第6話「崇道先生のもう一つの顔――学校とアイドルの二重生活」
二代目シークレットガールズとして活動する五人には、学校では絶対に知られてはいけない「もう一つの顔」があります。
高野栞――SHI☆。
森川美空――MIKU♪。
山本結菜――YUNA◇。
荒木美羽――MII♡。
柴崎莉央奈――LiZ☆。
しかし、二つの顔を持っているのは彼女たちだけではありません。
学校では歴史教師として教壇に立つ――崇道康熙。
そして放課後になれば、二代目シークレットガールズを厳しく指導するコーチ。
さらに同じ学校の英語教師・宍戸美和とは、誰にも知られてはいけない婚約者同士でもあります。
前回の番外編で、ついに康熙と美和の婚約を知った五人。
これまで自分たちの秘密を守ってもらっていた五人が、今度は先生たちの秘密を守る側になります。
そんな中、学校では思わぬ変化も。
音楽教師・五十嵐真緒が、五人の歌唱力が急激に上達していることに気づき始めます。
アイドルとして成長すればするほど、普通の中学生として正体を隠すことは難しくなる――。
学校と芸能活動。
教師とコーチ。
そして、誰にも言えない婚約。
いくつもの二重生活が交差する第6話です。
朝。
いつもと変わらない中学校の校門。
登校してくる生徒たちの中に、高野栞、森川美空、山本結菜、荒木美羽、柴崎莉央奈の五人がいた。
昨日までなら、本当にいつも通りの朝だった。
しかし今日は違う。
五人は知ってしまった。
自分たちを学校で教えている歴史教師・崇道康熙。
そして英語教師・宍戸美和。
この二人が――婚約者同士だということを。
「……ねえ」
美空が小声で言った。
「昨日のこと、本当なんだよね?」
「何回確認するの?」
結菜が呆れる。
「だって信じられないんだもん!」
莉央奈も頷いた。
「分かる。学校だと全然そんな感じしないじゃん」
美羽が周囲を確認する。
「二人のこと、ここで話すの危ないよ」
「そうだった」
栞も言った。
「私たち、約束したんだから」
康熙と美和の婚約関係は秘密。
知っているのは、小林新社長、校長、教頭など、ごく一部。
そして昨日――。
二代目シークレットガールズの五人も、その秘密を共有することになった。
美空が胸の前で腕を組む。
「でもさ」
「まだ何かあるの?」
「私たちも秘密を守ってもらってるんだから、今度は私たちが先生たちの秘密を守るって……なんか不思議」
莉央奈が笑った。
「秘密だらけだね、この学校」
「原因の半分くらい私たちだけどね」
栞の言葉に五人が笑う。
その時だった。
「おはようございます」
聞き覚えのある女性の声。
五人が振り返る。
宍戸美和。
「お、おはようございます!」
五人の声が綺麗に揃った。
美和が一瞬驚く。
「……今日は随分元気ね」
「そ、そうですか?」
「ええ」
そこへ――。
「宍戸先生」
五人が固まった。
崇道康熙が歩いてくる。
「おはようございます、崇道先生」
美和はいつも通りの表情で答える。
「おはようございます」
「昨日お願いした資料ですが」
「職員室の机に置いてあります」
「ありがとうございます」
「いえ」
それだけ。
二人は別々に歩き始める。
五人は無言。
数秒後。
美空が小声で言った。
「……すご」
莉央奈も。
「昨日『康熙』『美和』って呼んでた二人だよね?」
「学校だと完全に先生同士……」
美羽も驚いている。
結菜が言った。
「だから秘密にできてるんでしょ」
栞は遠ざかる二人を見つめる。
自分たちと同じ。
学校では普通の顔。
学校の外では、もう一つの顔。
五人は改めて気づき始めていた。
康熙もまた、自分たちと似た二重生活を送っていることに。
◇◇◇
一時間目。
国語。
「では、この文章を書いた人物が、なぜこの表現を使ったのか考えてみましょう」
国語教師・櫻井隆明が黒板へ文章を書く。
「森川さん」
「はい!」
「どう思いますか?」
「えっ……」
美空が教科書を見る。
全然聞いていなかった。
頭の中では、朝見た康熙と美和のことばかり考えていた。
「……愛?」
教室に笑いが起きた。
櫻井先生が首を傾げる。
「愛?」
