表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/59

流れの代償


 空は、前日とは比べものにならないほど低く、重く沈んでいた。

 まるで、空そのものが地面へと落ちてきているかのような圧迫感。


 そして――。


 降り始めた雨は、最初から“異常”だった。

 叩きつけるような豪雨が、視界を白く塗り潰すほどの水の幕を作り出していく。


 村人たちは、思わず息を呑んだ。


「……なんだ、これ……」


 誰かの声が、雨音に掻き消される。


 だが、その中で、フリドは静かに地面を見つめていた。

 水は、溜まらない。

 激しい雨にも関わらず、地面は泥濘へと崩れないのだ。降った水は、迷うことなく地中へと吸い込まれ、そして外へと流れていく。


 外周の排水路には、濁流が生まれていた。

 しかしそれは、溢れることなく、確実に北東へと吐き出されている。


「……問題ないな」


 小さく、そう呟く。

 設計通りだ。この村に限れば、排水は成立している。


 だが――。


「フリド様!!」


 叫び声が、雨を切り裂いた。

 振り返れば、そこにいたのは全身をずぶ濡れにした男だった。息を切らし、泥に足を取られながらも、必死に駆けてくる。


「隣の……北の集落が……っ!」


 その言葉に、空気が変わる。


「水が……来てるんだ……! 地面が崩れて……流されて……!」


 断片的な言葉。だが、十分だった。

 フリドは顔を上げ、空を見た。


 ――嫌な降り方だ。


 局所的な雨ではない。この一帯すべてに、同時に水が叩きつけられている。


「……ガズム、村の中は任せる」

「おい、まさか――」

「行く」


 それだけ言って、フリドは一歩踏み出した。

 魔力が、体を包み込む。


「風属性――《浮遊レヴィテート》」


 次の瞬間、身体が地面を離れた。




 空へ。

 叩きつける雨を突き抜けるように、フリドは上昇する。


 そして――見た。

 村の外、湿地帯の全体像を。


「……っ」


 言葉を失う。

 そこにあったのは、“繋がった水”だった。


 点在していたはずの沼、分断されていたはずの低地。

 それらがすべて、ひとつの巨大な流れへと変わっている。


 水が、水を呼び。

 低い場所をなぞるように、新しい“川”が生まれていた。


 それは、制御などという言葉から最も遠い存在。

 ただ重力に従い、すべてを巻き込みながら流れ落ちる、圧倒的な濁流。


「……そういうことか」


 小さく、吐き出す。

 村の対策は、正しかった。

 だが――。


 “この規模”は、想定していない。




 フリドは、流れの上流へと視線を走らせた。

 北の集落。そこでは、すでに崩壊が始まっていた。


 地面が裂け、家屋が傾き、泥と水が混ざり合いながら流れ落ちている。

 逃げ惑う人影、立ち尽くす者。


「……遅い。流れの発生が、予想より早すぎる」


 思考より先に、身体が動いた。




 地面すれすれまで、急降下する。

 泥水が激しく跳ね上がった。


「こっちだ!! 集まれ!!」


 声を張る。混乱の中で、人々の視線が一斉にフリドへと向いた。


「動ける者は全員、ここへ来い!」


 短く、強い言葉。それだけで、人は動いた。

 ――縋るものを見つけたからだ。


 フリドは手をかざす。


「闇属性――《重力操作グラビティ》」


 泥に沈みかけていた数人の身体が、ふわりと浮かび上がる。


「……っ!?」

「じっとしてろ!」


 さらに魔力を流し込む。

 近くに散乱していた木材、建材の破片、空間収納に押し込まれていた、削り出した木くず。

 それらを、強引に引き寄せ――圧縮する。


 軋む音。

 無理やり固められた板が、歪みながらも形を成していく。


「……持てよ」


 簡易な“浮き板”。

 完全ではない。だが、沈まない。


「これに乗れ!」


 人々が、必死に、しがみつく。

 フリドは、それごと浮かせた。まとめて、持ち上げる。

 そして――安全な高所へと、運んでいく。




 何度も。何度も。繰り返す。


 子供。老人。動けない者。

 優先順位を瞬時に判断し、運び続ける。


 だが。


「……くそっ」


 歯噛みする。間に合わない。

 流れが速すぎる。範囲が広すぎる。


 視界の端で、家屋がひとつ、音を立てて崩れた。

 濁流に飲まれ、消えていく。

 手を伸ばす。だが、届かない。




「フリド様!!」


 声。

 振り向くと、モルナがいた。いつの間にか、ここまで来ていたのか。


「こっちにも人が――!」

「分かってる!」


 だが、次の瞬間。

 地面が、崩れた。


 足元が、流れる。

 モルナの身体が、傾いた。


「っ!」


 反射的に、重力をかける。

 彼女の身体が、宙に浮く。


 同時に、別方向で叫び声が上がった。

 ――二箇所。

 一瞬の判断。どちらかしか、救えない。


 歯を食いしばる。

 その時だった。


「――こっちは任せろ!」


 鋭い声が、横合いから割り込んだ。

 空気が、揺れる。見覚えのない魔力の質。


 次の瞬間、もう一つの流れの上で――人影が“浮いた”。


「なっ……!?」


 フリドが目を見開く。

 そこには、一人の女がいた。


 長い髪を雨に打たれながら、足場もない空中に立つように浮かび――その周囲にいる村人たちを、同時に持ち上げている。


「ぼさっとしてるな、領主様!」


 ――魔法使いの女は、肩越しに笑った。


「目の前のを落とすなよ!」


 軽口。だが、その手際は異様だった。

 複数人を同時に浮かせ、流れから切り離す。揺れる身体を安定させながら、ゆっくりと安全な地面へと運んでいく。


 フリドは、一瞬だけ彼女を見た。

 ――理解する。

 できる。任せられる。


「……っ、任せた!」


 即座に判断を切り替える。

 フリドはモルナの方へと飛び込んだ。


 崩れかけた地面。流れに飲まれかける身体。


「掴め!」


 重力を操作し、モルナの身体を引き寄せる。

 そのまま、抱き上げるように浮かせた。


「フリド……っ!」

「じっとしてろ!」


 そのまま一気に上昇する。

 濁流から離脱し、安全圏へと着地した。




 振り返る。

 魔法使いの女もまた、最後の一人を運び終えたところだった。

 ふわりと着地し、彼女はふう、と息を吐く。


「……ったく、面倒な雨だな」

 軽く肩を回しながら、こちらを見る。


「助かった」

 フリドが短く言うと、魔法使いの女は、にやりと笑った。

「だろ?」


「でもな――」


 視線を、流れへと向ける。その先。

 崩れていく地面。流されていく家屋。


「これ、止められてないぞ」


 その一言で、空気が変わる。

 フリドもまた、同じ方向を見つめていた。


 救えた。目の前の命は、すべて。

 だが――。


 流れは、止まらない。

 被害は、広がり続けている。


大問題が発生!!!一難去ってまた一難、です……。

問題発生回ではあるけれど結構好き。

第2幕、もうちょっとだけ続くんじゃぞ!


楽しんでいただければ幸いです。

よろしければ、何点でも構いませんので評価いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