第7話「どうしてお母さんは知ってるの?――娘たちの疑問」
二代目シークレットガールズとして活動を続ける五人。
SHI☆、MIKU♪、YUNA◇、MII♡、LiZ☆。
歌やダンス、ステージでの立ち振る舞いまで、少しずつアイドルとして成長してきました。
しかし――その成長とともに、五人には新たな疑問が生まれ始めます。
「どうしてお母さんは、そんなことまで知ってるの?」
ステージで緊張した時の視線の置き方。
五人でダンスを揃える方法。
ターンのコツ。
振り付けの細かなズレ。
まるで本当にアイドルとして活動した経験があるかのように、娘たちへ的確なアドバイスをする母親たち。
さらに莉央奈は、二十五年前のLIZ☆を見て、
「お母さんに似てる……」
と感じ始めます。
そして美羽はBEEに。
栞はEYEに。
美空はMORMに。
結菜はYAHに。
なぜかそれぞれ、自分の母親だった初代メンバーへ少しずつ惹かれていくことに――。
娘たちはまだ知りません。
その答えが、ずっと自分たちのすぐそばにいることを。
二十五年間守られてきた最大のシークレット。
母親たちの過去へ、娘たちが初めて本格的に近づいていく第7話です。
二代目シークレットガールズとして活動を続ける五人。
SHI☆。
MIKU♪。
YUNA◇。
MII♡。
LiZ☆。
デビューしてからの日々は、想像していた以上に忙しかった。
学校。
勉強。
友達。
恋人。
そして放課後のレッスンと芸能活動。
少しずつアイドルとして成長している一方で、五人には以前から気になっていることがあった。
それは――。
自分たちの母親たち。
歌について相談すれば、的確な答えが返ってくる。
ダンスについて相談しても同じ。
ステージで緊張した時のこと。
五人で息を合わせる方法。
秘密を抱えながら学校生活を送る難しさ。
なぜか母親たちは、まるで自分自身が経験したことがあるかのように答えてくれる。
これまでは偶然だと思っていた。
だが――。
五人の中に生まれた小さな疑問は、少しずつ大きくなり始めていた。
「どうしてお母さん、そんなこと知ってるの?」
二十五年間守られてきた秘密へ。
娘たちは、ゆっくりと近づき始めていた。
◇◇◇
朝。
高野家。
「お母さん」
「なに?」
高野栞は朝食を食べながら、母・愛を見た。
「ステージでさ」
愛の手が一瞬止まる。
「ステージ?」
「あ……」
栞は慌てて言い直す。
「例えばの話なんだけど」
愛は娘を見つめる。
「うん」
「大勢の人の前で歌う時って、どこ見れば緊張しないと思う?」
愛は少し考えた。
「最初から客席全体を見ようとしなくていいんじゃない?」
「え?」
「まず一人見つけるの」
「一人?」
「うん。笑ってくれてる人とか、楽しそうにしてくれてる人」
栞は黙って聞く。
「その人に向かって歌ってるつもりになれば、少し落ち着くと思う」
「……へえ」
愛は続ける。
「慣れてきたら、その周り。その次はもっと遠く。そうやって少しずつ視線を広げればいい」
「……」
栞の箸が止まった。
愛が気づく。
「どうしたの?」
「お母さん」
「なに?」
「なんでそんなに具体的なの?」
愛の顔が固まった。
「え?」
「普通、『緊張しないように頑張れ』とかじゃない?」
「そ、そう?」
「今の説明、実際にステージ立った人みたいだった」
「そんなことないよ」
愛は笑う。
「テレビでアイドル見てたら分かるでしょ」
「テレビだけで?」
「……たぶん」
栞はじっと母を見る。
愛は目を逸らさず笑顔を保つ。
やがて栞が立ち上がる。
「ごちそうさま」
「学校遅れないようにね」
「うん」
玄関へ向かう娘。
扉が閉まった瞬間――。
愛は大きく息を吐いた。
「……危なかった」
そしてテーブルへ視線を落とす。
二十五年前。
EYEとして初めて大きなステージに立った時。
自分も佐藤先生から、似たようなことを教わった。
それをそのまま話してしまった。
「栞……鋭くなってきたな」
◇◇◇
森川家。
「お母さーん!」
美空の声。
「なにー?」
「ちょっと来て!」
