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水辺の教会の流れ


 夜明けの教会――かつて領主館の一部であったその建物の前には、一列の列ができていた。

 足元はまだ湿り、霧が肌にまとわりつく。列に並ぶのは、近隣の村から流れ着いた孤児や、雨季の混乱で家を追われた流民たちだ。

 彼らの表情に、かつてのような飢えへの狂乱はない。ただ、静かに、自分たちの順番を待つ。


 その列の端、少し離れた影の中で、二人の少年が立ち尽くしていた。

 昨日、市場を混乱に陥れた、あの「火と風の兄弟」だ。

 彼らの手には、今は盗みで作ったものではない、教会から配られた温かいスープの器がある。

 

 「うめぇ!うめぇ!」

 「ここに来れば食べ物が食べられるなんて……こんな簡単なことだったんだね」

 

 彼らは、かつて自分たちがいた「無秩序な略奪者」の立場から、今は「秩序に組み込まれた労働者」へと変わりつつあった。

 その瞳には、混乱が去った後の、ある種の戸惑いと、静かな安堵が混ざり合っていた。


 しかし、この「善意」が、都市の新たな摩擦を生み出していた。



「……いい加減にしていただきたいな、領主様!」


 陽が昇り、市場が活気づく時間帯。

 露店の商人が、怒鳴るように訴えかけてきた。

「教会が朝から無料で食い物を配るから、昼時の客が減っちまうんだ! 腹がいっぱいの奴が、わざわざうちの店で豆を買いやしない!」


 市場の安食堂を営む者も、困惑した表情で頷く。

「道理です。施しは結構ですが、商売の邪魔になっては困ります。無料の食べ物が溢れていては、我々の暮らしは成り立ちませんよ」


 対する教会側――アスケルをはじめとする神職者たちの主張も、一歩も引かないものだった。

「我々は、目の前で飢え死にしようとしている者を見捨てろと言うのですか? 放置すれば、彼らは再び略奪者へと戻る。それは都市の治安を乱すことと同義です!」


 感情と、生存権と、経済。

 対立の火種は、インフラの整備が進むにつれて、より複雑な「社会の歪み」として浮上していた。


 フリドは、両者の言い分を、まるで設計図の不備を確認するかのように、冷静に聞き流し、解析した。

 感情論では解決できない。解決すべきは、この「資源と時間の配分」というシステムのバグだ。


「……分かった。両者の言い分は、どちらもこの都市を維持する上で重要な要素だ」


 フリドの言葉に、市場の喧騒が止まる。


「調整を行う。まず、教会の炊き出しは『朝・夕の特定の時間帯』のみとする。市場の営業開始後、昼時のピーク時には配布を行わない。これにより、商売への直接的な影響は最小限に抑えられるはずだ」


 商人たちが顔を見合わせる。

「それなら……」


「さらに、夕方の配布については、住処のない者や教会関係者など、金を持たない者に限定する。市場の活気を削ぐような、不特定多数への配布は禁止だ」


 フリドは、一歩踏み込んだ。

「その代わり、市場で余った食材や、傷物となって売れなくなった野菜を、教会へ優先的に回す仕組みを構築する。廃棄されるはずの資源を、教会の活動の原資とする。これは、市場の損失を減らし、教会の負担を軽減する、双方向の利益となるはずだ」


 それは、一方的な「施し」を、都市の「循環システム」へと組み込む提案だった。

 廃棄物を、社会福祉へと変換する。エンジニア的な視点による、最適解の提示。


 教会側も、この提案には拒む理由がなかった。むしろ、食材の供給が安定することは、活動の持続性を高める。


 この調整を機に、教会の役割は、単なる「救済」から「都市機能の補助」へと変質していった。

 教会は、孤児たちのための仕事斡旋、負傷者のための簡易診療、そして行き場のない者たちのための寝床管理。

 ――すなわち、都市の「社会的なメンテナンス」を引き受け始めたのである。


 第3層の建設地では、新しい構造物が姿を現し始めていた。小規模な礼拝堂。

 それは、水路や道、倉庫といった「物理的なインフラ」とは異なる、人々の「精神的な支柱」となるための構造物だ。


 フリドは、建設が進むその礼拝堂を見つめながら、ふと、ある事実に気づき、背筋に冷たい感触を覚えた。


 教会が、孤児や流民、病人の情報を、堰を切ったように集め始めている。

 誰が、どこから来たのか。どのような病を抱えているのか。どのような力が使えるのか。

 善意の名の下に、教会の手元には、都市の「人口・属性・動態」という、極めて膨大で、極めて機密性の高いデータベースが蓄積されていく。


(……善意もまた、都市を支える一つの機能か。だが、それは同時に、都市のすべてを把握する力でもある)


 フリドは、第三層に建ち始めた礼拝堂を見上げた。

 水路は水を制御し、木道は距離を制御する。

 しかし、これからの都市に必要なのは、物理的な移動や排水の管理だけではない。

 押し寄せる人々の「不満」と「不安」を、いかにして受け止め、破綻させずに循環させるか。


 インフラの完成だけでは、都市は完成しない。

 フリドは、物理的な「土台」の先に、目に見えない「社会の安定」という、より困難な問題を、意識し始めていた。


異世界物の場合、教会といえば炊き出し、のイメージがあります。

ただ、食料を売る側からすると商売あがったりだよなぁ……。

という考えと、そもそも1日3食食べないのが普通かも?

と考えて追加したお話です。

(個人的には、美味い物を作る方向に進んでほしい……けれど、香辛料がなぁ~)


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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