「あっ!」
美空の顔が真っ赤になる。
「違います!」
「先生は文章表現について聞いたんですが」
「すみません!」
莉央奈が机に伏せて笑っている。
結菜は額を押さえる。
栞も苦笑。
美羽は美空へ小声で言った。
「考えすぎ」
「だって……」
「森川さん」
「はい!」
「授業中ですよ」
「すみません!」
再び教室に笑いが広がった。
◇◇◇
二時間目。
数学。
「ここ、大事ですよ」
清水真紀が黒板に式を書く。
「次のテストにも出すかもしれません」
「ええー!」
生徒たちから声が上がる。
「『ええー』じゃありません」
清水先生が笑う。
五人も今度は授業へ集中していた。
休み時間。
清水先生が教材をまとめていると、教室の外から美和が顔を出した。
「清水先生」
「あ、美和先生」
五人の耳が反応する。
「今日のお昼、一緒にどう?」
「いいですよ」
「じゃあ職員室で」
「分かりました」
清水先生が笑う。
「そういえば美和先生」
「何?」
「最近何かいいことありました?」
「え?」
「なんとなく幸せそう」
五人の動きが止まる。
美和も一瞬だけ固まった。
「そうですか?」
「うん。恋でもしてたりして」
「まさか」
美和は笑ってごまかす。
「じゃあ、また後で」
「はい」
美和が去っていく。
美空が小声で呟く。
「してるどころか……」
結菜が美空の口を押さえた。
「言わない!」
「分かってる!」
清水先生が二人を見る。
「どうしたの?」
「何でもありません!」
また五人の声が揃った。
清水先生が首を傾げる。
「あなたたち、今日なんか変ね」
「気のせいです!」
◇◇◇
そして三時間目。
歴史。
教室の扉が開いた。
康熙が入ってくる。
「席につけ」
「はーい」
五人も席につく。
康熙が教科書を机に置く。
「前回の続きから始める」
黒板へ文字を書く。
昨日。
レッスン室では――。
「SHI☆!」
「MIKU♪!」
「YUNA◇!」
「MII♡!」
「LiZ☆!」
五人をステージネームで呼び、厳しく指導していた。
しかし今は違う。
「山本」
「はい」
「ここを読んで」
「はい」
結菜が教科書を読む。
「高野」
「はい」
「今の部分で重要な点は?」
栞が答える。
「そうだ」
普通の授業。
普通の歴史教師。
そこに二代目シークレットガールズのコーチとしての顔はない。
やがて――。
「柴崎」
「はい!」
莉央奈が立つ。
「この出来事が起きた背景は?」
「えっと……」
莉央奈が考える。
康熙が待つ。
「……これ?」
「疑問形で答えるな」
教室に笑いが起きる。
「合ってます?」
「半分」
「半分!?」
「残り半分を答えろ」
「厳しい!」
莉央奈が思わず言う。
康熙が眉を上げる。
「何か?」
「いえ!」
美空が笑いを堪える。
学校でもやっぱり厳しい。
でも――。
レッスン室とは違う。
「では次」
康熙が黒板へ向き直る。
莉央奈は座りながら小声で言った。
「やっぱコーチだ」
結菜が小声で注意する。
「学校では先生」
「分かってる」
◇◇◇
昼休み。
五人は一緒に昼食を食べていた。
「疲れた……」
美空が机に伏せる。
「まだ午前中だよ」
美羽が笑う。
「秘密を守るのってこんなに大変だった?」
「自分たちの秘密だけなら慣れてきたんだけどね」
莉央奈が言う。
「先生たちのまで増えたから」
栞が笑った。
「でも康熙先生たちの方がすごいと思う」
「どうして?」
「だって毎日同じ職場に婚約者がいるんだよ?」
五人が少し考える。
確かにそうだ。
結菜が言う。
「学校では名前でも呼べない」
美羽も。
「普通の同僚みたいにしないといけない」
美空が腕を組む。
「私だったら無理かも」
結菜が美空を見る。
「悠斗くんと同じ学校じゃん」
「……そうだった」
「しかも美空も自分がMIKU♪だって隠してる」
「そうだった!」
莉央奈が笑う。
「人のこと言えないじゃん」
「本当だ……」
五人が笑った。
その時。
教室の後ろから声。
「何が?」
五人が振り返る。
琴音。
そして陽向。
「何が人のこと言えないの?」
琴音が尋ねる。
「何でもない!」
また五人の声が揃う。