未紀が美空の部屋へ入る。
美空は鏡の前で、同じ動きを何度も繰り返していた。
「何してるの?」
「体育の……ダンス」
「体育?」
「うん!」
かなり苦しい言い訳だった。
「で、ここ!」
美空がターンする。
そして止まる。
「どうしても最後に身体が流れるの」
未紀は娘を見る。
一度。
もう一度。
「軸」
「え?」
「顔から回ろうとしてる」
「顔?」
「身体の中心を意識して。回る前にお腹に力入れて、最後に足を置く位置を最初に決めておく」
美空が目を丸くする。
「……お母さん」
「なに?」
「踊ってみて」
「え?」
「今の説明だけじゃ分かんない」
「いや、お母さんもうそんな――」
「一回だけ!」
「美空」
「お願い!」
未紀は困った顔をした。
そして。
「……一回だけね」
美空が場所を空ける。
未紀が位置につく。
軽く身体を動かし――。
ターン。
ピタッ。
ほとんどブレずに止まった。
美空が固まる。
未紀も固まる。
「…………」
「…………」
数秒。
「お母さん」
「なに?」
「上手すぎない?」
「昔ちょっとやってたの!」
「何を?」
「ダンス!」
「いつ!?」
「若い時!」
「初耳なんだけど!」
未紀は慌てる。
「趣味! 趣味だから!」
美空が疑わしそうに見る。
「本当に?」
「本当!」
「じゃあもう一回」
「やらない!」
「なんで!」
「学校遅れるよ!」
「あっ!」
美空は時計を見る。
「やばっ!」
慌てて鞄を持つ。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
玄関の扉が閉まる。
未紀はその場に立ったまま額を押さえた。
「……やっちゃった」
二十五年前。
MORMとして何百回、何千回と練習したターン。
身体が覚えている。
二十五年経っても――。
完全には忘れていなかった。
◇◇◇
山本家。
結菜は朝食を食べながら、昨日のレッスンを思い返していた。
五人の立ち位置。
歌い出し。
次の振り付け。
どうしても一か所、全員のタイミングが合わない。
「お母さん」
「ん?」
麻子が振り返る。
「五人で同じ動きを揃える時って」
また五人。
麻子は内心警戒する。
「うん」
「一人だけ微妙にズレる場合、どうしたらいいと思う?」
「その一人に合わせるんじゃなくて、全員で基準を決めればいいんじゃない?」
答えが早かった。
結菜が顔を上げる。
麻子は気づく。
「……例えばね」
「まだ何も言ってないけど」
「そう?」
「うん」
結菜は母を見る。
「全員で基準を決めるって?」
麻子は慎重に言葉を選ぶ。
「音でもいいし、誰か一人の呼吸でもいいし」
「呼吸?」
「例えば、リーダー役の子が息を吸った瞬間を合図にするとか」
結菜の目が大きくなる。
「……それ、康熙コーチも同じこと言ってた」
麻子が固まった。
「康熙?」
「……あ」
今度は結菜が固まる。
二人の間に沈黙。
「康熙って誰?」
麻子は当然知っている。
だが知らないふり。
結菜が慌てる。
「クラスの……」
「康熙って名前のクラスメイトいるの?」
「先生!」
「先生?」
「崇道先生!」
「どうして先生をコーチって……」
「体育の話!」
「歴史の先生なのに?」
「……」
結菜は完全に詰まった。
麻子も娘を追い詰めたことに気づく。
「あ、ごめん。別にいいのよ」
「う、うん」
気まずい沈黙。
しばらくして結菜が尋ねた。
「でもお母さん」
「なに?」
「本当に経験ない?」
麻子の心臓が跳ねる。
「何の?」
「五人で何かやる経験」
「あるよ」
「あるの?」
「学校行事とか」
「……学校行事」
「そう」
「ふーん」
結菜は納得したような、していないような顔で朝食を続けた。
麻子は心の中で呟く。
――危なすぎる。
娘のYUNA◇としての活動が本格化するほど。
自分のYAHとしての経験が、つい口から出てしまう。
◇◇◇
荒木家。
「お母さん、これ見て」
美羽がスマートフォンを差し出した。
画面には二代目シークレットガールズのステージ映像。
もちろん美羽本人もMII♡として映っている。
