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追放農業大学生の異世界流儀〜規格外の【農具箱】と漢気で理理不尽を砕く。ヤンデレ兎村長とギャンブル狂の親友と作る最強の村〜  作者: 月神世一


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EP 4

【漢飯と角砂糖】泣く子供の涙は、極上のシチューで拭い去る

 ポポロ村の朝は、豊穣な土の匂いと共に始まる。

 村の最高級宿『ポポロ庵』に無償で通された龍魔呂は、早朝から村の畑を見回っていた。東京の農業系大学で学んでいた彼にとって、他人が丹精込めて作った畑を見ることは、何よりの娯楽であり学びだった。

「……見事なもんだ。土壌の魔力バランスも水捌けも完璧じゃねぇか」

 マルボロの煙を細く吐き出しながら、龍魔呂は感心したように呟いた。

 目の前に広がるのは『ハニーかぼちゃ』の畑だ。甘みが強く、本来なら周囲の農家に愛想を振りまく(求愛する)という奇妙な生態を持つ魔植物だが、ポポロ村の農家は熟練のおばちゃんばかりであるため、絶望して自身の身を極限まで甘くするという悲しき特性を持っていた。

 そんな穏やかな朝の空気を、下劣な笑い声が切り裂いた。

「ギャハハハ! なんだこのカボチャ、甘ったるい匂いさせやがって! 潰すといい音が鳴るぜぇ!」

「や、やめてよぉっ! それは僕が、母さんの病気を治すために一生懸命育てたんだっ!」

 畑の隅で、十歳ほどの少年が泣き叫んでいた。

 少年の前に立っているのは、薄汚れた革鎧を着た三人の男たち。他国から流れてきた野盗の残党だろう。ポポロ村は三国間の緩衝地帯であるため、正規軍は手出しできないが、こういったはぐれ者が時折迷い込んでくる。

「うるせぇガキだな! 金目のモンを出さねぇからこうなるんだよ!」

 野盗の一人が、丸々と太ったハニーかぼちゃを軍靴で容赦なく蹴り砕いた。

 グチャッという嫌な音と共に、黄金色の果肉が土にまみれる。少年が絶望に顔を覆い、しゃくり上げた。

 野盗たちは腹を抱えて笑い、腰の剣を抜いて残りのカボチャも切り刻もうと腕を振り上げた。

 ――カチ、カチ……。

 静寂を切り裂くような、金属の摩擦音。

 野盗たちがピタリと動きを止め、音のした方へ振り返る。

 そこには、身長190cmの巨漢が、真鍮製のオイルライターの蓋を弄りながら立っていた。

「おい、ゴミ共」

 龍魔呂の声は低く、地を這うように静かだった。だが、その内側には活火山のような怒りが煮えたぎっている。

「今、食べ物を粗末にしたか?」

「あァ!? なんだテメェ、デカい図体しやがって。俺たちはなぁ、泣く子も黙る『血飢の――」

 野盗が名乗りを上げるより早く、龍魔呂は己の右手に冷たい金属を滑り込ませた。

 現代日本の喧嘩具――『メリケンサック』。

 ただの鉄の塊ではない。龍魔呂の指にはめられた『鬼王の指輪』から溢れ出す赤黒い闘気が、メリケンサックに纏わりつき、空間そのものを歪ませていた。

「パール・バックの『大地』に、こんな言葉がある。――『土を愛する者に、悪人はいない』」

 龍魔呂が一歩、踏み出す。

「てめぇらは土を汚し、命の結晶メシを踏みにじった。……万死に値するが、ガキの前で血は見せたくねぇ。だから、魂だけ砕いてやる」

「な、舐めやがってェェッ!」

 三人の野盗が同時に斬りかかってきた。

 だが、龍魔呂は一切の回避行動をとらず、赤黒い闘気を凝縮した右拳を、野盗たちの中心の『空間』に向かってただ一発、打ち込んだ。

 ドゴォォォォォォォォンッ!!

 拳は誰の肉体にも触れていない。だが、メリケンサックから放たれた衝撃波が『空間そのものを爆破』した。

 野盗たちの持っていた剣が飴細工のように粉々に砕け散り、彼らの全身を不可視の暴風が打ち据える。

「あ、がっ……あ……」

 肉体的な外傷は一つもない。しかし、絶対的な強者から放たれた『死の恐怖』と圧倒的な衝撃に脳を揺らされ、野盗たちは白目を剥いて次々とその場に崩れ落ちた。口から泡を吹き、完全に意識を飛ばしている。

