守るべきもの
緑の稲が、風に吹かれ揺れている。
空を飛びながら都市を見回す途中、田畑の変化が目に入った。
かつてはまともな食物は育たなかった沼地。
今は、黄金色の実りを予感させる豊かな稲穂が、整然と並んでいる。
「……見事なものだ」
フリドは、思わず独り言を漏らした。
生産を担う第二層の、市場や加工場を除いた場所は、今や広大な田畑へと変貌を遂げている。
本来、この国では小麦を中心とした食生活が主流だ。
しかし、乾かぬこの土地では、湿った土壌のせいで小麦はすぐに腐ってしまう。
そのため、以前であれば山の幸を取り、狩猟や漁業などを行い、不安定な食を繋いでいた。
だが、今は違う。排水と水路の整備により、湿地特有の「停滞した不毛」が取り除かれたのだ。
ここまで十分に育てば、飢えの問題は克服できるだろう。
都市全体に目を向けると、他にも大きな変化が目に付いた。
都市の周りを取り囲む水路を整備した影響か、あるいは、この土地から「不快な湿地」という性質が薄れてきたのか……。
都市の周囲、水路以外の地面は、以前よりも水分が抑えられているように見える。
流石に家を建てられるほどには乾いてはいない。だが、明らかに泥濘としての侵食力は弱まり、湿地全体の改善が見えた。
インフラの構築は、着実にこの地の「生存能力」を引き上げている。
だがしかし。
フリドの瞳に宿ったのは、達成感だけではなかった。
(今の状態だと、敵兵の取り得るルートが多すぎる)
冷徹な分析が、脳裏をよぎる。
水はけの悪い過去であれば、敵の進軍ルートは極めて限定的だった。
石橋や木道など、安全に構築された「点」と「線」を通るか。
あるいは、わずかに乾いた丘を経由しながら、泥濘を避けて慎重に進むしかなかっただろう。湿地そのものが、天然の防壁として機能していたのだ。
だが、今は違う。
排水と整備が進んだ結果、敵が利用できる「乾いた土地」が増えすぎた。
(都市開発としての成功が、都市防衛としての弱点になってしまった……)
インフラを整備し、構造を強固にするだけでは足りない。
地盤を安定させ、道を作ることは、人を豊かにする一方で、外敵を招き入れる「門」を増やすことと同義なのだ。
(都市を作ることと、守ること……それは全く別の設計思想が必要になるな)
攻める側にとっての難易度は、劇的に下がっている。
今や、防衛線を突破するための選択肢が、かつての数倍に膨れ上がっているのだ。
戦乱の時代。
光る場所には虫が寄ってくる。繁栄という名の光は、必ずや略奪者の目を引く。それは自然の摂理ともいえる。
「……守るには、どうすればよいか」
解決策を模索する独白は、空に消えた。
ある方向での最適解が別の方向では最適解ではない、みたいな話
楽しんでいただければ幸いです。
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