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王都


 ガタゴト、と規則的な振動が身体の芯に伝わってくる。

 揺れる馬車の窓から流れていく景色を眺めながら、ふと、遠い日のことを思い出していた。


 シュヴァンプ領へ追放されたあの日。

 すべてを失い、泥濘ぬかるみの中へと放り出されたあの時と同じ、馬車の音だ。

 

 けれど、今、身に纏っているのは、ボロボロの旅装ではない。

 あの日、持てる限りの荷物と共に持ち出した、一番良い服だ。

 元上位貴族としての矜持を保つにはあまりにも心許ない、新興貴族の、それもまだ端くれに過ぎない服装ではあるが……

 それでも、今のフリドにとってはこれが精一杯の正装だった。


 ガタゴト、と車輪が跳ねるたびに、これまでの道のりが走馬灯のように駆け巡る。

 

 この馬車も、あの日以来、一度も使っていなかった。

 所々、湿気で傷んでいた車体を修復してくれたのは、木工所の親方だ。

 放置されていた一番良い服を、まるで自分のことのように丁寧に洗濯してくれたのはリフだ。僕を少しでも、王都へふさわしい姿で送り出したいと、彼女は祈るような手つきで作業をしていた。

 そして、慣れない道へと馬車を走らせてくれる御者は、ラグンが買って出てくれた。「馬に乗れる程度ならできる」と、ぶっきらぼうに笑って。


 傍らには、忠実な従者であるリフ、そして護衛として背中を守ってくれるガルムがいる。


 かつてのフリドは、孤独な開拓者であろうとしていた。

 すべてを自分の手で成し遂げ、誰も頼らずに理想の地を作り上げることだけを見据えていた。

 けれど、今は違う。

 あの日、一人で何もかも進めようとしたフリドの手を、多くの人々が引いてくれたのだ。

 周囲の助けを受け入れ、共に歩み、そして今、彼らと共に、この王都へと向かっている。


 すべては、あの日の挫折があったからこそ辿り着けた、新しい景色なのだと確信する。


「フリド様、ガルム様! 王都の正門へ到着いたしました!」


 前方のラングの弾んだ声が、思考の淵から引き戻した。

 ガタン、と馬車が止まる。

 ガルムが素早く降り立ち、門番へと書状を提示する。書状を確認した門番が、通行の許可を出した。


 馬車が王都の内部へと滑り込む。

 窓の外に広がる光景に、思わず息を呑んだ。


「……すごいな……」


 言葉が漏れた。

 見渡す限り、整然と並ぶ石造りの堅牢な建造物。

 行き交う人々、活気溢れる露店、色とりどりの看板。

 そこには、シュヴァンプ領の泥臭い生命力とはまた違う、洗練された「文明」の熱気が満ちていた。


 視線は、無意識のうちに構造物へと向いてしまう。

 石材の積み方、路面の平坦さ、排水の設計……。


(これだけの規模の都市を維持するには、どれほどの資材と、どれほど緻った管理体制が必要なんだろうか)


 人員配置、物流ルート、建築計画、そしてメンテナンスの周期。

 つい、エンジニアとしての職業病が顔を出す。この活気ある街を形作るための「設計図」を、脳内で組み立てずにはいられなかった。


 ほどなくして、馬車は王城の正門前へとたどり着いた。


「フリド様、ここからは徒歩となります」


 リフの声に現実に引き戻され、馬車を降りた。

 目の前に聳え立つ王城の威容に、改めて圧倒される。

 見上げるほどに高く、そびえ立つ主塔。三、四階建てはあろうかという高さの建物が、幾重にも連なっている。

 門そのものの大きさも、一階層分を優に超えるほどの巨大さだ。


「いってらっしゃいませ、フリド様」

「我らは近くに宿を取っておく。見つかり次第、ここへ戻ってくるからな」


 リフとガルムが、それぞれの役割を持って見送ってくれる。

 頼もしい言葉に背中を押され、一人、城内へと足を踏み入れた。


 王城の内部は、外観以上に圧倒的な静寂と格式に包まれていた。

 従者を連れての入城は許されない。この重圧を一人で受け止めることも、また、これから始まる儀礼の一部なのだろう。


 案内役のメイドに導かれ、廊下を歩く。

 ふと見渡せば、豪華絢爛なシャンデリアが天井から吊るされ、磨き上げられた工芸品が壁を飾っている。

 どれもこれも、職人の極限のこだわりが結晶化したような逸品ばかりだ。

 ただ美しいのではない。その一つひとつの品、そして空間全体が、完璧な調和を持って存在しているのだ。


(……すべてが、シュヴァンプには存在しないものだ)


 フリドたちが切り拓いてきた湿地帯の開拓。それは確かに大きな達成感だった。

 しかし目の前の光景は、シュヴァンプ領にはまだ多くの発展の余地があることを物語っていた。


(これらの技術が取り入れられれば、シュヴァンプ領には、まだまだ発展の余地がある……)


 メモを取りたい衝動に駆られる。だが、紙は貴重だ。

 今はただ、一つでも多くを目に焼き付けるしかない。


 トントントン、と控えめだが、凛としたノックの音が響いた。

 重厚な扉が開き、執事と思われる端正な身なりの男性が入室してくる。


「フリド様、お時間となりました。謁見室へご案内いたします」


 その声と共に、フリドの胸は高鳴った。

 ついに、この時が来たのだ。

 領地の功績を認められ、正式な爵位を授与される、運命の瞬間が。


こんな状況でも、的な話。

むしろ緊張する瞬間だからこそ、他に意識を向けてしまうことってありますよね。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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