流量の遮断(応急制御)
フリドは、濁流の集まる一点を見つめていた。
「……ここに、溜める」
短く、そう告げる。
龍の喉の手前。すべての水が流れ込む直前の窪地。そこを、さらに掘り下げる。
水を、一度落とす。溜める。遅らせる。
それだけで、流れは変わる。
「正気か?」
背後から、呆れた声が飛んだ。アイヴィーだ。
「そこ、全部削る気か?」
「ああ」
迷いはなかった。
フリドは視線だけで地形をなぞる。高低差、流入角、土質。
すべてが一つの形に収束していく。
「ここが、一番効率がいい」
「……で?」
アイヴィーの声が低くなる。
「その“ここ”ってのは、どこだ?」
フリドは、無言で指を向けた。
その先にあったのは――小さな木造の小屋だった。
一瞬、沈黙が落ちる。
「……そこ、私の小屋なんだけど」
「一番効率がいい」
即答だった。
「……理屈は合ってる」
一拍。
「……クソがッ!!」
アイヴィーが地面を蹴った。
「なんでよりにもよってそこなんだよ!!」
「地形的に最適だ」
「最適を選ぶな!!」
叫びながらも、彼女は否定しきれなかった。できない。ここしかないと、理解してしまっているからだ。
アイヴィーは舌打ちし、乱暴に髪をかき上げた。
「……やるんだな?」
「ああ」
それだけで、十分だった。
フリドは、地面に手をかざす。
「土属性――《穴掘り(ディグ)》」
地面が、音もなく沈む。
削られている。
崩れているのではない。設計通りに、削り取られていく。
続けて。
「闇属性――《空間収納》」
掘り出された土砂が、消えていく。積まれない。運ばれない。ただ、消えていく。
その速度は、人の作業ではあり得ない。地形が、書き換えられていく。
かつて小屋があった場所は、あっけなく沈み――消えた。
「……あーあ」
アイヴィーが、力なく呟く。
「私の小屋……跡形もねえな」
「必要なものは回収しただろ」
「当たり前だ。誰が全部沈めるか」
そう言いながらも、彼女の視線はわずかに名残を追っていた。
やがて、掘削は終わる。
巨大な窪地。そこへ、濁流が流れ込んだ。
落ちる。ぶつかる。そして――広がる。
暴れていた水が、一度、そこに留まった。
「……遅くなったな」
フリドが呟く。
龍の喉へ流れ込む水量は、確かに減っていた。だが、それは詰まったわけではない。
「溢れてた分を、ここで受け止めてる」
広がる水面を見下ろす。龍の喉は、一度に流せる量が決まっている。それを超えた分が、これまでは湿地帯にあふれていた。
「だから、水が広がる」
短く、言い切る。
「なら――超えさせなきゃいい。ここで受け止める」
「……なるほどな」
アイヴィーが、低く笑った。
「流すんじゃねえ。飼い慣らす、か」
フリドは答えない。
ただ、水を見ていた。
しばらくして。
アイヴィーが、ぽつりと呟いた。
「……で?」
「?」
「壊した住処の代わり、用意するんだろ」
振り返れば、アイヴィーは腕を組み、じっとこちらを見ていた。怒っているわけではない。ただ、当然のように要求している。
フリドは、一瞬だけ考え――
「必要なら」
「必要に決まってんだろ」
間髪入れない即答。フリドは、小さく息を吐く。
「……分かった」
それで、話は終わりだった。
アイヴィーが何故ここに住んでいたのか?詳細はまた今度。
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