 龍魔呂はメリケンサックをポケットにしまい、泣きじゃくる少年の前にしゃがみ込んだ。その威圧的な巨躯に、少年はビクッと肩を震わせる。

「……怖がらせて悪かったな」

 龍魔呂はそう言うと、土にまみれ、少しひび割れてしまったハニーかぼちゃをそっと拾い上げた。

「あ……僕の、カボチャ……もう、売り物にならない……」

「馬鹿野郎。形が崩れたくらいで、メシの価値は下がらねぇ。……ちょっと待ってろ」

 龍魔呂は空間から『農具箱』を展開した。

 そこから取り出したのは、URウルトラレアのハサミと、愛用の野営用調理セットだ。

 彼は手際よく、ひび割れたハニーかぼちゃの泥を払い、傷んだ部分だけをURハサミで正確に削り落とす。そして、前日に魔獣討伐で手に入れていた『ボア肉』の余りと、ポポロ村特産の『陽薬草』を少しだけ鍋に放り込んだ。

 カンッ、カンッ、と小気味よい音が響く。

 龍魔呂の包丁さばきは、一流の料理人すら舌を巻くほどの美しさと無駄のなさだった。

「デカルトの『方法序説』だ。複雑なものは分解し、最も単純な要素からアプローチする。料理も同じだ。素材の良さを引き出すには、余計な味付けはいらねぇ」

 携帯用の魔石コンロに火をつけ、鍋を火にかける。

 やがて、辺り一帯に暴力的なまでに食欲をそそる匂いが漂い始めた。ハニーかぼちゃの濃厚な甘みと、ボア肉から溶け出した極上の脂、そして陽薬草の爽やかな香りが完璧に調和している。

「ほら、食ってみろ。鬼龍特製、カボチャとボア肉の『漢飯シチュー』だ」

 木製の器にたっぷりとよそわれた黄金色のシチュー。

 少年はゴクリと唾を飲み、震える手でスプーンを受け取った。そして、一口、口へ運ぶ。

「――っ!」

 少年の瞳が見開かれた。

 とろけるようなカボチャの甘みが、恐怖と悲しみで冷え切っていた心を芯から温めていく。ボア肉はホロホロに崩れ、噛むたびに溢れる旨味が全身の活力を呼び覚ます。そして何より、このシチューには、目の前の不器用で恐ろしい巨漢の『優しさ』が詰まっていた。

「おいひい……。僕のカボチャ、こんなに美味しい……」

 ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、少年は夢中でシチューをかき込んだ。

「ゆっくり食え。おかわりは山ほどある」

 龍魔呂はポケットから『角砂糖』を一つ取り出し、少年の頭にポンと乗せた。

「食い物は大事にしろ。土を愛する奴に悪党はいねぇ。お前は立派な農家だ」

 少年は涙と鼻水を拭い、角砂糖を握りしめて、満面の笑みで力強く頷いた。

     ◆

 その光景を、少し離れた木陰から見つめている二つの影があった。

 キャルルと、フェイトである。

「……なぁ、村長。あいつ、昨日俺を容赦なく時速150キロの鉄の箱に乗せて魔獣の群れに突っ込んだ、あの悪魔みたいな男と同一人物だよな?」

 フェイトがポポロ・シガレットを震える手で口に咥えながら言う。

「圧倒的な暴力で悪を制圧した直後に、泣いてる子供に手料理振る舞うとか……ギャップが凄すぎて、俺のコイントスより情緒不安定じゃねぇか?」

 だが、隣にいるキャルルからの返事はない。

 フェイトが横を見ると、キャルルは顔を真っ赤に茹でダコのようにし、ウサギの耳をピンと立てて、両手で自分の胸を強く押さえていた。

「ドクン、ドクンって……! なんですか、あの優しすぎる心音は……っ! あんなの、反則じゃないですかぁっ! 私の心臓の音まで、マッハで暴走しそうですぅ……っ!」

「おいウサギ、落ち着け。顔がヤバいぞ。お前、完全に恋する乙女ヤンデレの顔になってるから」

 一方、天界のゴッドチューブでは。

『ギャァァァァァッ!! 尊い!! なにこのギャップ萌え!!』

 世界神ルチアナが、エンジェルすまーとふぉんに向かって絶叫しながら、クレジットカードの限度額スレスレの「投げスーパーチャット」を連打していた。

『極悪フェイスのヤンキーが、子供に最高のシチューを作って頭ポンポン!? ムリ! しんどい! リスナーの神々も【てぇてぇ】【漢の中の漢】【シチューのレシピ教えろ】って大パニックになってるわよ!』

『ルチアナ! 予算! 予算が爆上がりしてるわ! あーもう、龍魔呂クン最高! アナステシア世界に最高の主人公が来たわね!』

 魔王ラスティアも興奮のあまり、持っていた芋酒イモッカを天井に吹き出していた。

 一人の少年の涙を拭い去った極上のシチュー。

 それは同時に、ポポロ村の村長と、天界の神々の心までをも、完膚なきまでに鷲掴みにしたのだった。

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