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価値ある土地


 第1層と第2層の間――市場へ続く道、すぐ脇の空き地には、以前は見られなかった「構造物」が溢れていた。

 ここはもともと、第2層や船着き場建設時に休憩所として利用されていた場所だ。第3層が出来上がってからは、ただ放置されていたその場所。

 今では荷物の一時預かりを行うための簡易的な木枠、旅人の休息を目的とした天幕が出来ていた。


 湿地の村人たちは、物理的なインフラを整備したフリドの功績を、新たな形で利用し始めていた。

 彼らは気づいたのだ。

 重檜の杭を打ち、排水を制御し、道を作った。その「作られた場所」に、いかにして荷が流れ、いかにして人が滞留するか。

 ただ泥を避けて歩くためだけの道が、今や「金を生むためのプラットフォーム」へと変貌していた。


「場所を持っているだけで、金になる……」


 ラグンの独り言が、市場の喧騒に混じる。

 村人の代表として管理を任されていたが、誰も見向きもしなかった、船着き場のすぐ傍の僅か数メートル。

 そこを貸し出し、わずかな手数料を取るだけで、昨日の数倍の利益が手に入る。

 他の村人が出してくれた案だが、ラグンはこんなに利益があるとは想像もしていなかった。

 その「場所の価値」の急上昇は、凄まじい勢いで周囲に伝播している。


 しかし、富の流入は、同時に「無秩序」という名の毒をもたらしていた。


 市場の奥、第3層の空き地でも、許可を得ていない露店や天幕が、まるで寄生生物のように増え続けている。

 「市場に住むのを禁止されたなら、すぐ近くに住めばいい」

 そう考えた者たちが、木道の通行を妨げるほどに密集した簡易住居を、不法に築き始めたのだ。


「おい、そこをどけ! 俺の荷物が通れんじゃないか!」

「黙れ! ここは俺たちの……いや、俺たちが開拓した場所だ!」


 怒号が飛び交う。

 不適切な場所に密集した天幕は、火災の延焼リスクを飛躍的に高めていた。

 さらには道路を占有し、利便性を著しく下げている。

 「ここは俺たちの場所だ」という、根拠のない、しかし強力な所有意識。

 それは、共同体の利益ではなく、個人の欲望に基づいた、恐ろしい「縄張り争い」の始まりだった。


 フリドは、その光景を、少し離れた場所から静かに観測していた。

 彼の瞳に映るのは、単なる混乱ではない。

 インフラという「ハードウェア」は完成した。

 しかし、その上で動く社会という「ソフトウェア」が、バグを起こし、システム全体をクラッシュさせようとしている。


(……場所が価値を持つということは、その場所の管理権が、新たな権力になるということか)


 フリドは理解していた。

 水を制御し、土地を固定した。その結果、生み出されたのは「富」だけではない。

 富を生むための「立地」そのものが、争いの火種となる「権力」へと変質し始めているのだ。


 フリドは、傍らに立つガルムに短く告げた。


「整備していく。これ以上、機能を損なわせることは許さない」


 翌日、フリドは新たな「領主令」を下した。


 第一に、第3層の各区画――木道、水路、住処を、すべて「許可制」へと移行する。

 第二に、第3層への正式な居住権は、原則として「旧村の住民」または「この湿地帯に昔から住む者」「定住する者」のみに限定する。

 第三に、許可なき露店、天幕、違法建築、および通路の占拠を全面的に禁止する。

 秩序を守り、空き家の増加や治安の悪化、不法な居住などを防ぐ。様々な問題へ対処するための規則だ。


 言葉だけでは、止まらない欲望がある。

 ある商人が、許可なく木道の主要な分岐点に大きな荷物置き場を設けた。

 「ここなら荷が渡しやすい。少しぐらい道が狭くなっても、誰も困らん!」

 商人の強弁に対し、フリドは静かに歩み寄った。


「……それは、都市の機能を停止させる行為だ」


 商人が毒づこうとした瞬間、周囲の空気が重くなった。

 フリドの魔力が、一点に集中する。


「闇属性──《重力操作(グラビティ)》」


 ドォン、という鈍い音とともに、商人の足元の重力が爆発的に増大した。

 商人は悲鳴を上げる間もなく、地面にめり込むような勢いで膝をつき、そのまま「浮かび上がった」。

 重力が、商人の身体を、そして彼の荷物ごと、木道から外れた「本来あるべき場所」へと、物理的に移動させたのだ。


 宙に浮き、強制的に排除される商人の姿を見て、周囲の群衆は息を呑んだ。

 それは、魔法の威力への驚愕以上に、「ルールに従わぬ者は、物理的に排除される」という、冷徹な法と権力の顕現であった。


 人々は、初めて実感したのだ。

 自分たちが享受しているこの便利な道も、安全な高地も、すべては「管理されている」のだということを。

 この土地を維持する「領主権力」の、圧倒的な重みを。


 フリドは、混乱が鎮まりつつある市場を見渡しながら、自らの思考を整理していた。


(都市とは、単なるインフラの集合体ではない)


 石を積み、泥を固めるだけでは、都市は完成しない。

 人の利益、人の欲望、そして、それらが衝突したときに生じる摩擦。

 それらすべてを、制御し、管理し、構造の中に閉じ込めること。


(都市とは、人間の欲望を制御するための、巨大な『構造体』なのだ)


 設計図には書かれていない、新たな難題。

 フリドの視線は、さらなる拡大を見据えた、広大な湿地へと向けられていた。


市場が一番先に発展しそう。

そこで制限が出来たなら、回避するために他に手を出すよね?と考えて追加したお話です。


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

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