陽向が怪しそうに見る。
「最近それ多くない?」
「何が?」
莉央奈が答える。
「五人で何か隠してるだろ」
空気が一瞬止まった。
莉央奈は笑う。
「気のせい」
「本当に?」
「本当!」
陽向は納得していない様子。
琴音も五人を見る。
「最近、放課後いつも一緒にいなくなるし」
「偶然だよ」
美羽が答える。
「五人とも?」
「……偶然!」
美空が答える。
結菜が小声で言う。
「美空、下手」
「仕方ないじゃん」
そんな五人を、琴音はじっと見つめていた。
◇◇◇
午後。
音楽室。
「今日は歌唱をやります」
音楽教師・五十嵐真緒がピアノの前に座る。
「まず発声から」
五人の表情が少し変わった。
発声。
それは毎日のようにレッスンでやっている。
「じゃあ順番に」
生徒たちが声を出していく。
そして美空。
「森川さん」
「はい」
美空が歌う。
五十嵐先生の表情が変わった。
「……あれ?」
「え?」
「森川さん、歌上手くなった?」
美空が固まる。
「そ、そうですか?」
「以前より声が安定してる」
五人が顔を見合わせる。
次。
「山本さん」
「はい」
結菜。
「……山本さんも」
次は栞。
美羽。
莉央奈。
五人が歌い終わる。
五十嵐先生は不思議そうだった。
「あなたたち五人、何かやってる?」
「えっ!?」
五人が揃って声を上げる。
「合唱とか、ボイストレーニングとか」
「してません!」
「してないです!」
「何も!」
必死。
五十嵐先生が笑う。
「そんなに否定しなくても」
クラスメイトたちも笑っている。
しかし――。
五人は笑えない。
二代目シークレットガールズとしてレッスンを受けている成果が、学校生活にも表れ始めている。
美空が小声で言う。
「これ……まずくない?」
栞が頷く。
「気をつけないと」
五十嵐先生は五人を見ながら、少しだけ首を傾げていた。
◇◇◇
放課後。
チャイムが鳴る。
「莉央奈!」
琴音が呼び止める。
「今日、一緒に帰ろ」
「ごめん!」
「また?」
莉央奈が困った顔になる。
「ちょっと用事」
「何の?」
「それは……」
答えられない。
すると陽向も来る。
「また五人で?」
見ると、栞、美空、結菜、美羽も帰る準備をしている。
「本当に怪しいな」
陽向が言う。
莉央奈は少し黙った。
そして――。
「ごめん」
「莉央奈?」
「今は言えない」
琴音が莉央奈を見る。
「でも、いつかちゃんと話すから」
「……分かった」
琴音は少し寂しそうだった。
「絶対だよ」
「うん」
陽向も言う。
「約束だからな」
「分かってる」
五人は教室を出る。
廊下。
美空が言った。
「いつか言えるのかな」
結菜が答える。
「その日が来るまでは守るしかないよ」
栞も頷く。
「五人で」
「うん」
◇◇◇
学校を出る。
五人は時間と経路を少しずつずらして芸能事務所へ向かった。
そして――。
レッスン室。
扉が閉まる。
学校の制服からレッスン着へ。
髪型を整える。
表情も変わる。
康熙が入ってきた。
「揃ってるな」
「はい!」
ここではもう――。
高野栞。
森川美空。
山本結菜。
荒木美羽。
柴崎莉央奈。
ではない。
康熙もまた、歴史教師ではない。
「SHI☆」
「はい!」
「MIKU♪」
「はい!」
「YUNA◇」
「はい!」
「MII♡」
「はい!」
「LiZ☆」
「はい!」
五人が並ぶ。
康熙が言った。
「今日はダンスと歌、両方やる」
「両方!?」
MIKU♪が叫ぶ。
「何か問題あるか?」
「学校でも音楽あったのに!」
「学校とここは関係ない」
「厳しい!」
「始めるぞ」
音楽が流れる。
◇◇◇
一時間後。
「ストップ!」
康熙が音楽を止めた。
「LiZ☆」
「はい……」
「またターン」
「分かってる」
「分かってるなら直せ」
「はい!」
LiZ☆がもう一度。
回る。
少し崩れる。
「もう一回」
「はい!」
再び。
「もう一回」
「ええー!」
「昨日、佐藤さんから何を聞いた?」
LiZ☆が黙る。
初代LIZ☆も、同じようにターンを何度も練習していた。
「……やります」
「よし」
もう一度。
今度は成功。
「それだ」
