湿地の男爵
重厚な扉が開かれた瞬間、視界に飛び込んできたのは、眩いばかりの光と威容だった。
高い天井から吊るされた無数の灯が、磨き上げられた大理石の床に反射し、空間全体を黄金色の輝きで満たしている。
謁見室の奥、一段高い玉座には、この国の主である国王陛下が鎮座していた。
周囲には、華やかな礼装を纏った貴族たちが列をなしている。
その空気は、研ぎ澄まされた刃のような緊張感と、どこか祝祭に近い熱気に満ちていた。
儀式は、すぐに始まった。
「――我が勇猛なる騎士、アルドリック卿。西方戦線における功を認め、ここに男爵位を授与する!」
国王の声が響き渡る。周囲からの割れんばかりの拍手。
次々と名前が呼ばれていく。そのすべてが、戦場での鮮血や、敵軍を退けた武勲に基づいたものだった。
列の端で、その光景を静かに見つめていた。
彼らの功績は、紛れもない「武」の力だ。剣を振るい、盾を構え、命を懸けて国を守った証。
それに対して、フリドの歩んできた道はあまりにも異質で、泥臭いものだった。
何人もの叙爵が終わり、やがて――
「――最後に、フリド・シュヴァンプ!」
名前を呼ばれた瞬間、周囲のざわめきが、一瞬だけ凪いだような気がした。
見知らぬ視線が突き刺さる。戦功による叙爵者ではない、未知の功績を持つ男への、好奇と疑念が混じった視線だ。
その視線を意に介さず、歩を進めた。
石畳を叩く靴音だけが、妙に大きく響く。
玉座の前まで辿り着き、深く、これ以上ないほど丁寧に跪いた。
「表をあげよ」
国王の視線が、自身を捉えた。
重圧に押し潰されそうになりながらも、儀式を続ける。
「フリド・シュヴァンプよ」
国王の声は、低く、それでいて部屋の隅々まで浸透するような威厳を持っていた。
「貴殿の報告は受けている。誰もが死地と見なしたあの湿地帯を、人々の住まう地へと変えたその手腕……。剣で国を守る者がいる一方で、土を耕し、道を拓き、新たな糧を生み出す者もまた、我が国の礎となるのだ」
国王は、わずかに口角を上げた。
それは、称賛というよりも、新しい価値を見出した者の愉悦に近いものだった。
「その開拓の功績を讃え、ここに貴殿を男爵として叙する。シュヴァンプ領の発展に、さらなる期待を寄せるぞ」
宣言と共に、周囲から拍手が沸き起こった。
戦功による叙爵者たちと、変わらぬ拍手だった。
授爵の書状を受け取り、元の位置へと下がる。
儀式が終わった後の広間は、授与されたばかりの貴族たちの熱気で溢れていた。
ようやく一息つける……と思ったのだが。
「おい、君が例の『湿地の男爵』か?」
背後から声をかけられ、肩を跳ねさせた。
振り返ると、そこには新しく男爵位を得たばかりの、筋骨逞しい若い騎士が立っていた。
その隣には、好奇心に満つ瞳をした別の貴族もいる。
「……はい。フリド・シュヴァンプと申します」
「聞いたぞ。あの不毛な沼地に、大都市と大農地に変えたんだって? どうやったんだ? 魔法を使ったのか? それとも特殊な薬か何かか?」
矢継ぎ早に投げかけられる質問の数々。
「排水はどうした」「土壌の改良は」「資材はどう調達した」「補助魔法に便利なものがあるのか」……。
彼らに、現代の土木工学や排水システムの話をしても、きっと理解されないだろう。
できる限り噛み砕いた言葉で、簡単に説明し続けた。
「やったことは単純です。水の流れを整理し、道を整え、住める土地を増やしただけですよ」
次々に聞かれた細かい質問に適宜答える。
「……要するに、水を制御しただけです。局所と全体、同時にね」
全ての説明が終わり、彼らは感心したような、あるいは「妙な男だ」と呆れたような顔を浮かべていた。
けれど、その瞳には明確な興味が宿っていた。
数時間が経過し、ようやく人混みから解放された頃。
王城の回廊を歩きながら、手の中にある新しい紋章の刻まれた書状を見つめていた。
(……男爵、か)
重い責任と、それ以上に重い期待が、肩にのしかかってくる。
王都の人々の間では、すでに噂が広まり始めているのだろう。
「ドナール家の出でありながら、戦場ではなく、沼地を切り拓いた奇妙な男爵」がいる、と。
「湿地の男爵」――。
先ほどの貴族たちの様子を見るに、王都では既にそう呼ばれ始めているのだろう。
少しばかり滑稽だが、これ以上なく誇らしい、新しい名前だった。
努力が報われた、的な話。
新興貴族とも言える人が集まっているからこそ、しかも武力をもって爵位を得た者たちだからこそ、フリドがより特異に見えるのかもしれません。
いや~~ほぼこれ最終回でもいいな~~~~……。
でも、やっぱり追放物だったらもうちょっと実家をぎゃふんと言わせたいよね……。
つまり、もうちょっとだけ続くんじゃよ
楽しんでいただければ幸いです。
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