四大貴族会議
王都の会議室には、肌を刺すような重苦しい空気が立ち込めていた。
窓の外では穏やかな陽光が降り注いでいるが、分厚い石造りの壁に囲まれたこの部屋には、国の行く末を左右する議論の重圧が澱みのように溜まっている。
そこには王をはじめ、この国を支える「四大貴族」の当主、そして一部の閣僚たちが一堂に会していた。
武門としての威信を掲げ、その名を轟かせるドナール家。
武勇のみならず、魔導の深淵を追う探求者として知られるロージ家。
法と行政を司り、国の骨組みを形作るティウ家。
そして、国の生命線である穀物生産の大部分を掌握するフレイン家。
基本的には男性が家督を継承する慣習がある中、フレイン家の当主のみは、若くして辣腕と名高い女性であった。
会議の主軸となっているのは、極めて現実的で、かつ切実な議題だ。
今年、そして来年の穀物収穫量、消費予測、そして備蓄の指針。
「……この領地については、先日の局地的な豪雨による影響が懸念される。早急な支援を検討すべきだ」
「いや、防衛線の維持を優先すれば、食料の配分は削らざるを得ん」
議論は、常に「食料」という生存の根幹を中心に回っていた。
飢えは戦いを止める。飢えは製造を停滞させる。飢えは研究の熱を奪い、民の活力を削ぎ、最終的には国家そのものの崩壊へと直結する。
主食である小麦の一粒一粒が、文字通り国の命運を握っているのだ。
長い議論が一段落し、熱気が少しだけ引いたところで、議長を務める王が静かに口を開いた。
「……次の議題に移る」
その一言で、室内がわずかに緊張に包まれた。
「ドナール家の直系、フリドに関する件だ」
その名が出た瞬間、ドナール家当主とフレイン家当主の二人の眉が、微かに動いた。
王は淡々と、しかし有無を言わせぬ威厳を持って言葉を続ける。
「四大貴族のドナール家、フレイン家の両家門からの要請、および報告に基づき、彼への男爵位付与は異議なしと決定する。……しかし」
王の視線が、鋭く会議室を見渡した。
「その後の『扱い』については、一考の余地があると考えている」
「一考の余地……?」
ドナール家当主が、怪訝そうに喉を鳴らした。
「ドナール家からは、彼を分家として扱うよう要請があった。対して、フレイン家からは、以前より独立家門としての扱いを求める申し出がある」
王は一度言葉を切り、重々しく告げた。
「ドナールよ、まずは貴殿の考えを聞こう」
「……王、まずはこの度の件、感謝申し上げます」
ドナール家当主は、恭しく、しかしどこか得意げに頭を下げた。
「フリドは、周知の通り我が家の直系です。これまで何十年もの間、我々王国の貴族はあの大規模な湿地帯の開拓を試みてきましたが、ことごとく失敗に終わってきました。ところが、彼にその地を任せたところ……見事に一万人規模の大都市へと作り上げたのです」
彼は言葉に力を込める。
「成果は紛れもない事実。つきましては、通例通り男爵位を授け、我が家門の分家として迎え入れたい。」
「シュヴァンプ領は西方防衛圏の北側の端に位置しております。あの都市が発展すれば、我が家のみならず、王国西部全体の兵站拠点となるでしょう。」
「ならば、国境防衛を担う我がドナール家の統制下に置くことこそ、王国全体の利益に適うと考えます。」
その言葉に対し、ふっと、冷ややかな笑い声が漏れた。
「……素晴らしい成果ですわね」
フレイン家当主だった。彼女は優雅に、しかし毒を含んだような視線でドナール家当主を射抜いた。
「……フレインよ。貴殿、一体何の真似だ?」
ドナール家当主の顔が、険しく歪む。
「確かに、功績を挙げた者に爵位を与え、分家とするのは通例ですわ」
彼女は指先で軽く顎に触れ、言葉を継ぐ。
「ですが、今回は順序が違います。フリド殿に関しては、ドナール家に在籍している間に成果を上げたのではありません。既にドナール家からは除名され、自力で領地を開拓した……つまり、現時点において、彼は貴方との血縁的な繋がりを断たれた『無関係な者』となっているはずですわ」
彼女は視線を、司法を司る立場にあるティウ家当主に向けた。
「……確かに」
ティウ家当主が、事務的なトーンで頷く。
「法律に関してだけ申し上げれば、除名された時点で既に、フリド殿はドナール家の一員ではありません」
「再び分家として迎え入れること自体は可能でしょうが……その場合、手続きが必要となります」
復籍や養子など、と続ける。
「そうですわよね?」
フレイン家当主の追撃は止まらない。
「さらには、彼に対してドナール家から一切の支援が行われていないことも明白です。もし少しでも物資や人員の支援があれば、分家としての扱いに異論はありません。ですが……一度は家から追い出しておきながら、利益が出た途端に『我が家の分家だ』と言い張る……。あまりにも都合が良すぎるとは思いませんか?」