「できた!」
MIKU♪たちが拍手する。
「LiZ☆!」
「やった!」
康熙も小さく頷いた。
「忘れるなよ」
「はい!」
その様子を見ながら、SHI☆が少し笑った。
「先生」
康熙が振り返る。
「ここではコーチ」
「あ、そうだった」
SHI☆が言い直す。
「康熙コーチ」
「何だ?」
「大変じゃないんですか?」
「何が?」
「学校とここ」
五人が康熙を見る。
康熙は少し黙った。
「どういう意味だ?」
YUNA◇が続ける。
「朝は歴史の先生で、放課後は私たちのコーチ」
MII♡も。
「それに宍戸先生とのことも学校では秘密」
MIKU♪。
「三つも顔あるじゃん」
「三つもない」
康熙が苦笑する。
LiZ☆が指を折る。
「歴史教師」
一本。
「コーチ」
二本。
「美和先生の婚約者」
三本。
「三つ!」
「最後は仕事じゃない」
五人が笑う。
だが康熙は少し考えてから、五人の前に座った。
「確かに簡単ではない」
笑いが止まる。
「学校では教師として、お前たちを他の生徒と同じように扱わなければならない」
五人が聞く。
「お前たちがどれだけ疲れていても、特別扱いはできない」
「はい」
「ここでは逆だ。お前たちをアイドルとして見る」
康熙は続ける。
「学校でテストの点が悪かったからといって、レッスンを甘くすることもない」
LiZ☆が小声で言う。
「それは少しくらい甘くしてほしい」
「しない」
「即答……」
五人が笑う。
「でもな」
康熙の声が少し優しくなる。
「どっちもお前たちだ」
五人が顔を上げる。
「学校にいるお前たちも、ステージに立ってるお前たちも、本当のお前たちだ」
SHI☆が静かに聞く。
「本当の……」
「ああ」
「どちらかが偽物というわけじゃない」
康熙は五人を見る。
「秘密にしているからといって、学校でのお前たちが嘘になるわけじゃない」
YUNA◇が少し考える。
第5話で悩んだこと。
颯真に本当のことを言えない自分。
MIKU♪も同じだった。
「秘密と嘘は違う……」
YUNA◇が呟く。
康熙が頷く。
「そういうことだ」
◇◇◇
休憩。
MIKU♪がスマートフォンを見る。
「ねえ!」
「今度は何?」
LiZ☆が尋ねる。
「学校のグループチャット!」
「何かあった?」
MIKU♪が画面を見せる。
そこには――。
『二代目シークレットガールズ、今日新しい動画出た!』
『SHI☆かわいい!』
『俺LiZ☆推し!』
『MIKU♪でしょ!』
『YUNA◇もいい!』
『MII♡忘れるな!』
次々とクラスメイトたちのメッセージが流れている。
五人は無言。
「……どうする?」
MII♡が尋ねる。
「何が?」
「私たちも何か返信した方が自然じゃない?」
「確かに」
SHI☆が考える。
LiZ☆がスマートフォンを出す。
「じゃあ私、『LiZ☆いいよね』って送ろうかな」
「自分で!?」
MIKU♪が笑う。
「だって自然じゃん!」
「自画自賛じゃん!」
「本人って知らないんだからいいでしょ!」
YUNA◇が笑う。
「私はやめとく」
「じゃあ私がMIKU♪推しって送ろうかな」
MIKU♪が言う。
「それも自分じゃん」
「いいじゃん!」
五人が笑う。
康熙は少し離れた場所から見ていた。
学校では普通の中学生。
ここでは二代目シークレットガールズ。
その二つを両立させることは、決して簡単ではない。
しかし――。
五人は少しずつ、その生活を楽しめるようにもなっていた。
◇◇◇
レッスン終了後。
「今日は終わり」
「ありがとうございました!」
五人が頭を下げる。
その時。
レッスン室の扉が開いた。
「お疲れさま」
美和だった。
五人が振り返る。
「美和先生!」
「ここでは宍戸先生じゃなくてもいいよ」
美和が笑う。
LiZ☆がニヤッとする。
「じゃあ美和さん?」
「いいよ」
MIKU♪がすぐ康熙を見る。
「じゃあ康熙さん?」
「俺はコーチだ」
「なんで!?」
「レッスン中だから」
「もう終わったじゃん!」
「細かいことは気にするな」
美和が笑う。
五人も笑った。
だが美和が言う。
「学校では今まで通りだからね」