だが母・まやの前では、ただのファンのふりをする。
「シークレットガールズ?」
「うん」
「最近人気なんでしょ?」
「そうみたい」
まやは当然、全部知っている。
それどころかデビューステージも客席で見ていた。
美羽が映像を止める。
「このMII♡って子」
まやの心臓が跳ねる。
「うん」
「ここの動き、変じゃない?」
娘自身だった。
まやは画面を見る。
「少し遅れてるね」
「やっぱり?」
「うん。前の動きから次へ移る時に、一瞬考えてる」
美羽が母を見る。
「……分かるの?」
「見れば」
「普通そんな細かいところ見る?」
「……見る人は見るよ」
「お母さんってアイドルのダンス詳しかったっけ?」
「昔好きだったから」
美羽が画面をスクロールする。
すると――。
初代シークレットガールズの古い映像が関連動画に出てきた。
「これ初代」
まやの表情が一瞬変わった。
EYE。
MORM。
YAH。
BEE。
LIZ☆。
美羽が言う。
「最近こっちも見てるんだ」
「へ、へえ」
「二十五年前なんだって」
「そうなんだ」
知っている。
本人だから。
美羽が画面を指差す。
「私、BEEが好き」
「えっ!?」
まやの声が裏返った。
美羽が驚く。
「何?」
「何でもない!」
「そんな驚く?」
「ちょっと意外で」
「なんで?」
「いや……」
美羽は画面のBEEを見る。
「なんか、この人好きなんだよね」
まやは何も言えなかった。
画面に映っているのは、二十五年前の自分。
娘がそれを見て「好き」と言っている。
嬉しい。
でも。
正体は言えない。
美羽がふと呟く。
「……誰かに似てる気もする」
まやの表情が固まる。
「誰に?」
「分かんない」
「そ、そう」
「でもなんか見たことある顔」
まやはスマートフォンから目を逸らした。
◇◇◇
そして。
柴崎家。
莉央奈は自室でスマートフォンを見ていた。
初代シークレットガールズ。
その中でも――LIZ☆。
最近、何度も見ている。
LiZ☆というステージネームを与えられてから、余計に気になるようになった。
「……やっぱり似てる」
何に。
誰に。
それが分からない。
その時。
「莉央奈ー!」
下からリオの声。
「朝ご飯冷めるよ!」
「今行く!」
莉央奈はスマートフォンを持ったまま階段を下りた。
「おはよう」
「おはよう」
リオが朝食を出す。
莉央奈はスマートフォンをテーブルへ置いた。
画面にはLIZ☆。
リオの手が止まる。
「……それ」
「初代シークレットガールズ」
「最近よく見てるね」
「うん」
莉央奈はリオを見る。
画面を見る。
またリオを見る。
「……何?」
リオが尋ねる。
「お母さん」
「なに?」
「LIZ☆って知ってる?」
「有名だったからね」
「会ったことある?」
リオが固まった。
自分自身に会ったことがあるか。
「ないよ」
「本当に?」
「本当」
莉央奈は画面を拡大する。
「この人さ」
「うん」
「なんかお母さんに似てない?」
時間が止まった。
リオは数秒、何も言えなかった。
「……私?」
「うん」
「似てないよ」
「目元とか」
「似てない」
「笑った時とか」
「偶然」
「髪型変えたら結構似そう」
リオは朝食を並べながら必死に平静を保つ。
「世の中、似てる人はいるよ」
「でもさ」
莉央奈はじっと母を見る。
「お母さん、昔の写真全然見せてくれないじゃん」
「そんなことないよ」
「中学生くらいの見たいって前も言ったのに」
「どこにあるか分からないの」
「本当に?」
「本当!」
「じゃあ今度探そうよ」
「時間ある時ね」
リオは笑った。
しかし内心は冷や汗。
見せられるわけがない。
中学生時代の写真。
そこにはLIZ☆として活動していた頃のものが大量にある。
娘に見せれば――。
一瞬で終わる。
◇◇◇
学校。
五人は教室へ入った。
「おはよう」
「おはよう!」
いつもの仲間たちが挨拶する。
早川翔太がスマートフォンを持って近づいてくる。
「なあ、昨日のシークレットガールズの配信見た?」
五人の顔が一瞬固まる。
「ちょっとだけ」
