閑話「宍戸先生と崇道先生――二人だけの秘密❶」
二代目シークレットガールズの秘密を学校側から守る、歴史教師・崇道康熙。
そして同じ学校で英語を教える、宍戸美和。
生徒たちから見れば、二人はどこにでもいる「同僚の先生」。
職員室でも廊下でも、お互いを「崇道先生」「宍戸先生」と呼び、必要以上に親しい様子を見せることはありません。
しかし――二人には誰にも言えない、もう一つの関係があります。
実は康熙と美和は、将来を誓い合った婚約者同士。
学校では教師として距離を保ちながら、二人きりになった時だけ見せる素顔。
そして、佐藤先生の後継者として二代目シークレットガールズを支える康熙を、一番近くから支えている美和。
今回は本編から少し離れて、学校に隠されたもう一つの「シークレット」を描きます。
二人だけになった時、歴史教師と英語教師はどんな表情を見せるのでしょうか――。
放課後。
最後のホームルームが終わり、生徒たちの声が校舎中に響いていた。
部活動へ向かう者。
友達と一緒に帰る者。
教室に残って話を続ける者。
そんな生徒たちの中に、高野栞、森川美空、山本結菜、荒木美羽、柴崎莉央奈の姿もあった。
ただし、五人にはこれから別の予定がある。
二代目シークレットガールズとしての、秘密のレッスン。
もちろん、そのことを一般の生徒たちは知らない。
そして――。
この学校には、五人とは別に、もう一つの大きな「シークレット」が存在していた。
◇◇◇
「崇道先生」
職員室。
書類を整理していた崇道康熙が顔を上げた。
「はい?」
そこに立っていたのは英語教師・宍戸美和だった。
学校では人気の英語教師。
華やかな雰囲気を持ちながらも、生徒一人ひとりと真剣に向き合い、英語が苦手な生徒にも根気強く教える教師だった。
そして康熙は、歴史教師。
普段は落ち着いており、授業では歴史上の出来事を分かりやすく説明する。
学校だけを見れば――。
二人は単なる同僚教師。
「今日の職員会議の資料です」
美和が書類を差し出す。
「ありがとうございます、宍戸先生」
「確認をお願いします」
「分かりました」
それだけ。
周囲の教師たちは誰も気に留めない。
だが――。
美和の左手。
学校では目立たないようにしている、その手には二人にとって特別な意味を持つものがあった。
康熙と美和。
二人は――婚約している。
しかし、その事実は学校では極秘だった。
◇◇◇
「崇道先生!」
廊下へ出た康熙を早川翔太が呼び止めた。
「なんだ?」
「明日の小テスト、本当にやるんですか?」
「やる」
「先生! そこは『冗談だ』って言うところですよ!」
「昨日から予告している」
「俺、歴史苦手なんですよ!」
「だったら勉強しろ」
「厳しい!」
近くにいた莉央奈たちが笑う。
「翔太、諦めなよ」
莉央奈が言った。
「柴崎、お前は余裕なのか?」
「私はちゃんと勉強してるもん」
「裏切り者!」
「何の裏切りよ」
美空も笑っている。
その時だった。
廊下の向こうから美和が歩いてくる。
「みなさん、廊下で騒がないように」
「宍戸先生!」
翔太が助けを求める。
「崇道先生が明日小テストするんですよ!」
「それは大変ですね」
「止めてください!」
「どうして私が?」
「先生同士じゃないですか!」
美和は笑顔で康熙を見る。
「崇道先生」
「はい」
「生徒たちが困っているようですよ」
「勉強すれば困りません」
「だそうです」
「宍戸先生まで!」
笑い声が広がった。
莉央奈たち五人も笑っている。
この時の五人は、まだ知らなかった。
目の前にいる二人の教師が――。
学校を離れれば、婚約者同士として過ごしていることを。
◇◇◇
夕方。
二代目シークレットガールズの五人は、時間差で学校を出た。
康熙も少し遅れて学校を出る。
向かう先は芸能事務所。
レッスン室に入った瞬間。
康熙は「歴史教師」から「コーチ」へ変わった。
「今日は前回の振り付けを最初から確認する」
「はい!」
五人が並ぶ。
音楽が流れる。
まだ完璧とは言えない。
だが、最初の頃と比べれば明らかに五人の動きは揃い始めている。
「美空、半拍早い」
「はい!」
「美羽、ターンした後の位置」
「はい!」
「結菜、周りを見すぎるな。自分の動きも意識しろ」
「分かりました!」
「栞、その調子」
「はい」
「莉央奈」
「はい!」
「最後のポーズ、もう少し顔を上げろ」
莉央奈が姿勢を直す。
「こう?」
「ああ」
再び音楽。
五人が踊り始める。
一曲が終わった。
「はあ……」
美空が息を吐く。
「疲れた!」
「まだ二回しか踊ってない」