五人の表情が真面目になる。
「はい」
「私と康熙のことは?」
五人が声を揃える。
「絶対秘密!」
美和が微笑む。
「ありがとう」
康熙も言った。
「俺もお前たちの秘密は守る」
五人が康熙を見る。
「だから、お互い様だ」
SHI☆が頷く。
「はい」
秘密を守ってもらうだけではない。
秘密を預かる。
それによって、五人と康熙、美和の間には新しい信頼が生まれていた。
◇◇◇
翌日。
昼休み。
校内では二代目シークレットガールズの話題がさらに広がっていた。
「昨日の動画見た?」
「見た!」
「俺、LiZ☆!」
「私はSHI☆!」
「MIKU♪可愛かった!」
廊下を歩いていた五人。
本人たちは黙って聞いている。
「人気出てきたね」
美羽が小声で言う。
「嬉しいけど怖い」
栞も答える。
その時。
向こうから音楽教師の五十嵐真緒が歩いてきた。
五人の横を通り過ぎる。
しかし――。
数歩進んだところで、五十嵐先生が立ち止まった。
振り返る。
「森川さん」
「はい?」
美空が振り返る。
「昨日の音楽の授業なんだけど」
「はい」
「やっぱり気になるのよね」
美空の表情が少し強張る。
「何がですか?」
「あなたたち五人の歌い方」
栞たちも立ち止まる。
「以前と明らかに違う」
五十嵐先生は五人を見る。
「どこかで、本格的に歌を習ってない?」
五人の心臓が跳ねる。
「……習ってません」
栞が答える。
「本当に?」
「はい」
五十嵐先生は少し考えた。
「ならいいんだけど」
そう言って歩いていく。
五人はしばらく動けなかった。
美空が小声で言う。
「……まずい」
結菜も頷く。
「先生だから分かるんだ」
莉央奈が振り返る。
遠ざかる五十嵐先生。
「これからもっと上手くなったら……」
美羽が続ける。
「もっと怪しまれる?」
栞は答えなかった。
その可能性は十分にある。
◇◇◇
一方。
職員室。
五十嵐真緒は自分の席へ戻った。
隣にいた世界史教師・佐渡満が尋ねる。
「どうしました?」
「ちょっと気になる生徒がいて」
「気になる?」
「高野さん、森川さん、山本さん、荒木さん、柴崎さん」
少し離れた場所。
康熙の手が止まった。
「五人とも、急に歌が上手くなったんです」
佐渡先生が笑う。
「いいことじゃないですか」
「そうなんですけど」
五十嵐先生は腕を組む。
「発声の仕方が、普通に歌って上手くなった感じじゃないんですよ」
康熙は黙って聞く。
「ちゃんと誰かに習ってるような……」
その時。
「五十嵐先生」
康熙が声を掛けた。
「はい?」
「本人たちが習っていないと言っているなら、それ以上聞く必要はないでしょう」
「まあ、そうですね」
「趣味で動画を見て練習している可能性もあります」
「確かに」
五十嵐先生は笑った。
「職業柄、気になっちゃって」
話はそこで終わった。
康熙は再び資料へ目を戻す。
しかし内心では思っていた。
――思ったより早いな。
五人の成長。
それは喜ばしいこと。
同時に――。
正体を隠す上では、新たな危険にもなる。
◇◇◇
放課後。
レッスン室。
「今日から一つ追加する」
康熙が言った。
「何を?」
SHI☆が尋ねる。
「学校での振る舞いについてだ」
五人が驚く。
「振る舞い?」
「五十嵐先生に気づかれ始めている」
「やっぱり……」
MIKU♪が呟く。
「歌やダンスが上達することは止められない」
康熙は言う。
「だが学校で必要以上に技術を見せないよう意識しろ」
LiZ☆が尋ねる。
「わざと下手にするってこと?」
「そこまでする必要はない」
「じゃあ?」
「普通にやれ」
「普通って一番難しくない?」
「それを覚えるんだ」
五人は顔を見合わせる。
アイドルとして上手くなる。
しかし学校では、その成長を不自然に見せない。
また一つ。
二重生活ならではの難しさが増えた。
◇◇◇
その日のレッスン終了後。
五人は横一列に並んだ。
鏡に映る自分たちを見る。
学校では――。
高野栞。
森川美空。
山本結菜。
荒木美羽。
柴崎莉央奈。
放課後は――。
SHI☆。
MIKU♪。
YUNA◇。
MII♡。
LiZ☆。
そして、その後ろには康熙。