栞が答える。
「SHI☆めちゃくちゃ良かった!」
栞は心の中で。
――ありがとう。
「俺はLiZ☆」
別の男子が言う。
莉央奈は反応しないよう必死。
「MII♡でしょ」
女子生徒も加わる。
美羽も知らないふり。
そして小松日菜が美空のところへ来る。
「美空!」
「なに?」
「MIKU♪昨日最高だった!」
「……そ、そうなんだ」
「美空も見た?」
「少し」
「笑い方、美空に似てない?」
美空の顔が固まる。
「似てないよ!」
「そうかな?」
「絶対違う!」
日菜が笑う。
「なんでそんな必死なの?」
「必死じゃない!」
少し離れたところで悠斗が見ている。
やはり。
自分もMIKU♪を見た時、美空に似ていると思った。
その疑問はまだ消えていなかった。
◇◇◇
昼休み。
五人はいつものように集まった。
「ねえ」
栞が言う。
「みんなに聞きたいことある」
「何?」
莉央奈が尋ねる。
「最近……お母さん変じゃない?」
四人の動きが止まった。
「栞も?」
美空が言う。
「え?」
今度は栞が驚く。
結菜も頷く。
「私も思ってた」
美羽も。
「私も」
莉央奈は腕を組む。
「やっぱり?」
五人は顔を見合わせる。
美空が声を小さくする。
「うちのお母さん、ターンめちゃくちゃ上手かった」
「え?」
「普通にやってみてって言ったら、ピタッて止まった」
美羽も言う。
「うちはMII♡のダンス見て、どこが遅れてるか一瞬で分かった」
結菜。
「うちのお母さんは、五人で動きを合わせる方法を康熙コーチとほぼ同じこと言った」
栞。
「ステージで緊張した時の視線の置き方、すごく具体的だった」
そして。
莉央奈。
「うちは……初代LIZ☆に似てる」
四人が固まる。
「誰が?」
「お母さん」
「ええ?」
美空が声を出しそうになり、結菜が止める。
「声」
「ごめん」
莉央奈はスマートフォンを取り出した。
初代LIZ☆。
「ほら」
四人が画面を見る。
しばらく黙る。
美羽が最初に言った。
「……確かに」
「でしょ?」
栞も。
「目元、ちょっと似てる」
美空が驚く。
「本当だ!」
結菜はじっと写真を見る。
「でも二十五年前でしょ?」
「うん」
「リオおばさんの若い時を知らないから何とも言えないけど」
莉央奈は頷く。
「だから昔の写真見たいって言ったんだけど、全然見せてくれない」
五人が黙った。
何かある。
でも。
何なのか分からない。
美空が言った。
「まさかさ」
四人が見る。
「お母さんたち、昔アイドルやってたりして」
一瞬。
全員が静かになった。
そして――。
「まさか」
結菜が笑った。
美羽も笑う。
「五人とも?」
栞。
「偶然すぎるよ」
莉央奈も。
「だったらすごすぎ」
五人が笑う。
冗談。
そのつもりだった。
だが――。
その答えこそ真実だった。
五人の母親。
愛。
未紀。
麻子。
まや。
リオ。
その全員が。
二十五年前のシークレットガールズ。
EYE。
MORM。
YAH。
BEE。
LIZ☆。
本人だった。
◇◇◇
午後。
歴史。
崇道康熙が教壇に立つ。
「今日はここまで」
授業が終わる。
五人は康熙を見ていた。
康熙が気づく。
「……何だ?」
「何でもありません」
五人が揃って答える。
康熙が怪訝そうな顔をする。
そして教室を出る。
美空が小声で言う。
「康熙コーチに聞いたら分かるかな」
結菜が即答。
「駄目」
「なんで?」
「お母さんたちの昔のこと聞いてどうするの?」
「だって気になるじゃん」
栞も考える。
「康熙コーチって初代のこと知ってるよね」
莉央奈が言う。
「佐藤先生とも親戚だし」
美羽も。
「小林前社長とも繋がってる」
結菜は少し黙った。
確かに。
康熙なら、何か知っている可能性がある。
でも。
「今日は聞かない」
結菜が言った。
「なんで?」
「もし本当に何かあるなら、お母さん本人から聞きたい」
四人が静かになる。
莉央奈が頷く。
「それはそうかも」
◇◇◇
放課後。
芸能事務所。
五人はレッスン室へ入る。
康熙が待っている。
「揃ったな」
「はい」
