んでいたのだ。
さらには空中で、魔法を用いて瞬時に加工まで完遂させる。
しかも、ここまでの行き来にも魔法で、空を高速で飛んでいる。
そんな事象、これまでの人生で一度として耳にしたことがない。
それに、これほどの規模の建造物を、たった数時間で作り上げることなど、王国のどの大魔導師に成し遂げられるというのか。
もし、ここが戦場であったなら。敵軍の後方に、瞬時に大規模な進軍路を構築し、奇襲を仕掛ける通路を作り出すことができる。
フリドだけであれば、敵陣の後ろへ一人で回り、空から丸太でも落としただけで大惨事になるだろう。
戦場のことしか知らない武人であるアルドリックだからこそ、彼は理解してしまった。
あの男――フリドという存在が、いかに規格外の「異常性」を秘めているのかを。
別の開拓、的な話。
見る人によって、同じ物事でも捉え方って変わるよなぁ~と、考えて記載しました。
フリド自身は楽しんでいるかもしれませんね。
楽しんでいただければ幸いです。
よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。




