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ドナール家からの使者、そして


 真昼の陽光が照りつける中、静かなシュヴァンプ領主館の前に、不釣り合いなほど威圧的な声が響き渡った。


「シュヴァンプ領領主! ただちに参上せよ!」


 けたたましい蹄の音と共に、領主館の門前には一騎の騎士が馬を止めている。

 その胸元に掲げられた紋章――ドナール家の家紋だ。

 それを見た周囲の村人たちが、ざわつきと共に身構えるのがわかった。


 昼食を終え、ちょうど執務室に戻ろうとしていたフリドは、その声に足を止めた。

 使者か、あるいは本家からの何らかの通達か。事態を察したフリドは、表情を崩さぬまま外へと歩みを進める。


「お前が、フリドか?」


 現れたフリドに対し、馬上の男は降りることすらしない。

 見下ろすような、まるで品定めをするような傲慢な視線。

 その瞳には、辺境の小領主に対する敬意など微塵も含まれていなかった。

 

 だが、フリドは動じない。

 相手がどのような立場であろうと、今の自分はあくまで一領主として、礼節を保ちつつ対峙すること。

 それが最も合理的であることを理解していた。


「ええ、そうです。どのような御用でしょうか」


 フリドの淡々とした応対に、使者は鼻で笑うような仕草を見せたが、すぐに表情を引き締めると、手元の書状を広げた。


「ドナール家当主の名代として伝達する。神妙に拝聴せよ」


 周囲の空気がピンと張り詰める。

 使者は朗々と、しかし威圧的な口調で読み上げ始めた。


「シュヴァンプ領領主、フリド! お主の類まれなる領主経営の功績を、ドナール家当主として認める!」


 一言、重い言葉が置かれる。


「よって、この功績をもってフリドを分家として認め、ドナール家の一門に列することを差し許された」

「追って王より爵位が下賜されるよう、当主が取り計らう。沙汰を待つように」


 読み終えた使者は、乱暴に書状を閉じると、フリドの方へと突き出した。

 それは、これまでの「追放者」や「辺境の開拓者」という立場から、「名門の一族」へと引き上げる、極めて重大な宣告だった。


 フリドは深く息を整え、両手でその書状を受け取った。

 指先から伝わる紙の重みは、単なる書類以上の意味を持っていた。


「以上だ。この度は分家として認められたこと、大慶至極である。これからも、我が家のために励めよ」


 そう言い捨てると、使者は返礼を待つこともなく、馬を翻して去っていった。

 舞い上がった砂埃が、静まり返った領主館の庭に残る。


「……なんだ、あの態度は。本家の直系相手に向かって、あんな無作法な……」


 傍らで見ていたアイヴィーが、憤りを隠せない様子で声を荒らげた。

 彼女の目には、使者の振る舞いはただの傲慢に映ったのだろう。


「これくらいが普通ですよ、アイヴィーさん。あれはあくまで当主の名代ですから。実際、今の立場においては、あちらの方が圧倒的に上なのです」


 フリドは努めて冷静に、しかしどこか寂しげな響きを込めて答えた。

 格差を見せつけられるような辱め。

 しかし、それ以上に手に入れた「分家としての承認」という実利の大きさを、彼は無視できなかった。


「ハッ! すぐに爵位を付与される相手に対して、あんな態度を取れるなんて、ある意味で肝が据わっているのかもな」


 アイヴィーは呆れたように鼻を鳴らしたが、その瞳には微かな期待も混じっていた。


「これまでの功績や、今後の展開を考えれば……すぐに立場が変わるだろうに。あの使者も、もう少し先を見据えた振る舞いができりゃいいものを」


 フリドはアイヴィー呟きを聞きながら、受け取った書状を大切に抱え、領主館の中へと向かう。


 ……しかし、フレイン家からの推薦に加え、ドナール家からも推薦。

 目まぐるしい成果を挙げた者が、複数から推薦される、という話は聞いたことがある。

 だが、それが四大貴族から別々に推薦されるなど聞いたことがない。

 それとも、自身が知らないだけで、よくあることなのだろうか?

 答えのない問いを抱えながら、歩みを進めた。


 手にしたのは、新たな力と、同時に始まった新たな政治の荒波への招待状だった。


 ――……‥‥‥・・・・・・


 場所は変わり、王都。

 厳かな静寂に包まれた王室の執務室にて、一人の男が書類の山と対峙していた。


 王国の統治は、膨大な事務作業によって支えられている。

 大臣や文官たちが精査し、仕分けされた案件だけが、最終的な承認を求めて王の元へと届けられる。

 この効率化こそが、強大な国家を維持するための要であった。


「……ふむ? 男爵位の付与、か」


 王は、手元の資料に目を落とした。

 収穫の季節。同時に、休戦の季節。

 それは、戦いによって得られた新たな領土や武功が、正式な権利として処理される時期でもある。

 先陣を切って動いた者たちに対し、爵位を授与し、秩序を再構築する――この時期、書類の動きは極めて活発になる。


 視線の先にあるのは、四大貴族の直系に関連する案件だ。

 継承争いを避けるため、当主候補以外の実子に対し、新たな領地を与え、独立した爵位を付与する。

 これは王国の安定を図るための、よくある手続きである。


 しかし、その中の一件が、王の思考を止めた。


「……これは珍しいな」


 これまで、全く進展がなかった辺境の開拓地。

 そこにおいて、驚くべき成果が報告されていた。

 他の案件は、親の武功や家格に基づいた、予定調和なものばかり。

 だが、この件に関しては、二つの異なる勢力から「推薦」が上がっていたのだ。


「四大貴族のうち、二つからの同時推薦……か」


 武功を立てた英雄に対し、複数の家が推挙すること自体は珍しくない。

 しかし、それが四大貴族同士となれば話は別だった。

 それも、四大貴族が、それぞれ別個に動き、その内容は食い違っている。

 異例中の異例だ。


 ドナール家は、フリドを「分家」として取り込むことを求めている。

 一方で、フレイン家は彼を「独立した領主」として認めるよう求めているのだ。


 連名による一致した推薦ではない。

 それぞれが独自の思惑に基づき、異なる経路で申請を進めた形跡がある。


「ドナール家は勢力拡大の足掛かりを、フレイン家は新たな盟友を……か」


 王は椅子の背にもたれ、窓の外に広がる王都の景色を見つめた。

 男爵位を与えること自体には、何の異論もない。

 血筋も証明されており、実績も紛れもないものだ。


 だが、この「推薦の乖離」こそが、今後の政治的火種となる。


「……ふむ。これは、次の『四大貴族会議』の議題として取り扱うとしよう」


 四大貴族会議。

 各家の領主が集い、収穫量に基づいた次年度の兵站や税制について協議する、王国最大の政治的舞台。

 そこでは、王が下す決定が共有されるとともに、貴族たちの思惑が激突する場でもある。


 フリドが目の前の田畑を見つめているその頃。

 王都では、彼自身の未来を左右する政治の歯車が、静かに回り始めていた。


使者の態度と王の気づき、的な話。

ドナール家とフレイン家の対比を書きました。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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