「今日は新曲のフォーメーション確認」
「はい!」
五人が並ぶ。
音楽。
踊る。
SHI☆。
MIKU♪。
YUNA◇。
MII♡。
LiZ☆。
数回踊った後。
「ストップ」
康熙が言う。
「YUNA◇」
「はい」
「全体を見すぎ」
「分かりました」
「MII♡、一歩遅い」
「はい」
「MIKU♪、笑顔はいいが動きを忘れるな」
「はい!」
「SHI☆、もう少し前」
「はい」
「LiZ☆」
「ターン?」
「今日は違う」
「よかった」
五人が笑う。
康熙も苦笑する。
その時。
レッスン室の扉が開いた。
新社長だった。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです!」
五人が挨拶する。
新社長はレッスンを見る。
そして壁には――。
初代シークレットガールズの写真。
五人は自然とそこを見る。
新社長が気づく。
「最近、初代が気になるのか?」
五人が反応する。
「はい」
莉央奈が答えた。
「特に何が知りたい?」
一瞬。
五人が顔を見合わせる。
美空が言いそうになる。
だが結菜が先に答えた。
「どんな中学生だったのかなって」
新社長は少しだけ表情を変えた。
「普通の中学生だったよ」
「本当に?」
「少なくとも父からはそう聞いている」
「学校では?」
栞が尋ねる。
「友達と笑って、勉強して、時には怒られて」
五人は自分たちを見る。
同じ。
美羽が尋ねる。
「家では?」
「そこまでは詳しく知らない」
新社長は五人を見る。
「どうして急に?」
「なんとなくです」
結菜が答えた。
新社長はそれ以上聞かなかった。
だが康熙と目を合わせる。
二人とも感じていた。
――娘たちが、少しずつ近づいている。
◇◇◇
レッスン終了後。
新社長と康熙だけが残った。
「気づき始めていますね」
新社長が言う。
「ああ」
「母親たちから何か?」
「相談は受けてない」
康熙は壁の写真を見る。
「でも時間の問題かもしれない」
「まだ話す時期ではありません」
「分かってる」
新社長は静かに言う。
「五人自身が二代目シークレットガールズとして、もう少し成長してから」
「その方がいいだろうな」
「初代の正体を知った時、自分たちが選ばれた理由を『母親の娘だから』だけだと思ってほしくない」
康熙が頷く。
今、五人は自分たちの力で努力している。
歌って。
踊って。
悩んで。
秘密を守って。
二代目として歩いている。
その自信を持ってから。
真実を知るべきだった。
◇◇◇
その夜。
五つの家。
ほぼ同じ時間。
五人の娘たちは、それぞれ母親を見ていた。
栞は愛を。
美空は未紀を。
結菜は麻子を。
美羽はまやを。
莉央奈はリオを。
自分たちの母親。
ずっと近くにいる人。
いつもと何も変わらない。
なのに。
何か知らない部分がある気がする。
◇◇◇
柴崎家。
「お母さん」
「なに?」
リオが洗濯物を畳んでいる。
莉央奈が隣へ座った。
「昔のこと聞いていい?」
リオの手が止まる。
「昔?」
「中学生の頃」
「いいよ」
「どんな子だった?」
リオは少し考える。
「普通」
「それだけ?」
「友達と遊んだり、学校行ったり」
「放課後は?」
危険な質問。
「……色々」
「色々って?」
「友達といたり」
嘘ではない。
シークレットガールズの五人といた。
「お母さん」
「ん?」
莉央奈はリオの目を見る。
「何か隠してる?」
リオの胸が締め付けられる。
「どうして?」
「なんとなく」
「隠してないよ」
「本当に?」
「本当」
莉央奈は少しだけ黙った。
そして笑う。
「じゃあいいや」
「うん」
莉央奈は立ち上がり、自室へ戻る。
リオはその背中を見つめた。
「……ごめんね」
小さな声。
まだ。
言えない。
でも。
いつか必ず。
◇◇◇
森川家でも。
「お母さんって昔、何か秘密あった?」
「秘密!?」
未紀が必要以上に驚いた。
「その反応怪しい!」
「何もない!」
「絶対何かある!」
「ないって!」
二人は笑いながら言い合う。
山本家。
「お母さん、昔五人組で何かしてた?」
