死の資材
「なぜ、あれが『死の資材』なんだい?」
僕の問いに、ガルムは吐き捨てるように答えた。
「重すぎるんです。木というのは普通、水に浮くもんでしょう? だがこいつは、切り倒した瞬間に泥に沈んで消えちまう。おまけに、皮には妙な油があって火もつきにくい。斧を入れれば刃がこぼれるほど硬い。……家を建てるには重すぎて、薪にするには燃えにくい。ただの邪魔者ですよ」
なるほど、興味深い。
僕はガルムを伴い、比較的地面が安定している群生地の端へと向かった。
そこに立っていたのは、ねじくれた樹皮を持つ逞しい巨木だった。目測で高さは四十メートルといったところか。
「【水属性】――《含水探知》」
僕は掌を樹皮に当てる。
……少ない。
湿地の木とは思えないほど、水分が少ない。
代わりに、内部が妙に重い。
「【土属性】――《構造把握》」
確かめる。
やはりだ。外側は通常の木質。
だが、中心部――心材だけが異常だ。
内部に詰まっているのは、水ではない。
高濃度の樹脂だ。だからこそ、重く、沈む。
(……このスペック、土木建築における『杭』として最適じゃないか)
次に、僕は泥の海へと視線を向けた。
「【光属性】――《焦点》」
不可視の魔力波を、垂直に、泥の奥深くへと投射する。
深さ五メートル、十メートル……。
やがて、十五メートルを超えたあたりで、魔力の跳ね返りが明確な硬度を示した。
「――見つけた。泥の層の底、約十五メートル地点。ここに強固な岩盤……『支持層』がある」
「支持層……? 何を言っておられるのです、フリド様」
ガルムが呆然とした声を出す。
この世界の土木技術には、そんな概念はない。人々は、自然堤防などの安定した場所に住むか、軽い素材で沈みづらい家を建てることしか考えてこなかった。だが、液体に近い泥の上に構造物を浮かべれば、自重で沈むのは物理の必然だ。
「ガルム。村人たちがこの木を嫌うのは、泥に『沈む』からだよね?」
「ええ、重すぎて制御不能ですからな」
「逆だ。沈むからこそ、価値があるんだよ」
僕は重檜の幹を叩いた。
「この木は長さが四十メートルある。そして、この下の岩盤までは、たかだか十五メートル。つまり、この木を垂直に打ち込めば、確実に岩盤に到達し、先端が固定される。そうなれば、この木は何があっても二度と沈まない。……泥の海に打ち込まれた、不変の『基準点』になるんだよ」
「岩盤まで打ち込む……? そんなバカな。仮にそうだとしても、今の館には我々三人しかおりません。村の衆を総動員したところで、あんな重い木を切り倒して泥沼から引き揚げることすら不可能ですぞ!」
ガルムの指摘は正しい。物理的な人手は絶望的に足りていない。
だが、僕は冷徹なエンジニアとしての笑みを浮かべた。
「人手は要らない。僕が一人でやる」
「一人で!? 御冗談を……っ」
「魔法があるさ」
僕は、目の前にそびえ立つ四十メートルの「死の資材」を見上げた。
ここまで、説明が続きました。
重檜は実在しません、この世界固有の木材です。
楽しんでいただければ幸いです。
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