捕縛
周囲の木道はすでに封鎖されていた。
石橋以外の退路を断たれた敵兵たちは、追い詰められた鼠のごとき焦燥を抱えながらも、なお猛烈な勢いで攻勢を仕掛けてくる。
彼らの計算は明快だった。
今、この場にアイヴィーをはじめとする他の魔法使いの姿はない。フリドただ一人。
援軍が到着し、戦況が膠着する前に、力ずくで突破してしまえば勝利は手に入る――。
その理屈自体は、戦術として筋が通っている。
こちらの魔法使いは彼らよりも少ない。だが、その見込みには致命的な「甘さ」があった。
「盾を構えろ! 前方の攻撃は俺が土属性の防御魔法で防ぐ! 空からの射撃はお前たちが《水壁》で受け止めろ!」
敵部隊の隊長の怒号が戦場に響く。
彼はフリドの攻撃、弓矢の雨を正面から受け止めながら、あえて敵陣へと突進を開始した。
魔法を展開し、全速力で橋を駆け抜ける。
橋の前半を突破し、中盤、そして後半へ――。
このまま都市へ侵入し、乱戦状態に持ち込めれば、個々の魔力量や魔法の有無など二の次となる。
重要になるのは兵の練度と数だ。そうなれば、こちらが圧倒できる!
確信に近い予感と共に、石橋の出口へ一歩を踏み出そうとした、その時だった。
「……甘い」
上空から、低く、冷徹な声が降ってきた。
直後、視界が急激に暗転する。太陽を遮るほどの巨大な影が、天から覆いかぶさってきたのだ。
「……!? 止まれ! 下がれ!」
敵部隊の隊長は本能的な危機感を察知し、脱兎のごとく石橋中央へと引き返した。
――ドォォォォオオオンッ!!
鼓膜を震わせる轟音と共に、大地が激しく揺れた。
目の前に現れたのは、直径十メートルはあろうかという、途方もない巨木の丸太だった。
それがあまりの質量をもって地面に叩きつけられたことで、石橋の出口は完全に塞がれてしまったのである。
「……そん、な……バカな……っ」
敵部隊の隊長が、絶望に染まった声を漏らす。
先ほどまでそこには何もなかったはずだ。突如として現れたその巨大な障害物――一体どこから?
不審な動きのない空域。もし、あらかじめ用意されていたのであれば、手段は一つしかない。
(《空間収納》か……?)
だが、その思考さえすぐに打ち消された。
あれほどの巨木を収納できるほどの容量を持つ者は、そうそういないはずだ。
《空間収納》の扱える重量は、術者の魔力量に直結する。あんな巨大な質量を、収納出来るわけが……。
混乱する思考を振り切るように、敵部隊の隊長は号令をかけようとする。
だが、追い打ちをかけるように――。
――ドォォォォオオオンッ!!
「たっ……隊長! 退路も塞がれました!」
悲鳴に近い報告が上がる。
左右を見渡せば、そこは底なしの沼地と化した湖。
前後には、逃げ場を拒む巨大な丸太。
文字通り、逃げ道という選択肢は、この世から消滅した。
「……お前が、この部隊の隊長か」
上空から、再びフリドの声が響く。
「……そうだ!」
「降伏しろ。もう勝敗は決している。お前も、今の状況を見て理解しているはずだ」
隊長は周囲を、そして遠くを見渡した。
そこには、自軍の援軍たちが退路へと向かおうとしている姿が見える。包囲網は完成しつつある。
「くっ……! いや……ここでお前さえ倒せば、全ては終わりだ!」
隊長の瞳に、狂信的な光が宿る。
魔法部隊が回り込み、フリドを孤立させるべく動いている。つまり、目の前のフリド以外の魔法使いは、すでに包囲の裏側に回っているのだ。
さらに、先ほどの《空間収納》による展開直後であれば、フリドの魔力も枯渇寸前であるはずだ――という、あまりにも身勝手な読み。
だが、その前提が、根本から間違っていた。
フリドの魔力量は、彼らの想像を遥かに超越しているのだ。
「魔法部隊、全員で攻撃だ! 叩き潰せ!」
隊長の号令と共に、戦場に魔法が乱舞する。
「土属性――《石弾》!」
「水属性――《水刃》!」
「火属性――《火球》!」
降り注ぐのは、死の礫。
対するフリドは、静かに指を動かした。
「闇属性――《空間収納》《念動》。水属性――《流体誘導》」
重々しい石弾は、《念動》によって空中で勢いを殺され、取り出した岩塊で弾かれる。
鋭利な水刃は、《流体誘導》によって無理やり軌道を逸らされ、次いで放たれた火球へとぶつけられた。
水と火が衝突し、爆炎となって霧散する。
敵がいかに強力な魔法を重ねようとも、フリドの周囲だけは、まるで真空地帯のように静寂に守られていた。
すべての攻撃が、彼に触れることさえ叶わない。
「くそっ……化け物がッ……!」
絶望が、敵兵たちの士気を根こそぎ奪い去っていく。
攻勢はいつしか、ただの無意味な抵抗へと変わり、気づけば彼らは完全に包囲されていた。
「さあ、これで自分たちを縛れ。そうすれば命は助けよう」
フリドが《空間収納》から投げ込んだのは、太い拘束用のロープだった。
もはや、その意思に従う以外の選択肢は、彼らには残されていなかった。
やっぱりせっかく大量の魔力量があるんだから無双したいよね!的な話。
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