麻子が固まる。
「どうして五人?」
「なんとなく」
「してないよ」
その答えに、わずかな間があった。
結菜は気づいた。
荒木家。
「BEEって、本当に知らない?」
「知ってるよ。昔有名だったから」
「会ったことは?」
「ない」
まやは娘から目を逸らす。
高野家。
「お母さんって歌ったことある?」
「カラオケなら」
「人前で」
愛は笑う。
「学校行事くらいかな」
栞は母親を見つめる。
どの家庭でも。
母親たちは秘密を守った。
しかし――。
娘たちは以前よりも、明らかに何かを感じ始めていた。
◇◇◇
数日後。
昼休み。
五人が集まる。
「やっぱり怪しい」
莉央奈が言った。
「うちも」
美空も頷く。
「聞いたら驚き方がおかしかった」
美羽も。
「BEEの話したら目逸らした」
栞。
「うちは人前で歌ったことあるか聞いたら、学校行事って」
結菜は少し考える。
「でも証拠はない」
「そうなんだよね」
莉央奈がスマートフォンを出す。
初代シークレットガールズの写真。
五人が一緒に見る。
EYE。
MORM。
YAH。
BEE。
LIZ☆。
二十五年前。
同じ年頃の五人。
美空が呟く。
「もし、本当にお母さんたちだったらどうする?」
誰も笑わなかった。
以前なら冗談として笑えた。
今は――。
少しだけ、可能性を感じている。
美羽が言う。
「でも五人全員って……」
栞。
「すごい偶然だよね」
結菜は静かに写真を見る。
「偶然じゃなかったら?」
四人が結菜を見る。
「私たちが二代目に選ばれたのも……」
そこまで言って止まる。
五人の表情が変わる。
なぜ。
五人だったのか。
なぜ。
自分たちだったのか。
新社長は、「候補として見ていた」と言った。
でも。
本当は――。
「……考えすぎかな」
莉央奈が言う。
「たぶん」
結菜は答えた。
だが。
誰も心から納得していなかった。
◇◇◇
その日の帰り。
五人は廊下を歩いていた。
向こうから康熙と美和。
「崇道先生」
「宍戸先生」
学校では普通の同僚。
五人はもう、その裏にある真実を知っている。
二人が婚約者だということを。
以前なら絶対に想像できなかった。
見えているものが、すべてとは限らない。
莉央奈が康熙とすれ違った後、ふと立ち止まる。
「ねえ」
四人が振り返る。
「私たち、先生たちのことも全然気づかなかったよね」
結菜が頷く。
「うん」
「ってことは」
莉央奈は少しだけ真剣な顔になる。
「お母さんたちにも、私たちが知らない顔があってもおかしくないよね」
五人は何も言えなかった。
それが――。
まさに真実だったから。
◇◇◇
夜。
五人の母親たちは久しぶりに集まっていた。
愛。
未紀。
麻子。
まや。
リオ。
「最近、聞かれてる?」
リオが尋ねる。
全員が頷く。
未紀がため息をつく。
「美空にターン見せちゃった」
「何してるの!」
まやが驚く。
「仕方ないじゃん!」
麻子も苦笑する。
「私は五人で合わせる方法聞かれて、普通に答えちゃった」
愛も。
「私もステージで緊張した時の話を」
まや。
「美羽はBEEの動画見てる」
そしてリオ。
「莉央奈は……LIZ☆が私に似てるって」
四人が静かになった。
「そこまで?」
未紀が尋ねる。
「うん」
リオは苦笑する。
「昔の写真見せてって言われてる」
麻子が言う。
「それは無理だね」
「絶対無理」
「一発で分かる」
五人は笑う。
でもすぐ、静かになった。
愛が言う。
「いつまで隠す?」
誰もすぐには答えなかった。
二十五年前。
自分たちは、自分がシークレットガールズであることを周囲から隠した。
二十五年後。
今度は――。
自分たちが元シークレットガールズだったことを、娘たちから隠している。
まやが言う。
「小林さんたちの考えもあるし」
麻子。
「娘たち自身が、二代目としてちゃんと歩けるようになるまでは」
未紀も頷く。
「うん」
リオは静かに言った。
「でも、いつかは絶対話そう」
四人がリオを見る。
「私たちの口から」
愛が頷く。
「そうだね」
「ちゃんと全部」
