泥の上の道
旧村から新高地へと伸びる木道は、着実にその端を広げつつあった。
杭を打ち込み、板を敷いた木道。そして、水面を浅く渡る小規模な橋。
これらが、点在していた居住区を繋ぎ、一つのネットワークとして機能し始めていた。かつては、泥濘を迂回して数時間かけていた移動が、今では数分、あるいは数十秒の行程へと短縮されている。
しかし、その「利便性」の向上は、同時に新たな、そして物理的な「負荷」をこの地に持ち込んでいた。
「――おい、どいてくれ! この先、重檜が通るぞ!」
「邪魔だ! 石材の荷車が通れないじゃないか!」
木道の分岐点や、幅の狭い橋の上から、苛立った怒声が響く。
原因は明確だった。
新高地の造成、そして居住区の拡充に伴い、動く物資の「性質」が劇的に変化したのだ。
以前の荷車は、生活に必要な食料や日用品など、比較的軽量なものが主だった。だが、今の木道を埋め尽くしているのは、建設のための「重量物」である。
極めて高い密度を持ち、水に沈むほどの重さを持つ重檜。
そして、高地の基盤を固めるための、大量の石材。
フリドやアイヴィーは、魔法を用いて荷車の重量を軽減し、移動を補助している。だが、それをもってしても、建設プロジェクトが進むにつれて増大し続ける資材の量には、到底太刀打ちできていなかった。
重い荷車が通過するたび、木道は「ギ、ギ……」と、悲鳴のような軋み声を上げる。
「……振動が、いつもより大きいな」
木道の端に立つフリドは、足裏から伝わる微かな震動に眉をひそめた。
荷車が通過する際、杭と板の接合部に、設計時の想定を上回る垂直荷重がかかっている。
さらに問題なのは、その「滞留」だ。
重い荷車が通過している間、反対側から来る歩行者や、軽量な荷車は、その通過が終わるまで身動きが取れなくなる。
分岐点では、石材の荷車が通過待ちの列を作り、その背後では、物資を運ぶ人々が立ち往生している。
かつて「移動そのもの」が困難だった時代とは違う。
今は、「移動はできるが、流れない」という、新たな渋滞が発生しているのだ。
「……『歩ける道』としては機能しているが、『物流インフラ』としては限界だ」
フリドの目の前には、ただ泥濘と、制御不能な水が広がる湿地がある。
今、この木道は、その「水」を避けて通るための、唯一の細い避難路に過ぎない。
道幅が足りない。すれ違いができない。
そして、重量の異なる「流れ」が、同じ細い路に混在している。
このまま、建設資材の量が増え続ければ、いずれ木道の構造自体が、この過剰な荷重に耐えきれず崩壊する。
「アイヴィー、あの分岐点の軋み……気づいているか?」
作業の手を止めていたアイヴィーが、気だるげに視線を向けた。
「ああ。……石の荷車が通るたびに、あちこちで嫌な音がしてるな。……ただでさえ、この湿地で新しい道を作るってのは骨が折れるんだ。これ以上、手間を増やされるのは御免だぜ」
「道幅を広げること自体はできる」
フリドは、軋む木道の支柱へ視線を落とした。
「だが、広げれば広げるほど、地盤への負荷も増える。この湿地では、“広い道”そのものが重荷になる」
「……湿地ってのは、どこまで行っても面倒な土地だな」
「特に問題なのは、石材と重檜だ」
重い。あまりにも重すぎる。
荷車へ積めば積むほど、木道は軋み、杭は揺れ、通行そのものが停止する。
「……なら、地面に載せなければいい」
フリドの視線が、木道脇を流れる副流へ向けられる。
濁った水。今までは、避けるべき障害だったもの。
だが、その流れは、荷重そのものを受け止める“別の道”にも見えた。
「全部魔法で運べばいいじゃん」となりそうですが、その場合フリドやアイヴィーしか出来なくなってしまう。
それに、アイヴィーは魔力量は多いものの、フリドほどでは無い。
なので、運ぶのは村人たちも運べるように整えていこうとしています。
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