結菜が言う。
「二回も、でしょ!」
康熙が五人を見る。
「十分休憩」
「やった!」
五人が一斉に座り込んだ。
莉央奈がスポーツドリンクを飲みながら康熙を見る。
「先生って……」
康熙が振り向く。
「ここではコーチだ」
「あ、そうだった。康熙コーチ」
「なんだ?」
「学校と全然違うよね」
「そうか?」
「違う!」
美空も会話に入る。
「学校だと静かな歴史の先生なのに、ここだとめちゃくちゃ厳しい!」
「必要だからだ」
「学校でも厳しいけど」
「それはお前たちが勉強しないからだ」
「ひどい!」
五人が笑った。
康熙もほんの少しだけ笑う。
だが五人は知らない。
康熙自身も、学校で秘密を抱えながら生活していることを。
◇◇◇
夜。
レッスン終了後。
五人が帰宅した後、康熙も学校へ戻った。
翌日の授業準備が残っていたためだ。
職員室へ入る。
ほとんどの教師はすでに帰宅していた。
だが――。
一人だけ残っている。
「おかえり」
その声を聞いた瞬間。
康熙の表情が柔らかくなった。
美和だった。
「まだいたのか?」
「待ってた」
「先に帰っててよかったのに」
「婚約者がこんな時間まで仕事してるのに?」
康熙は周囲を確認する。
「美和」
「大丈夫。誰もいない」
学校では「宍戸先生」。
今は――美和。
美和もまた、学校では決して見せない優しい笑顔を康熙に向ける。
「今日もレッスン?」
「ああ」
「どうだった?」
「少しずつ良くなってる」
康熙は自分の席に座る。
「最初は本当にバラバラだったけどな」
「中学生なんだから仕方ないでしょう?」
「分かってる」
美和が隣の椅子へ座った。
「楽しそうね」
「誰が?」
「康熙」
「俺?」
「うん」
康熙は少し考える。
「……責任は感じてる」
「佐藤先生の後継者だものね」
「ああ」
美和は康熙を見つめる。
「でも、全部一人で抱え込まないでね」
「分かってる」
「本当に?」
「本当だ」
「怪しい」
康熙が苦笑する。
「莉央奈みたいなこと言うな」
「柴崎さん?」
「あの子も母親に似て、疑う時は鋭い」
美和は少し驚く。
「やっぱり似てる?」
「五人とも、ところどころな」
「初代に?」
「ああ」
康熙は静かに頷いた。
「本人たちは何も知らないけどな」
美和も二代目シークレットガールズの秘密を知っている。
五人の母親が初代シークレットガールズだったことも。
そして康熙が佐藤先生の後継者として五人を支えていることも。
「いつか知るのかな」
美和が呟く。
「母親たちのこと?」
「うん」
「いつかはな」
「驚くだろうね」
「間違いなく」
「自分のお母さんが伝説のアイドルだったなんて、普通は想像しないもの」
二人は笑った。
◇◇◇
その時。
ガチャッ。
職員室の扉が開いた。
「!」
康熙と美和が瞬時に離れた。
「まだ残っていたんですか」
入ってきたのは教頭先生だった。
「はい」
康熙はいつもの教師の顔へ戻る。
美和も同じだった。
教頭は二人を見た。
そして小さく笑う。
「私の前では、そこまで慌てなくてもいいでしょう」
「……教頭先生」
美和が苦笑する。
教頭は知っている。
二人の婚約関係を知る、ごく少数の人物の一人。
「ですが、他の先生が戻ってくる可能性もありますからね」
「すみません」
康熙が頭を下げる。
「謝る必要はありません。ただ――」
教頭の表情が少し真剣になる。
「今は二代目シークレットガールズの件もあります。余計な噂が立たない方がいいでしょう」
「はい」
「分かっています」
美和も頷く。
教頭は二人を見て微笑んだ。
「お二人のことは、校長先生と私から漏らすことはありません」
「ありがとうございます」
「ただし」
「?」
「結婚式を挙げる時くらいは、ちゃんと報告してください」
美和が思わず笑った。
「もちろんです」
康熙も苦笑する。
「その時はお願いします」
「楽しみにしていますよ」
教頭は書類を取ると、再び職員室を出ていった。
扉が閉まる。
二人は顔を見合わせる。
「……危なかった」
美和が言う。
「教頭先生だからよかった」
「他の先生だったら完全に誤魔化してた」
「どうやって?」
「仕事の相談」
「こんなに近くで?」
「……それは困るな」
美和が笑った。
◇◇◇
学校を出た二人。
帰る方向は同じだった。
しかし校門を出てすぐには並んで歩かない。
少し距離を空ける。
学校の生徒や保護者に見られる可能性があるからだ。
駅から離れ、人通りが少なくなったところで――。
美和が康熙の隣へ並んだ。
「やっと普通に歩ける」
「学校の近くじゃ無理だからな」
「分かってるけど」