「…………」
ドナール家当主は沈黙した。
怒りで視界が赤く染まりそうになるのを、必死で抑え込む。脳内では、この反論をどう潰すべきか、無数の策が駆け巡る。
(……支援の話に持ち込むべきか。あの時、最低限の……)
「……支援に関しては、初期段階で行っている」
彼は絞り出すように言った。
「本来ならば、あのような過酷な地へ、身一つで送り出しても良かったのだ。追い出すだけなら容易いことだった。だが、私は我が子のために部下を付け、更には領地まで分け与えたのだ。……これこそが、我が家門による初期の支援である。その事実は揺るぎない」
実際には、同行させたのは元湿地住民と世話係、合わせて二名のみだった。しかし、形式上「支援した」という事実さえ作れば、理屈の上では真実となる。
「確かに、領地を与えなければ、あれほどの都市は成し得なかったでしょうね」
フレイン家当主は、鼻で笑った。
「ですが……もし彼をドナール家の分家として組み込んだとして、その後の貴殿の『扱い』はどうなるおつもり?」
「……他の分家と同様に扱うに決まっている。それ以外に何がある!」
「……であれば、やはり彼は独立家門として扱うべきですわ」
彼女の言葉には、逃げ場を塞ぐような重みがあった。
「ご存知の通り、ドナール家は西の国境に面しており、戦火が絶えぬ地です。そうなれば、分家たる彼にも兵を率いて前線へ出ることが求められるでしょう」
彼女は身を乗り出す。
「しかし、今回の開拓で明らかになったのは、彼の才能は戦場にはないということですわ」
「フッ……」
模倣的な笑いと共に、ロージ家当主が口を挟んだ。彼もまた、ドナール家への対抗心を隠そうとしていない。
「まあ、フリドってやつは攻撃・防御魔法のいずれも使えんからな。その時点で、戦場へ送っても無駄に命を散らすだけだろうよ」
続けて、その魔法適正でどのように湿地帯を開拓したのか。そちらにこそ興味があると続けた。
ドナール家当主は、奥歯を噛み締めた。
「……フリド自身が戦場に出る必要などない! 1万人規模の都市だ。彼自身が戦わなくとも、その兵力を出させるだけで価値はあるのだ!」
「それこそ、フリドには都市を開拓させ、兵站を出させるだけでも十分に価値があるだろう」
「であるとしても!」
フレイン家当主の叫びに近い声が響く。
「開拓初期の街には、膨大な人員が必要ですわ! 少なくとも5年間は、兵を出す余裕も、練度を確保する余裕もありません! だからこそ……独立家門として、彼に自立の時間を与えるべきなのです!」
「1年未満で1万人規模の都市を作り上げた彼です。そして、かの湿地にはまだまだ土地も残っています。」
「それも、彼が生産している穀物は平原だけではありません。今の王国では十分に活用できていない、湿地帯で育つ作物ですわ。」
「つまり、彼は新たな土地を切り拓くだけではなく、王国全体の食料生産そのものを押し上げる可能性を持っています」
「5年、10年先には、あの湿地帯は1万人どころか10万人を支える都市となるでしょう」
「そのときには、あの地は王国最大級の穀倉地帯へと成長しているはずですわ」
「その才能を、西方戦線だけのために縛り付ける? それこそ、王国にとって計り知れない損失ですわ」
「湿地の利用、か……」
「魔法ではなく農法であるなら、一見の価値はある」
ロージ家、ティウ家当主たちも興味深そうに呟く。
湿地帯の活用。どの家も、活用に困っている暴れ川を1つや2つ抱えているのだ。
「……だとしても! ドナール家の統治下に置くことこそ、王国全体の利益になるだろう」
「5年後? 10年後? そんなものは理想論に過ぎん!」
「西方戦線は待ってくれんのだ。数年後の繫栄など、1年目の戦を生き延びねば夢見ることは出来ぬだろう!」
ドナール家当主とフレイン家当主。
二人の視線が激しくぶつかり合い、会議室の温度が跳ね上がった。
ドナール家当主が、あまりの憤慨に椅子を蹴らんばかりの勢いで身を乗り出した、その時――。
「そこまでだ」
ピシャリ、と。
王の冷徹な一言が、火花を散らす空間を凍りつかせた。
ドナールは拳を握り締める。
フレインは一歩も退かぬ眼差しを向ける。
ロージは腕を組み、興味深そうに口元を緩める。
ティウは静かに目を閉じ、結論を待っていた。
王がゆっくりと立ち上がる。
その視線は、ドナール家当主でも、フレイン家当主でもない。
王国そのものを見据える王の眼だった。
王国の将来を考える、的な話。
四大貴族全てに、フリドのことが知れ渡りました。
世界観的なところが伝われば幸いです。
楽しんでいただければ幸いです。
よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。