学校では歴史教師。
ここでは二代目シークレットガールズのコーチ。
さらに学校では誰にも明かせない、美和の婚約者。
LiZ☆が鏡越しに康熙を見る。
「康熙コーチ」
「何だ?」
「私たちと先生って、ちょっと似てるね」
「どこが?」
「二つの顔があるところ」
康熙は少し考える。
「そうかもな」
MIKU♪が笑う。
「じゃあ先生もシークレット先生だ」
「変な名前つけるな」
「いいじゃん!」
「よくない」
MII♡が笑う。
YUNA◇も。
SHI☆も。
五人の笑い声が響く。
やがて康熙が手を叩いた。
「ほら、帰るぞ」
「はーい!」
照明が消される。
五人がレッスン室を出ていく。
最後に康熙が扉を閉めた。
普通の中学生と、秘密のアイドル。
歴史教師と、秘密のコーチ。
同僚教師と、秘密の婚約者。
それぞれが二つの顔を持ち。
それぞれが誰かの秘密を守っている。
そして今――。
二代目シークレットガールズの五人は少しずつ理解し始めていた。
「シークレット」とは、ただ正体を隠すことではない。
大切な仲間から預かったものを守ること。
大切な人を守ること。
そして――。
二つの自分を、どちらも大切にすること。
だが。
五人はまだ気づいていない。
音楽教師・五十嵐真緒が抱いた小さな違和感。
幼馴染の陽向と琴音が抱き始めた疑問。
学校の中でも、少しずつ――。
五人の「シークレット」へ近づく者が現れ始めていることを。
二代目シークレットガールズの秘密の学校生活は――。
まだ始まったばかりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第6話では、歴史教師・崇道康熙の「もう一つの顔」を中心に描きました。
学校では、栞、美空、結菜、美羽、莉央奈を他の生徒とまったく同じように扱う崇道先生。
しかし芸能事務所へ行けば、
SHI☆。
MIKU♪。
YUNA◇。
MII♡。
LiZ☆。
五人を厳しく育てる康熙コーチへと変わります。
さらに、英語教師・宍戸美和とは婚約者同士。
学校では、
「崇道先生」
「宍戸先生」
と呼び合い、普通の同僚教師として振る舞う二人。
その本当の関係を知った五人は、初めて「誰かの秘密を預かる側」になりました。
康熙が五人の正体を守る。
五人も、康熙と美和の婚約を守る。
お互いが秘密を共有したことで、七人の間にはこれまでとは少し違う信頼関係も生まれ始めています。
そして今回、もう一つ重要な変化が起こりました。
音楽教師・五十嵐真緒が、
「あなたたち五人、何かやってる?」
と疑問を持ち始めたこと。
毎日のボイストレーニングやダンスレッスンによって、五人の実力は確実に上がっています。
それはアイドルとしては嬉しい成長。
しかし学校では――その成長そのものが正体発覚のきっかけになる可能性があります。
さらに陽向や琴音も、五人が放課後に揃って姿を消すことへの疑問を強めています。
二代目シークレットガールズが人気になればなるほど。
SHI☆、MIKU♪、YUNA◇、MII♡、LiZ☆として成長すればするほど。
普通の中学生として過ごすことは、少しずつ難しくなっていくのかもしれません。
そして次回、第7話。
「どうしてお母さんは知ってるの?――娘たちの疑問」
今度は、五人の視線が学校ではなく――自分たちの母親へ向かいます。
歌。
ダンス。
ステージでの立ち位置。
緊張への向き合い方。
秘密を守りながら生活する難しさ。
なぜか母親たちは、アイドル経験者のように的確なアドバイスをしてくれる。
「どうしてお母さん、そんなこと知ってるの?」
娘たちが抱いてきた小さな違和感が、少しずつ大きくなっていきます。
しかし五人はまだ知らない。
高野愛がEYE。
森川未紀がMORM。
山本麻子がYAH。
荒木まやがBEE。
柴崎リオがLIZ☆。
自分たちの一番近くにいる母親たちこそが――二十五年前の初代シークレットガールズ本人だということを。
母親たちが二十五年間守り続けてきた最大の「シークレット」に、娘たちが初めて本格的に近づき始めます。
第7話へ続きます。