「もう少しの辛抱だ」
美和が康熙を見る。
「結婚するまで?」
「それもある」
「それも?」
「二代目の子たちが落ち着くまで」
美和は少し笑った。
「やっぱりコーチね」
「何が?」
「頭の中、五人のことばっかり」
「仕事だからな」
「はいはい」
「美和」
「冗談」
二人は静かな夜道を歩く。
「でもね」
美和が言う。
「私、応援してるよ」
「五人を?」
「五人も」
少し間を置く。
「康熙も」
康熙が美和を見る。
「ありがとう」
「私にできることがあったら言って」
「英語か?」
「もちろん。もし二代目シークレットガールズが海外に行くことになったら、英語は必要でしょう?」
「その時は頼む」
「任せて」
二人は笑った。
◇◇◇
数日後。
昼休み。
莉央奈、美羽、美空、結菜、栞の五人は、人の少ない場所で昼食を食べていた。
「今日もレッスンかあ」
美空が言う。
「声大きい」
結菜が注意する。
「あ、ごめん」
莉央奈が周囲を見る。
「本当に気をつけないとね」
その時。
窓の外を美羽が見る。
「あれ?」
「どうしたの?」
「崇道先生と宍戸先生」
校庭の端。
康熙と美和が話をしている。
もちろん距離を取った、ごく普通の教師同士の会話だった。
「仕事の話じゃない?」
栞が言う。
「だよね」
美羽も納得する。
この時点では、五人もまだ知らない。
後に自分たちだけが知ることになる――。
二人のもう一つの秘密を。
◇◇◇
夕方。
誰もいない教室。
康熙が窓の鍵を確認している。
そこへ美和が入ってきた。
「康熙」
「どうした?」
「これ」
美和が小さな包みを渡す。
「何?」
「夕飯食べる時間ないでしょ?」
中には手作りの軽食が入っていた。
「作ったのか?」
「うん」
「ありがとう」
「ちゃんと食べてね」
「ああ」
美和が微笑む。
康熙はその笑顔を見つめた。
学校では、ただの歴史教師と英語教師。
生徒たちの前では「崇道先生」と「宍戸先生」。
職員室でも必要以上に近づかない。
けれど――。
二人きりになれば。
「美和」
「なに?」
「これからもよろしく」
「急にどうしたの?」
「なんとなく」
美和は少し驚いた後、笑った。
「こちらこそ」
婚約者。
将来、夫婦になる二人。
そして今は――。
誰にも知られてはいけない関係。
二代目シークレットガールズが抱える秘密とは、また違う「シークレット」。
それを知っているのは、ごくわずかな人間だけ。
小林前社長の実の息子である新社長。
校長先生。
教頭先生。
そして――やがて秘密を共有することになる、二代目シークレットガールズの五人。
康熙は学校では歴史教師。
学校の外では二代目シークレットガールズのコーチ。
美和は学校では英語教師。
そして康熙の大切な婚約者。
生徒たちが知らないところで、二人もまた二つの顔を持っていた。
秘密を抱える五人を支える二人にも――。
誰にも言えない、大切な秘密があった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回の閑話では、歴史教師・崇道康熙と英語教師・宍戸美和の、学校では決して見せることのできない婚約者としての関係を描きました。
学校では、
「崇道先生」
「宍戸先生」
と呼び合う二人。
しかし誰もいなくなれば、
「康熙」
「美和」
と名前で呼び合う婚約者同士へ戻ります。
さらに康熙には、「歴史教師」と「二代目シークレットガールズのコーチ」という二つの顔があります。
その重い役目を理解し、陰から支えているのが美和です。
二代目シークレットガールズの五人が秘密を抱えて学校生活を送っているように、二人の教師もまた、自分たちの大切な秘密を守りながら同じ学校で過ごしています。
そして現在、二人の婚約関係を知っているのは本当に限られた人物だけ。
この秘密も、やがて二代目シークレットガールズの五人と共有されることになります。
では本編へ戻ります。
次回、第3話
「学校では普通の女の子――秘密の放課後レッスン」
学校では普通の中学生。
放課後になれば二代目シークレットガールズ候補。
五人が秘密のレッスンを続ける一方、同じ時期から放課後に姿を消すようになった彼女たちを見て、クラスメイトたちが少しずつ違和感を抱き始めます。
特に莉央奈を幼い頃から知る陽向と琴音。
「最近の莉央奈、やっぱり何かおかしい――」
母親たちの正体という最大の秘密を知らないまま、五人の二重生活はさらに忙しくなっていきます。
そして学校でも、彼女たちの「シークレット」に近づく最初の気配が――。
第3話へ続きます。




