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追放農業大学生の異世界流儀〜規格外の【農具箱】と漢気で理理不尽を砕く。ヤンデレ兎村長とギャンブル狂の親友と作る最強の村〜  作者: 月神世一


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EP 5

【コイントスの哲学】運命(確率)に喧嘩を売る男と、背中を預ける鬼神

 ポポロ村の外れ。三大国が睨み合う国境線に接する荒れ地で、凄まじい土煙が上がっていた。

「ふんっ!」

 鬼神 龍魔呂が『農具箱』から取り出した【URウルトラレア】のスコップを大地に突き立てる。

 ズドォォォン! という爆音と共に、硬い岩盤がえぐり取られ、瞬く間に深さ三メートル、幅五メートルの完璧な防衛用塹壕ざんごうが形成されていく。重機も真っ青の、人智を超えた土木作業である。

 そんな常軌を逸した光景を、塹壕の縁に座り込んだ男が、ポポロ・シガレットの煙を燻らせながらぼんやりと眺めていた。

 ポポロ村自警団リーダー、フェイト・ラック。

 彼は現在、自身のユニークスキル『コイントス』で見事に【裏】を引いており、全ステータスが一般人以下の「1馬力」まで低下し、極度の鬱状態に陥っていた。

「……あーあ。俺の存在(現存在)は今、宇宙の虚無と一体化している……。ハイデガーの言う通り、人間は死に向かう存在なんだ……。ああ、胃が痛い……」

 ミスリルの盾を日傘代わりにし、ぶつぶつと哲学めいた言い訳を垂れ流すフェイト。

 そこへ、龍魔呂がスコップを肩に担ぎ、汗一つかかずに歩み寄ってきた。

 カチ、カチ……。

 真鍮のライターが鳴り、龍魔呂がマルボロ・赤に火を点ける。

「おい、ピカピカの鎧野郎。サボる口実にハイデガーを使うな。哲学ってのは、メシを食って前を向くためのモンだ」

 龍魔呂は煙を細く吐き出し、フェイトを見下ろした。

「前から聞いておきたかったんだがな。てめぇは剣術も体術もA級の腕を持ってる。普通に戦えば、並の魔獣なんざ圧倒できるはずだ。……なんで、わざわざその『コイントス』に頼る?」

 50%で最強、50%で最弱。

 極端すぎるそのギャンブルに命を懸ける合理的な理由など、デカルトの『方法序説』を引くまでもなく存在しない。

 フェイトはシガレットの灰を落とし、自嘲気味に笑った。

「……この世界はな、最初からイカサマのルーレットなんだよ、龍魔呂」

「イカサマ?」

「あぁ。生まれが貴族か平民か。魔力量が多いか少ないか。強力なスキルを持ってるか。……あるいは、理不尽な災害級の魔獣が、自分の村を襲うか襲わないか。全部、神様が回す気まぐれな『確率サイコロ』で決まっちまう」

 フェイトの瞳の奥に、かつての凄惨な記憶が過った。

 努力だけではどうにもならなかった絶望。運命という名の理不尽に踏み躙られ、理不尽に死んでいった者たち。

「俺は、真面目に労働して小銭を稼ぐだけの奴隷モブで終わるのが我慢ならなかった。だから、この『コイントス』のスキルを手に入れた時、決めたんだ」

 フェイトは懐から、ルナミス銀貨を取り出し、親指で弾いた。

 チーン、という澄んだ音が鳴る。

「このコインが宙を舞っている間だけは、王族だろうが魔王だろうが、俺だろうが、すべてが『50%』の対等になる。世界の理不尽な確率を、俺の手の中で無理やり50%に引きずり下ろしてやるんだ。……俺は、運命に喧嘩を売るために、賭け(ギャンブル)をしてるのさ」

 それは、どうしようもない弱者が、強大すぎる世界に抗うための、不器用で狂った哲学だった。

 それを聞いた龍魔呂は、静かにポケットから角砂糖を取り出し、バリボリと噛み砕いた。

「……マックス・ウェーバーの『資本主義の精神』の、てめぇなりのクソみたいな超解釈ってわけか」

「あはは、呆れたか? 勇者サマなら『真面目に戦え!』って殴ってくる展開だよな」

「いや」

 龍魔呂はスコップを地面に突き立て、フェイトの隣に腰を下ろした。

「……悪くねぇ」

「えっ?」

「俺の龍儀の根本は『葉隠』だ。死狂い(しぐるい)って言葉がある。理不尽な強者に対して、損得勘定を捨てて命を張り、狂ったように噛みつく覚悟のことだ。……てめぇのやってることは、確率論を装ったただの『死狂い』だ。カタギを守るために、神様相手にイカサマ無しのタイマンを張ってる。立派な漢の龍儀じゃねぇか」

