敗者たち
戦の後の空気は、重く、湿っていた。
勝利したとはいえ、防衛を担った者たちの疲労は限界に達していた。
石橋を中心とした警備隊は、戦後処理の真っ只中にあった。
人数が多すぎるため、一度に全員を収容することは不可能だった。
そのため、まずは一人ずつ捕縛し、武器を捨てさせたことを確認していく作業が続く。
「……次、こいつの剣を没収。予備の短剣も没収だ」
「了解。持ち物検査に移ります」
兵士たちが、泥まみれの敵兵から装備を剥ぎ取っていく。奪われた武器は、秩序を乱す火種とならないよう、即座に集積所に運ばれた。
敵の魔法使いも残っているが、先ほどのフリドとの戦闘で魔力のほとんどを使い果たしていた。
あとは、アイヴィーと警備兵たちの肉体的な踏ん張りさえあれば、事態の収拾には十分だろう。
だが、最も重要な「火種」がまだ残っていた。
領主館内、司令部。
窓の外では、日が暮れかけている。室内には、重苦しい沈黙が流れていた。
フリドは、目の前の椅子に座らされた男と向き合っていた。
拘束された敵の隊長。泥と血に汚れ、全身に打ち身の痕がある。しかし、その眼光だけは、敗北を認めてなお、濁った怒りを宿してフリドを射抜いていた。
フリドは静かに、問いを投げかけた。
「名は?」
「……アヌーパだ」
「そうか、アヌーパ。お前たちは何故このような侵略を行ったんだ?」
問いに対して、隊長は鼻で笑った。
その笑いには、自嘲と、吐き捨てるような憎悪が混じっている。
「……侵略、だと? ハッ、そんなこともできなかっただろう」
隊長は吐き捨てるように言った。
負傷者は出たが、それも片方だけ。更に、死者は一人も出ていない。
まるで子供と大人が戦った後のような、圧倒的な敗北だった。
「俺たちはただの敗残兵だ。戦に負ければ用無し、捨てられておしまいのな。だから盗賊になった」
「飯があれば奪う。こんな俺についてきた連中を飢えさせないために、やれることは何でもやった」
「……そんな時、たまたま奪いやすい土地の情報を手に入れた。略奪でも何でもいい。ただ部下全員に良い暮らしをさせるためにやっただけだ」
フリドは目を細めた。
彼らは単なる野心に駆られた侵略者ではなかった。
かつてどこかの国や領地で敗れ、法も秩序も失い、ただ「生存」という一極の目的のために泥を啜ってきた、行き止まりの人間たち。
隊長は言葉を継ぐ。その声は、次第に震え、力強さを失っていった。
「……何度も偵察を行ったが、この都市は規模に対して兵力があまりに少ない。だからこそ、お前のような『仕組み』が作れるやつがいるなら、ここを制圧して、従わせれば俺たちがより良い生活を出来る……そう考えたまでだ」
驚いたことに、相手の狙いはただの略奪ではない。
その先を見越した、計画的な犯行。
フリドの頭脳は、この「敗者たち」という不確定要素をどう処理すべきかを瞬時に演算していく。
処刑すれば、新たな怨恨を生むだけのゴミとなる。
放置すれば、いつか再び牙を剥く脅威となる。
だが、もし彼らの「飢え」と「力」を、この都市の「構造」の一部として組み込むことができれば――。
フリドは、椅子から立ち上がった。
隊長の前に一歩踏み出し、その濁った瞳を真っ直ぐに見据えて、事務的な、しかし拒絶を許さない声で告げた。
「……働く気はあるか」
隊長は、呆然としたように目を見開いた。
怒りも、憎しみも、一瞬だけ空白となった。
「……あ?」
「剣を捨て、略奪を捨て、この街の『構成要素』として、役立たずの兵ではなく、労働者として生きる意思があるなら、話は別だ」
「食事は保証し、住居も準備し、働き口も用意する」
「……つまり、お前たちに、より良い生活をさせてやるってことだ」
フリドの言葉に、隊長は唇を噛み締め、拳を震わせた。
信じられなかった。
捕虜になった以上、待っているのは処刑か奴隷労働だと思っていた。
だが目の前の領主は、それとはまるで違う話をしている。
フリドの目を見つめる。
その目は、到底嘘をついているようには見えない。
脳裏に浮かぶのは、外で拘束されている仲間たちだった。
戦に敗れ、国に捨てられ、それでも自分についてきた連中。
このまま盗賊を続けても、いずれ誰かが死ぬだろう。
だが――。
ほどなくして、隊長は決断した。
フリドならこうするだろうな、的な話。
大きな人的被害が出てたらこうもいかないでしょうが……。
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