幕間 作業中、能力の違い
湿地を覆う霧は、今日も「龍の溜息」となって、すべてを停滞させていた。
アイヴィーは、立ち込める湿った空気の中で、手慣れた動作で魔力を練る。
視線の先には、建設の足場となる重檜の巨木。直径一メートルはある、ずっしりと重い幹だ。
「――《風刃》」
鋭い風の刃が、空間を裂いた。
一閃。
重厚な木肌に、音もなく刃が食い込む。
断面は滑らかなほどに、刃の通りが完璧だった。
これが、アイヴィーが歩んできた「魔法」の、一つの到達点。
攻撃魔法は、対象を一点に、確実に、断ち切る。
補助魔法は、現象を精密に、制御する。
魔法使いにとっての「強さ」とは、どれほど高度な術式を、いかに無駄なく、最小限の魔力で、正確に叩き込めるか、という効率の極致にある。
アイヴィーは、切り倒された木材を見つめ、自嘲気味に口角を上げた。
「……で、あっちは何をやってるんだか」
視線を、建設現場の核心部へと向ける。
そこでは、フリドが「魔法」というより、まるで大地そのものを、物理的な力で「押し通して」いるような作業に没頭していた。
一つは、現領主館から新しい拠点へと続く、道。
泥の底へ杭を打ち込み、その上に重檜の板を渡していく。それは、魔法による一撃の破壊とは程遠い、地道で、気の遠くなるような、工程の積み重ねに見えた。
もう一つは、森の端から、湿地の中央へと向けて掘り進められている、水路。
大量の土砂が、魔法によって、地形ごと作り替えられていく。
「……効率、って言葉を知らないのかね、あの人は」
アイヴィーの基準では、それはあまりに「回りくどい」作業だった。
……いや、違う。
アイヴィーの思考が、ふと、凍りついた。
彼女は、二千という、上位貴族の魔術師に匹敵する魔力を持つ。
その魔力をもってしても、あそこに見える「水路」の規模――あれほど広範囲の土砂を、あそこまで正確な勾配で、一気に変形させる作業――を、自分一人で行おうとすれば、数日、いや、数週間はかかり続けるだろう。
途切れることのない、膨大な魔力の供給。
一瞬の淀みも許されない、精密な術式の維持。
アイヴィーが、数日かけて「削り」続ける泥の量を、彼は、たった数回の、呼吸にも満たない間隔の術式で、終わらせている。
「……一体、どれだけの魔力があるんだよ」
漏れ出た独り言は、湿った風に消えた。
問いに答えは出ない。
ただ、目の前で繰り出される、あまりに巨大すぎる「圧力」だけが、そこにあった。
それは、魔法使いとしての「技術」の範疇を超えている。
あまりに巨大な、規格外の、濁流のような魔力。
アイヴィーは、乱暴に髪をかき上げた。
「……わけがわかんねえよ、マジで」
吐き捨てた言葉は、自分自身の常識が、音を立てて崩れていく音でもあった。
建設現場の泥濘の中で、フリドはただ、静かに、次の一手を、設計していた。
設定が伝わればいいな、という意図で追加した幕間のお話です。
いろいろ設定は裏で考えているものの、話に取り入れるのが難しい……。
次回からは新たに第3幕が始まります。お楽しみに!
楽しんでいただければ幸いです。
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