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追放した家


 秋の深まりとともに、ドナール領の空気は一段と冷え込みを見せていた。

 黄金色に染まる樹々が風に揺れ、収穫の季節を告げている。

 戦場という死地を主とする武門であるドナール家にとって、この時期は一面の休息ではない。

 収穫された物資の管理、兵糧の蓄え、そして次なる戦いを見据えた人員の再編――。

 領地運営の大部分は文官や次期当主たる長男に委ねられているが、領地の根幹に関わる決定権、すなわち「印」を必要とする書類だけは、必ず当主であるドナール・ドナールの手を通らなければならない。


 重厚な執務室。窓から差し込む午後の陽光が、机上に積まれた山のような書類を照らしていた。

 ドナール・ドナールは、分厚い報告書に目を落としながら、微かな溜息をついた。


 トントントン、と控えめながらも、どこか緊張を含んだノックの音が響く。


「入れ」


 短く応じると、重い扉がゆっくりと開いた。

 入室してきたのは、ドナール家の行政を司る文官統括だ。

 この公爵領の主都において長年仕え、宰相とも呼べる地位にある老練な男である。


「失礼いたします、当主様」

「珍しいな。用件を話せ」


 ドナールは書類から視線を上げることなく言った。

 普段から迅速な報告を求めている。

 彼にとって、無駄な儀礼や躊躇は時間の浪費でしかないからだ。

 だが、男の背中に漂う微かな動揺を見逃さなかった。


「……お耳に入れておくべき、重大な情報がございます」

「重大、か。戦争の報せでないのなら、それほど構わんが」


 ふと、視線を上げた。

 男の表情は硬い。それは単なる業務上の報告ではなく、既存の価値観を覆すような事態が起きていることを示唆していた。


「三男、フリド様の領地に関することでございます。……あちらの地が、今、驚くべき変貌を遂げております」

「……あの領地が?」


 ドナールの眉が、不快げに寄った。

 フリド。数ヶ月前、我が家から正式に除名した息子だ。

 攻撃・防御魔法を使えない、戦場では役立たずの存在。

 武門であるドナール家にとって、攻撃魔法すら使えぬ者は、家名を汚す欠陥品に等しかった。

 継承権の争いという醜態を避け、さらに外聞が悪くなることを避けるため、領地を与えて追放した。

 これまで誰もが匙を投げた、辺境の未開地、湿地帯を。


「あの土地は、開拓の難易度が極めて高いはずだ。水害が絶えず、肥沃な土などどこにもない。村が一つ消えてはまた新しく生まれる……そんな厄介な湿地帯ではないか」


 ドナールは吐き捨てるように言った。

 あの土地は呪われた土地として知られている。

 幾人もの貴族が、一獲千金を夢見て開拓に乗り出したが、ことごとく失敗し、莫大な損失だけを残して撤退していった「厄災の地」だ。


「それが……。近頃の報告によれば、複数の商会が列をなすほどの大規模な街へと発展しているようなのです」

「商会だと……?」


 ドナールの思考が巡る。

 なるほど、やつは投資を受けたということか。

 あるいは借入によって資金を集めたか。

 どこかの商人に、ありもしない見通しを吹き込んで出資を募った可能性もある。

 だが、ドナール家を追放された身であれば、返済の目処など立たないはずだ。

 もしそれが事実なら、これはただの詐欺行為であり、後で大きな紛争に発展しかねない愚策だ。


「こちらに、詳細をまとめた報告書がございます」


 文官が差し出した書面を受け取り、ドナールは一文字ずつ、冷徹な眼差しで読み進めていった。

 ……驚愕が、背筋を駆け抜けた。


 そこには、これまで見たこともないような活気ある街の姿が記されていた。

 広大な市場、整然と区画された田畑、堅牢な居住地。さらには教会や、旅人のための宿場街まで存在しているという。

 だが、ドナールの目は、ある「欠落」に突き当たった。


「……待て。この報告書には、資金調達に関する記述が一切ない。どこからも出資を受けていないのか?」

「左様にございます。商会も訪れてはおりますが、彼らは『投資』ではなく、『取引』のために集まっているとのことです」

「馬鹿な! この規模の街を造るのに、四大貴族級の魔法使いをいくら集めても足りんぞ。これほどの大規模な開発に、何の出資も、何の借入も必要ないというのか!」


 伝承にあるような魔法の力でもなければ、これほどの規模は不可能だ。

 莫大な資本と、高度な技術を持つ人材がなければ、あの湿地帯を都市に変えることなど到底できはしない。


「……どうやら、外部からの資金に頼ったのではないようです。報告によれば、現地の村人たちが中心となり、石材や木材の採取、土木作業を一手に担っていると」

「……ほう」


 ドナールは思わず、言葉を失いかけた。

 金銭による支配ではなく、労働による開拓か。

 それは、ある種の強引な搾取とも取れるが、同時に、既存の貴族が行ってきた「資本による開発」とは全く異なるアプローチだ。


 だが、それでも違和感は消えない。

 ただの村人たちだけで、これほどの物量をこなせるとは考えにくい。

 ドナールは報告書の後半、特定の記述に目を留めた。


「……この部分は、どういう意味だ? 『民衆の信頼は揺るぎなく、フリド様への忠誠心は狂信に近い』……だと?」


 指先が、その一節をなぞる。

 そこには、水害が発生した際、フリド自らが泥にまみれて救助活動を行い、人々とともに困難を乗り越えたという逸話が記されていた。


「……自身の手で多くの民を救い、その姿を目撃した者たちから、噂は瞬く間に広がったようです。『フリド様についていけば、飢えることも、溺れることもない』と。もはや、彼を単なる領主ではなく、救世主のように崇める者も出ているとか」


 沈黙が執務室を支配した。

 ドナールは、窓の外に広がる秋の景色を見つめた。


 ……人心掌握。

 戦場において、兵士の士気を維持し、死の恐怖を超越させること。

 それこそが勝敗を決する。

 あれほど無能だと切り捨てた息子が、意図せずとも、最強の「兵」を生み出す術を身につけていたのだ。


 もし、あの街に不満が溜まり、彼がその力を軍事転用し始めたとしたら……ドナール家にとって、それは看過できない脅威となるだろう。

 だが、逆に言えば――。


「……ふむ」


 ドナールの口元に、かすかな、そして残酷なまでの合理性を孕んだ笑みが浮かんだ。


「この街を見逃す手はない。発展すれば、我が領内の食糧供給源となり、新たな税収の柱となるだろう。たとえ発展が止まったとしても、あの熱狂的な民たちが、我が家のために戦う『死兵』となるならば、それだけで価値はある」


 追放したが、あらためて我が家に呼び戻すか?

 いや、それではせっかく取り繕った外聞が更に悪くなるだろう。

 であれば、どうするか。


 彼はペンを手に取り、決定事項を書き記した。


「よし……フリドを正式に分家として認める。そして、彼に相応しい爵位を与えるよう、王へ推薦しよう」


 追放した息子を、再び手の届く範囲へと繋ぎ止める。

 強大な才能を持つ駒は、敵に渡すよりも、我が手元で飼い慣らすほうが得策だ。

 ドナールの脳内では、すでにフリドという「新たな資産」を、ドナール家の繁栄のためにどう利用するかという、冷徹な計算が始まっていた。


 その頃。

 シュヴァンプ領では、何も知らないフリドがリーゼとの技術提携について考えていた。

 ドナール家当主が下したその決定を、まだ誰一人として知る者はいなかった。


実家にも知られたよ、的な話

どういう考えで追放したのか、軽く触れたいとずっと考えていました。

やっと書けた!


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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