 フェイトは目を丸くした。

 今まで彼を「ふざけたギャンブル狂」として怒る者はいても、その根底にある『理不尽への反逆』を理解し、肯定してくれた者など一人もいなかった。

「だがな、フェイト」

 龍魔呂は立ち上がり、フェイトに右手を差し出した。

「てめぇが裏を引いた時の『50%の負け』を、村のカタギに背負わせるわけにはいかねぇ。残りの50%は、気合と知恵と『仲間』でカバーする。それが組織チームってもんだ」

「龍魔呂……」

「俺は別の世界から来たよそ者だ。このアナステシア世界の地形も、魔獣の生態も、魔法の理屈も、何一つ知らねぇ。俺の『農具箱』の力だけじゃ、完璧なシマは作れねぇんだ」

 龍魔呂は、A級冒険者であるフェイトを真っ直ぐに見据えた。

「教えてくれ、フェイト。てめぇのA級の知識と経験で、俺に指示を出せ。俺の背中を、てめぇに預ける」

 俺一人で無双する気はない。お前の力が必要だ。

 その絶対的な信頼の言葉に、フェイトの胸の奥で、燻っていたA級冒険者としてのプライドに火がついた。

「……ふっ、ははははっ! お前、マジで規格外だな。俺みたいなサボり魔のクズに、背中預けるって言うのかよ」

 フェイトは龍魔呂の手を強く握り返し、立ち上がった。ステータスは1馬力のままだが、その顔には精悍な笑みが戻っていた。

「いいぜ、相棒。ドンガン地下帝国の技術と、ルナミス軍の戦術理論を掛け合わせた最強の防衛網を設計してやる。お前のそのデタラメな『農具』で、俺の指示通りに罠を掘りな!」

「上等だ。徹夜で仕上げるぞ」

 それから数時間。

 フェイトの緻密な戦術眼に基づき、龍魔呂がURスコップとURクワで地形そのものを改造していく。

 魔獣の進行ルートを限定するチョークポイント(キルゾーン)の作成。地下にドンガン製の魔導地雷を埋め込み、死角にはURハサミで作った鋭利な鉄条網バリケードを張り巡らせる。

 知識と技術、そして圧倒的な力が噛み合い、ポポロ村の防衛力はルナミス帝国の正規軍駐屯地すら凌駕する要塞へと変貌を遂げていった。

     ◆

 その様子を、村の火の見櫓から双眼鏡で眺めていたキャルルは、ウサギの耳をペタンと寝かせて頬を膨らませていた。

「むぅぅ……。たつまろ様、フェイトさんなんかとばかり仲良くして……。私というものがありながら、男同士で背中を預け合うなんて……っ!」

 嫉妬に狂うヤンデレ兎の指に力が入り、双眼鏡の金属筒がミシミシとひしゃげる。

「でも、フェイトさんを認めて頼るその器の大きさ……『代表的な日本人』の精神に通ずるものがあります……っ! あぁん、やっぱり素敵ですぅ……♡」

 怒りと惚気が限界突破し、キャルルの心音はマッハの速度で暴走していた。

 一方、天界のゴッドチューブでは。

『うおおおおっ! 熱い! なにこの激熱バディ展開!?』

『ギャンブル狂のダメ男を、ヤンキー理論で肯定して相棒に引き上げるとか、プロデュース能力高すぎでしょ!』

『ルチアナー! 女性リスナーからのスパチャが止まんないわよ! 【男の友情尊い】【フェイトの顔が良い】【龍魔呂さんに抱かれたい】ってコメントで画面が見えない!』

 永遠の17歳コンビ、ルチアナとラスティアは、エンジェルすまーとふぉんの画面越しにハイタッチを交わしていた。

 ただのギャンブル狂だった男は、鬼神に背中を預けられ、真の『相棒』へと覚醒した。

 最強の防衛網と、最高のバディ。

 ポポロ村は今、アナステシア世界で最も強固な『シマ』へと進化しつつあった。

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