五人が顔を見合わせる。
二十五年前のこと。
初めて集まった日。
レッスン。
ステージ。
友情。
秘密。
そして――。
自分たちがEYE、MORM、YAH、BEE、LIZ☆だったことを。
その日が来たら。
母として。
そして初代シークレットガールズとして。
娘たちへ伝える。
◇◇◇
一方。
それぞれの家で。
娘たちはスマートフォンに映る初代シークレットガールズを見ていた。
SHI☆はEYE。
MIKU♪はMORM。
YUNA◇はYAH。
MII♡はBEE。
LiZ☆はLIZ☆。
なぜか自然と、自分の母親だったメンバーへ興味を持っている。
「……誰なんだろう」
莉央奈が呟く。
答えは。
すぐ近く。
同じ家の中にいる。
「莉央奈ー、早く寝なさい!」
階下からリオの声。
「はーい!」
莉央奈はスマートフォンを閉じる。
そして笑った。
まだ知らない。
その声の主が。
二十五年前――。
自分が今見ていた画面の中で笑っていたLIZ☆本人だったことを。
母親たちの最大の「シークレット」。
それはまだ守られている。
けれど――。
娘たちは確実に。
その扉の前まで近づき始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第7話では、ついに二代目シークレットガールズの五人が、自分たちの母親へ本格的な疑問を抱き始めました。
これまでも時折、
「どうしてそんなに詳しいの?」
と思う場面はありました。
しかし今回は、その違和感が五人の中で一つに繋がり始めています。
高野愛は、ステージで緊張した時の視線の置き方を知っている。
森川未紀は、二十五年経った現在でも綺麗なターンができる。
山本麻子は、五人で動きを揃える方法を康熙コーチと同じように説明できる。
荒木まやは、MII♡のダンス映像を一度見ただけで細かな遅れを見抜く。
そして柴崎リオは――初代LIZ☆とあまりにもよく似ている。
それも当然です。
愛こそEYE。
未紀こそMORM。
麻子こそYAH。
まやこそBEE。
そしてリオこそLIZ☆本人なのですから。
けれど娘たちには、まだその事実は明かされません。
特に印象的だったのは、昼休みに五人が冗談半分で口にした、
「お母さんたち、昔アイドルやってたりして」
という言葉。
それこそが、まさに正解でした。
そして五人はさらに、
「私たちが二代目に選ばれた理由も、お母さんたちと関係しているのでは?」
というところまで近づき始めています。
一方、母親たちも娘の変化に気づいていました。
二十五年前は、自分たちがシークレットガールズであることを学校や友達から隠していた五人。
二十五年後の今は――自分たちが“元シークレットガールズ”だったことを娘たちから隠しています。
立場は変わっても、また五人で一つの秘密を守っている。
そして母親たちは最後に、
「いつかは絶対、私たちの口から話そう」
と決めました。
その日は、確実に近づいています。
けれど、まだ今ではありません。
娘たち自身がSHI☆、MIKU♪、YUNA◇、MII♡、LiZ☆として成長し、「自分たち自身のシークレットガールズ」を作り上げた時――。
二十五年間閉ざされてきた扉が、初めて開かれることになるのでしょう。
次回、第8話。
「幼馴染にバレる!?――莉央奈、絶体絶命!」
今度は母親たちの秘密ではなく、莉央奈自身の秘密が危機に。
幼い頃から莉央奈を知る陽向と琴音。
二人は以前から、
「最近の莉央奈は何かを隠している」
と感じています。
さらに、二代目LiZ☆を見た琴音が、
「莉央奈に似てる」
と言い始めたことで、秘密への距離はさらに縮まっていました。
そしてついに――。
学校では絶対に持っていてはいけない“あるもの”を、莉央奈が誤って持ち込んでしまうことに。
それを拾ったのは――陽向。
「……これ、どうして莉央奈が持ってるんだ?」
LiZ☆と柴崎莉央奈。
二つの顔が初めて繋がりかける、最大のピンチ。
二代目シークレットガールズの秘密は守れるのか――。
第8話へ続きます。




