エピローグ
「本山さん、見事、目標達成です。よく頑張りましたね」
そこは、クリニックのカウンセリング室。三回目の保健指導に向かった僕は、身体測定を済ませて、その結果を聞いていた。
「いゃあ、武山さんのおかげですよ。僕に厳しく言ってくれましたから」
ほんの少したけ嫌味を言ったつもりだったけど、その言葉とは裏腹に僕の顔は笑っていたので、武山さんには伝わっていなさそう。
「すごいじゃないですか。三か月間で体重十キロ減、体脂肪率も正常値ですし、血圧も下がりましたね。それに禁煙にも成功……」
「まぁ、妻たちが協力してくれたおかげですよ。本当に、妻たちには顔が上がりません」
頭に手を遣りながら、照れ笑いを見せる僕。
「だけど、何事も継続が大事ですから、本山さん、この結果に気を緩めないで、これからも健康作りに努めてくださいね」
武山さんが最後にそう付け加えたのは、ここでのやりとりがあくまで指導の一環であることを、強調したかったからかも知れない。
僕は、自分を変えるきっかけを作ってくれたことに感謝の気持ちを込める意味で、深々と頭を下げると、カウンセリング室を後にしたのだった。
一刻も早く、結果を雅代たちに伝えたかった。まりで、口笛を吹きながらスキップをするように家路を急ぐ僕。
「ただいま~」
弾むような声で言ってみたけど、あいにく雅代は買い物からまだ帰って来ていないようだった。歩美は、夜遅くまで塾があると話していたっけ。僕の手には、帰りに駅前で買ったケーキの箱。高級ホテルには寄れなかったけど、雅代たちがいつも美味しいと言って食べているショートケーキ二つと、豆乳プリンを一つが入っている。まっ、あとでサプライズに出してみようと思って、ケーキの箱を冷蔵庫に入れる。
それから僕は、二階の自分の部屋に上がった。やることがあったから。パソコンの電源をつけて、メールソフトを開く。家に帰ってすぐに開くのが、最近の僕の日課になっていた。
ネットショッピングの宣伝メールに混じって届いていたのは、アドレスに『ayuayu』という英文字を含んだメール。なんだかへんてこりんなアドレスだったけど、僕にはそれが誰からのメールであるかがすぐにわかった。
はやる気持ちを抑えて、メッセージを開いてみる。
『美味しいケーキを買ってきても、これまでのことは許さないから。でも、お父さん、保健指導でいい結果が出るといいね』
の文字。歩美らしい書き方だなと、僕は苦笑いを浮かべた。
僕が、歩美とメールでやりとりすることを思いついたのは、カレーライスを食べた日に歩美が見せてきた入塾申込書に、メールアドレスが書かれていたから。歩美が休講などの情報を受け取るために書いていたものだったが、僕はそれを利用しようと思った。だって、直接話ができるようになるまでには、まだ少し時間がかかりそうに思えたから。
最初に送るメールでこれまでのことを謝ろうと、つい長文を書いてしまったけど、歩美はそれが僕からのメールだとすぐにわかったのか、『許さないから』とだけ返信してきた。だけど、僕はそれでもよかった。歩美のことを思う気持ちを、文字に乗せて歩美の元に届けることができるようになったのだから。
『許さないから』が『許さないから。でも、ちょっとは食べないと体に毒』に変わり、いつしか僕のことを『お父さん』と呼んでくれるようになった。当たり前のことかも知れないけれど、そうやって歩美が僕のことを、少しずつ受け入れようとしてくれていることは、父親としてやっぱり嬉しい。
そしていつかは、メールに頼らなくても心を通わせる日が来るといいなと思っているし、家族三人でスキーや温泉旅行に出かけてみたい。
僕は、目を瞑って歩美にかける言葉を探していた。考えれば考えるほど難しくなる。身近な人に贈る言葉なのだから、できるだけシンプルな方がよいじゃないか。そう思って、僕が返信画面に打ち込んだのはこれ。
『夢は叶う。無理せず真剣に取り組んでいたら』
キザな台詞かも知れないけど、歩美ならわかってくれるだろう。
僕は、大きく深呼吸をすると、家族三人で過ごす幸せな光景を思い浮かべた。
カチッと音がして、今、僕の気持ちは、時空を超えて大切な人の未来へと、駆け巡っていった。
☆最後まで読んでいただき、ありがとうございました。人間ドックを扱った小説がないことを知り、書いてみたいと思って先月書き上げた作品です。今後の励みになりますので、ぜひ本作品への評価を残していただけると嬉しく思います。(公開されない設定にしています)
☆本作品はフィクションであり、実在の人物や場所とは一切関係がありません。




