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幕間 シュヴァンプ男爵に対して


 玉座に深く腰掛けた王は、手元の書状に目を落としながら、新しく創設されたばかりの男爵家について思考を巡らせていた。


 フリド・シュヴァンプ。

 新たに爵位を授けたその領地は、人口一万人規模の都市を擁している。

 フレイン家の見立てによれば、将来的には十万規模にまで膨れ上がると予測される場所だ。


 この国において、男爵家がこれほどの民を抱えることは極めて稀である。

 通常、一万人を超える規模となれば、それは子爵や伯爵の領地として語られるべきものだ。

 それだけの都市を築き上げたという事実だけでも、彼には十分すぎるほどの功績があると言えた。


 しかし、王の瞳に宿る光は、称賛だけではなかった。


「……基礎となる土台はできている。だが、決定的な『力』が足りぬな」


 新たな領地を維持・発展させるための軍事力や外交力といった、他の功績こそ乏しい。

 もし彼に他に目覚ましい手柄があれば、即座に子爵への昇進を検討しただろう。

 だが、それゆえにこそ、彼は「扱いやすい」のだ。


「……この才能を縛り、制御するためにも、さらなる爵位の付与と責任の増大は必須か」


 王の口元には、有能な駒を得た棋士のような、静かな笑みが浮かんでいた。



 ――……‥‥‥・・・・・・



 一方、新たな男爵家となったアルドリックは、自らの領地の地図を見つめながら、深い溜息をついていた。


「うーん……一体、どこから手をつければよいのだ……」


 新たに与えられた領地には、大小さまざまな村が三つほど点在している。

 しかし、アルドリックには、これまで領地の経営というものに携わった経験が一切なかった。

 土地の肥沃さ、水路の状況、あるいは伏兵となるような不毛な地が存在しないか――。

 未知の要素が多すぎた。


 何より、この土地そのものに何か「問題」が潜んでいるのではないかという、漠然とした不安が彼を支配していた。


「……そういえば、あの授与式には『湿地の男爵』と名高い者がいたな……」


 ふと、脳裏をよぎったのはシュヴァンプ男爵の姿だった。

 あの時、彼が口にしていた領地改善の手法――当時はその真意を半分も理解できていなかった。

 だが、今の自分にとっては、暗闇を照らす指針になり得るかもしれない。


「まずは、あの湿地へと続く道の状況を確認しに行くか」


 現状を打破するには、まず動くしかない。

 アルドリックは決意を固め、次の一歩を踏み出すことにした。



 ――……‥‥‥・・・・・・



 同じ頃、ドナール家の当主は自室で沈痛な面持ちで思案に耽っていた。


 フリド。

 あの少年を再び自陣営に取り戻したい。その望みは消えていない。

 しかし、再構築するための糸口が、あまりにも見当たらないのだ。

 一度追放したという事実が重くのしかかっている。

 たとえどれほど好意を示そうとしても、彼にとってのドナール家は「自分を捨てた実家」という最悪の第一印象を刻まれているのだ。


「……ええい、奴が当家に留まっている間に、少しでも才覚を見せてさえいれば……!」


 一瞬、悔恨の念が込み上げたが、すぐに自嘲気味に首を振った。

 過ぎ去った時間は取り戻せない。今できることは、怒るのではなく、策を練ることだ。

 まずは、彼が抗えないほどの「餌」を用意することから始めるしかない。


 その時、部屋の扉が控えめに叩かれた。

 入室を許したのは、長年仕えてきた執事長であった。


「……フリド様について、思い出したことがございます」

「申してみよ」


 執事長は一呼吸置き、淀みのない口調で続けた。


「以前、フリド様が当家の図書室に頻繁に籠もっておられたことがございました。その際、補助魔法に関する魔導書を熱心に読まれていた形跡がございます」


 補助魔法――。

 当主の脳裏に、フリドの魔法適性が浮かぶ。

 確かに彼は、破壊的な攻撃魔法や強固な防御魔法への適性を持たない。彼の得意とするのは、生活に根ざした基礎的な魔法のみだ。

 だが、補助魔法は別だ。属性への適性さえあれば、本来の適性が低くとも習得し、その真価を発揮できる領域である。

 そしてフリドには、全属性に対する稀有な適性があるのだ。


「……なるほど、あの少年は、不可能な道を探っていたのか」


 当主の瞳に、かすかな光が宿った。

 彼への餌の内容は決まった。

 問題は、それを与えるための「名分」だ。

 どのようにして、疑念を抱かせずに接触を図るか。その糸口が見えた。


 ――……‥‥‥・・・・・・


 一方、フレイン家の邸宅では、穏やかな時間が流れていた。

 当主と次期当主候補であるリーゼは、陽光の差し込むテラスで語らっていた。


「お母さま、爵位の推薦、本当にありがとうございます」


 リーゼの言葉に応えるように、当主は優雅にカップを置いた。

 収穫期が一段落し、庭園には華やかな紅茶の香りが漂っている。


「ええ、もちろんだわ。あれは当然の報いよ」


 当主の表情は真剣なものへと変わった。


「私も情報を得るまでは、あそこまでの逸材だとは考えていなかったけれど……彼はやはり異質ね。リーゼが話してくれたことが事実であれば、必ず私たちの陣営に取り込むべき存在だわ」

「わたくしも同感です。もし彼が成長し、あの都市を統治していくのであれば、フレイン家が進むべき方向性と合致しています。その規模の経済力と影響力を考えれば……国内における私たちの地位も、より盤石なものになるはずです」


 二人の視線は、同じ未来を見据えていた。

 この人材を味方に付けられれば、これ以上ない。

 たとえ完全に掌握できずとも、友好的な関係を結ぶだけで、得られる利益は計り知れないのだ。


「……ならば、まずは角を立てずに接触を図りましょう」


 当主は、ある計画を口にした。


「近々開催される『穀物の品評会』。彼を招待状を送るのが、最も自然なきっかけになりそうね」


 二人の策謀は、静かに、しかし確実に動き始めていた。


周辺領地の取り込み方、的な話。

ここからの話はもう書き溜めがないよ……これも土曜日に書いてます。次の章のプロット考えながら。

毎日更新が止まったら、書くの詰まったんだな~って思ってください。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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