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幕間 兄弟の仕事


 朝、湿った空気が頬を撫で、朝日が差し込むことで目が覚める。

 分厚い雲の切れ間から漏れる光は、教会内の埃を白く照らし出していた。

 周囲を見渡せば、他の者たちも既に動き出している気配がある。


「兄ちゃん、起きた? 今日の仕事も、教会の乾燥と、加工場の木材の乾燥だって」


 隣で、弟が声をかけてきた。

 あいつは、俺よりも少しだけ早く目を覚ましていたらしい。


「はぁ……。よっし! じゃあ、まずは教会の乾燥から終わらせるか」

「そうだね!」


 俺たちは、慣れた手つきで魔法を起動させる。

 俺が【火属性】の熱で水分を蒸発させ、乾燥した熱風を作り出す。

 そこに弟が【風属性】の魔法を重ね、その熱を逃がさぬよう、かつ、隅々まで行き渡るよう、教会全体へと拡散させていく。


 ――複合魔法。

 フリド様が、以前「技術の結晶だ」と教えてくれた術式だ。

 本来、これほど精密な温度と気流の制御、連動させることは、1人でしか出来ないらしい。

 アイヴィー様も、2人で複合魔法を使っているのを見て驚いていたっけ。


 市場での盗みが見つかり、魔法契約という形でこの領地のために働くようになってから、随分と月日が流れた。

 当初、俺たちの役割は、ただの「力仕事」の代用だった。魔法で荷物を運ぶ、重いものを動かす。

 けれど、弟の魔力量はあまりに少なすぎた。少し荷物を運んだだけで、あいつは魔力切れで倒れ込んでしまう。

 俺も、火の魔法しか使えない。風を操る弟とは違い、物理的な搬送には向かない。


 けれど、俺たちの「生活魔法」は、この湿地において、他の誰にも代えがたい価値を持っていた。

 調理場の湿度管理、建材の乾燥、保存食の品質維持……。

 最近では、この「乾燥」の工程こそが、俺たちの主戦場だ。乾燥だけは、物理的な手段では時間がかかりすぎる。

 俺たちの魔法が、この都市の物流の「回転数」を決定づけているのだ。


「兄ちゃ~ん、ご飯出来たって!」

「おお! 行くぞ!」


 教会の乾燥が終わった頃、朝食の合図が響いた。

 急がないと、配給が遅れてしまう。俺たちは足早に教会前へと向かった。


 ――……‥‥‥・・・・・・


 朝食を済ませ、俺は木材加工場へと向かう。

 かつては、朝の魔法を使っただけで、鉛のように体が重く、視界が揺れていた。けれど、今は違う。

 木道の周りを見渡す。水路を流れる荷物、石橋を渡る馬車の重厚な音、行き交う人々の活気。

 朝の時間は、活気に満ちている。そんな風景に、目を向ける余裕も出ていた。


 木道を抜け、船着き場を通り、市場の喧騒を抜けて、倉庫街を越える。

 視界の先に、加工場が見えてきた。


「おう、今日も来たか! しっかりやれよ」


 加工場のおじさんが、ガシガシと俺の頭を撫でてくる。

 このおじさんは、昼飯を分けてくれたり、この土地の昔話を教えてくれたりする、温かい人だ。

 休憩場所まで作ってくれた。こんなにいい人なのに、なぜ独りなんだろうか……なんて、ふとした瞬間に考えてしまう。


 加工場での仕事は、物理的な労働よりも、魔法の「出力」を管理する作業に近い。

 魔法を使い、木材の水分を抜く。魔力が切れかかれば、用意された休憩場所で横になる。

 魔力が少し戻れば、また魔法をかける。その繰り返し。


 加工場では、俺たちが乾燥させた木材が次々と家具になっていく。

 それが市場に並び、誰かが買っていく。

 昔は知らなかったが、今では自分たちの仕事がどこへ繋がっているのか、少しだけ分かるようになっていた。


 契約させられた初日は、どうやってこの街から逃げ出してやろうかとばかり考えていた。

 でも……毎日確実に腹一杯の飯が食えて、温かい寝床がある。

 親方みたいな優しい人達も居て、その人達の役にまで立てる。

 泥水をすすって怯えていた路地裏の自由に、もう戻りたいとは思わなくなっていた。


「よし、今日はもう帰っていいぞ! これでも食いながら帰りな!」


 ……気づけば、空は夕暮れの色に染まっていた。


「親方、ありがとうございまーす! ……今日も疲れたね、兄ちゃん」

「……そうだな。眠すぎる……」


 俺たちは、泥濘に沈む夕日を見つめながら、領主館へと向かう。

 歩きながら、意識を無理やり現実に繋ぎ止める。


 ……夕暮れ時だからだろうか。

 にこやかに帰る人や、疲れた顔で家に帰る人、荷物を倉庫にまとめて宿屋へ変える人など、市場付近にはいろんな人で溢れていた。

 その中でも、人だかりが出来ている場所があった。襲撃から逃げ延びた商人に話を聞いているらしい。

 ……確かに服は汚れている。でも、襲撃を受けたという割には怪我もしていないな……。

 そんなことを、ぼんやりと考えながら脇をすり抜ける。人だかり、警備の人、壁を見る人、水路を見る人の傍らを通り抜けた。


 領主館へ着くと、今日最後の仕事が待っている。

 魔力が尽きる寸前まで魔法を使うことだ。


「さあ、限界まで魔力を絞り出してください。これがあなた達の将来につながりますよ」


 フリド様はいつもと変わらない穏やかな口調で、俺たちを追い込んでいく。


 魔力がゼロになり、意識が途切れる寸前まで、自分を追い込むこと。

 そうすることで、魔法がいっぱい使えるようになる……らしい。

 最近は、効率的な魔力の運用法も身につき、魔法を使える時間は少しずつ伸びてきている実感はある。

 けれど、成長の代償は、常に激しい疲弊と、意識の喪退を伴う。


 意識が朦朧とする微睡の中、フリド様の魔法によって、俺たちは空を飛んで帰路につく。

 ふと、隣で力尽きそうになっている弟を見る。

 あいつは、今でも少し荷物を運んだだけで、すぐに魔力切れで倒れてしまう。

 一方で、フリド様は、俺たち二人と、教会へ運ぶ大量の物資を魔法で浮かべながら、淀みなく空を駆けていく。


 一体、どれほどの研鑽を積めば、あんな風に魔法を使えるのだろうか。


 その疑問への答えを見出すことも、意識が遠のく暗闇に飲み込まれることもなく、俺の意識は――消え去った。


兄弟の話から、いろんなことを描画したいな、と考えて追加したお話です。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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