流入の選別(流路支配)
調整池は、機能していた。
龍の喉へと向かう濁流の勢いを、一度受け止める。
溢れ出そうとする水を、巨大な窪地が飲み込む。
だが。
水位は、常に不安定だった。
雨が強まれば、池は瞬く間に満ち、再び溢れ出す。
それは、龍の喉の問題ではない。
池に辿り着く前に、水が暴れている。
今の仕組みは、単なる「運」に依存しているに過ぎない。
「……まだ、足りない」
フリドは、水面に浮かぶ泥の動きを凝視していた。
目の前の池は、あくまで「受け皿」だ。
流入する水の勢いを、受け止めることはできても、その「量」そのものを制御できているわけではない。
このままでは、いつか必ず、限界が来る。
「……全部、制御しようとしてるだろ」
背後から、聞き慣れた、そして少し呆れたような声。
アイヴィーだ。
彼女は、泥に汚れた足元を気にすることもなく、池の縁に腰を下ろしていた。
「……流入が、無秩序だ」
フリドは、視線を外さずに答える。
「どこから、どれだけ来るか、予測がつかない。だから、溢れる」
「なら、全部見ようとするなよ」
アイヴィーが、鼻で笑う。
「強い流れだけ見てりゃいいんだよ。それ以外は、ただのノイズだ」
「全部を相手にするな」
彼女の言葉は、常に現場の、剥き出しの感覚に基づいている。
フリドは、思考を整理する。
アイヴィーの言う通りだ。
すべての水路、すべての流れを、等しく制御しようとするのは、非効率極まりない。
重要なのは、全体の流量ではない。
この地形において、決定的な影響力を持つ「主流」を特定すること。
フリドは、地面に手を触れた。
「土属性――《測量》」
地中へと、魔力が浸透していく。
地形の起伏、土質の変化、そして、地表を流れる水の圧力。
それらが、頭の中に立体的な地図として描き出されていく。
見えた――はずだった。
だが、流れは散っている。
どれも強い。どれも主流に見える。
「……違うな」
フリドは、小さく呟いた。
“流れ”じゃない。
フリドは、視点を切り替える。“圧”を見る。地形ではなく、流量の集中。
すると――見えた。
ある一点。特定のルートから、圧倒的な質量を持った「主流」が、猛烈な勢いで流れ込んでいる。
ここを、制御の対象とする。
「……やるぞ」
「……ほう」
アイヴィーの視線が、フリドの指先を追う。
フリドは、主流が流れ込む上流の地点を見据えた。
「土属性――《土盛り》」
地面が、隆起する。
主流の進路を、遮るように、一度、勢いを殺す。
そのままでは、水路の形を保てない。流れは底を削り、曲がりを壊し、すぐに崩れる。
だから、引っかかりを作る。止めるためじゃない、削らせないためだ。
長くは保たない。だが、今はそれでいい。
流れを、“整える”ために。
続けて。
「土属性――《穴掘り》」
主流の側面に、新たな溝を刻む。
既存の地形を、破壊するのではない。
「繋ぐ」のだ。
主流の勢いを、あえて調整池へと、直接、最短距離で導くための、直通路。
制御とは、力ずくで止めることではない。
――「逃がし先」を決めることだ。
泥水が、新しい溝へと、吸い込まれていく。
暴れていた流れが、フリドの設計した「道」に従い、一本の、整然とした奔流へと変わっていく。
水は、もはや、無秩序な破壊者ではない。
フリドが選んだ、道を行く、従順な要素へと、その性質を変えていた。
「……いいじゃねえか」
アイヴィーが、小さく呟いた。
フリドは、新しく形作られた水路を見つめた。
暴れていた流れが、一本にまとまる。だが――まだ、荒い。
副流は、相変わらず好き勝手に広がっている。
だが、それでいい。今は、主流だけで十分だ。
「今すぐ全部は要らない。影響の大きい流れだけ、握る」
これで、一番の問題箇所への応急処置はほぼ、完了したわけです。
でも、もうちょっとだけ続くんじゃぞ!
楽しんでいただければ幸いです。
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