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初めての豊作


 シュヴァンプ領に訪れた秋は、かつてないほど豊かな実りをもたらした。

 見渡す限りの黄金色の稲穂が、秋風に吹かれて波のように揺れている。

 空には赤と黄色のトンボが舞い、季節の深まりを告げていた。


 かつてそこにあったのは、足を取られるような泥濘(ぬかるみ)と、立ち枯れた葦が不気味に茂る湿地帯だった。

 しかし今、その場所はフリドによる大規模な開拓を経て、人工的に形作られた肥沃な台地へと変貌を遂げている。

 開発された第2層の領域からは、市場や作業場といった居住区を除いた大半が、整然と区画された田畑へと姿を変えていた。


 以前の湿地帯は、食用に適さない草木が生い茂るか、あるいは水が溜まりすぎて植物すら育たない不毛な土地が広がる場所だった。

 小麦をはじめとする穀物は、過剰な水分を嫌う。そのため、この土地でそれらを育てることは、物理的に不可能に近かったのだ。


 だが、フリドはそこに「米」を選んだ。

 水が溢れる場所でも、根腐れせずに育つ性質を持つ稲。

 それは、湿地帯という不遇の土地を、最強の穀倉地へと変えるための唯一にして最大の戦略だった。


 今、目の前にはかつての湿地では決して見ることのできなかった、生命力に満ちた光景が広がっている。


 収穫作業に励む村人たちの間には、活気ある笑い声が響いていた。

 腰を痛めるほどの大仕事ではあるが、その疲労さえも忘れてしまうほどの喜びが、彼らを突き動かしている。

 これだけの米が収穫できるのであれば、冬の食糧不安は大幅に軽減される。

 干し魚や燻製といった保存食に加え、集めなければならなかった木の実などの負担も減るはずだ。

 畑の至る所に、豊作を祝う幸福な空気が満ち溢れていた。


 しかし、その光景を眺めるフリドの表情は、どこか険しいものだった。

 収穫量という点では成功した。だが、彼自身が求めている「米の品質」には、まだ程遠いのだ。


 現在、シュヴァンプ領で栽培しているのは、わずかに手に入った食用米の種を元にしたものだ。

 この国において、米は主に家畜の飼料として扱われることが多く、人間が主食として楽しむ習慣は一部の限られた地域に限られている。

 そのため、品種改良という概念そのものがほとんど進んでいなかった。


 フリドは、早めに収穫した稲の一部を使い、自ら米を炊いてみたことがある。

 十分に水を吸わせ、丁寧に火を通した一膳。


(……やっぱり、足りない)


 日本の米の美味しさを知るフリドにとって、今の米はどこか物足りなさが残るものだった。

 やはり、最近収穫した米のように天日干しによって旨味を引き出す工程も必要だろうか。

 もしくは土鍋のような熱伝導の良い器で炊くべきか、あるいはより高温で管理できる窯を作るべきか。

 それとも問題は道具ではなく、種そのもののポテンシャルにあるのか。


(……悩んでいても、事態は変わらないか)


 思考が迷路に陥りそうになるのを、フリドは自ら断ち切った。

 現状を受け入れ、次の一手を見出す。それが指導者としての彼の役割だ。


 シュヴァンプ領には、まともな稲作の経験も、品種改良の知識を持つ者もいない。

 ならば、自分自身の記憶を頼りに、新たな「選別法」を確立するしかないのだ。


(まずは、より優れた種を選び出すための手順を固めよう)


 フリドは木板を取り出し、幼い頃の記憶を辿りながら、具体的な選別プロセスを書き出していく。


 一つ目は、風を用いた「風選(ふうせん)」。

 中身がスカスカの(もみ)は風に飛ばされやすく、実の詰まった重い種は手元に残る。

 二つ目は、「水選(すいせん)」。

 単純な水を用い、沈むものと浮くものを見分ける。密度が高いものほど、重い種であるはずだ。

 三つ目は、さらに精度を高めるための「塩水選(えんすいせん)」。

 水の密度を塩によって上げることで、より微細な重量差による選別を可能にする。

 最後に塩分を洗い流し、乾燥させれば、次世代の親となる種が完成する。

 さらに、発芽した後の苗から、茎の太い丈夫なものだけを選抜していく。


(……問題は、塩の確保だ)


 交易によって塩が入ってくるとはいえ、その価格は決して安くない。

 一万人規模の都市が、数年先を見据えて種子を大量に選別するためには、膨大な量の塩が必要となるだろう。


 海であれば、「龍の喉」の先に存在する。

 空を飛べるフリドにとって、距離そのものは大きな障壁ではない。

 必要とあらば自ら塩を作り出すことすら不可能ではないはずだ。


(だが……)


 ふと、冷静な思考がブレーキをかける。


(品種改良には、時間がかかりすぎる。……少なくとも、一年で一サイクルだ)


 良い種を選び、育て、収穫し、再び選別する。

 そのサイクルを一回繰り返すだけで、丸一年が経過してしまう。

 目に見える成果が出るまでには数年、下手すれば数十年という歳月を要する可能性すらあるのだ。


(どこかから、既に完成された品種改良済みの種子を手に入れられれば、どれほど早いか……)


 そんな、遠い願いにも似た思考を巡らせながら、フリドはふと視線を上げた。

 そのとき、田畑の境界を通り過ぎていく、見慣れない光景が目に飛び込んできた。


 それは、この開拓地にはあまりに不釣り合いな、豪奢な装飾が施された、豪華な造りの馬車だった。


ついに外部の偉い人が来る、的な話

またステージが変わります!


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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