EP 3
【マッハの兎姫と、嘘をつかない心音】超音速のダブルトンファーは、UR『スコップ』で捌き切る
フォレスト・ボアの群れが全滅し、静寂を取り戻したポポロ村の広場。
村人たちが龍魔呂とUR軽トラを遠巻きに囲み、畏敬の眼差しを向けている中、助手席から転げ落ちていたフェイトが、突如としてビクッと肩を震わせた。
「おい……嘘だろ。この耳鳴り、空気が軋む音……間違いない」
フェイトの顔が、先ほどの魔獣襲来時よりもさらに青ざめていく。
「村長だ! 出張で三日は帰らないはずの村長が、騒ぎを聞きつけて戻ってきやがった!」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。
――ドォォォォォォンッ!!
村の入り口から、爆発のような轟音が響き渡った。
それは空気を引き裂く音――『ソニックブーム』である。
猛烈な砂塵を巻き上げながら、目にも留まらぬ速度で何者かが広場へと突っ込んでくる。時速150キロの軽トラなど比較にならない。その速度は、音速(マッハ1)を完全に超えていた。
「うおっ!?」
村人たちが風圧で吹き飛ばされそうになる中、龍魔呂は眉一つ動かさず、マルボロを咥えたまま静かに身構えた。
砂塵が晴れ、そこに一人の少女が姿を現す。
Tシャツにデニムのショートパンツ、パーカーというラフな現代風の出で立ち。頭にはピンと立ったウサギの耳(獣耳)があり、足元にはホームセンター『タローマン』で売られているような、分厚い鉄芯入りの安全靴を履いている。
ポポロ村第8代村長にして、元レオンハート獣人王国の第三姫君――キャルル・ムーンハート(20歳)である。
「ハァ……ハァ……間に合った……!」
キャルルは息を乱しながらも、鋭い視線で広場の惨状を見渡した。
全滅している魔獣の死骸。倒れ伏している自警団リーダーのフェイト。そして、見たこともない巨大な白い鉄の箱(軽トラ)の前に立つ、異様な闘気を放つ見知らぬ巨漢(龍魔呂)。
「……状況は理解しました」
キャルルの瞳に、冷たい怒りの炎が灯る。
「帝国軍のスパイか、新手の盗賊か知りませんが……私の村を荒らしたこと、万死に値しますっ!」
シャキンッ!
キャルルが腰から二本の『ダブルトンファー』を抜き放った。
誤解だ、とフェイトが叫ぼうとしたが、遅い。
「月影流――鐘打ちッ!!」
マッハの踏み込み。大地が爆ぜる。
キャルルの身体がブレたかと思うと、次の瞬間には龍魔呂の真正面にワープしていた。音速の慣性を乗せた、特注安全靴による必殺の回し蹴りが、龍魔呂の顔面めがけて放たれる。
まともに食らえば、巨大な釣り鐘に激突したような衝撃で頭蓋骨が粉砕される、恐るべき一撃。
だが。
「……速いが、直線的すぎるな」
龍魔呂は冷静に呟き、空間から【UR】の概念を付与された『スコップ』を引き抜いた。
ガァァァァァンッ!!
金属が激突する、凄まじい衝撃音が轟いた。
龍魔呂はURスコップの『面』を盾のように使い、音速の蹴りを完璧な角度で受け止めていた。スコップの柄から伝わる衝撃を、合気道の呼吸法と『鬼王の指輪』から溢れる赤黒い闘気で足元へ逃がす。
龍魔呂の足元の地面がクレーターのように陥没したが、彼自身は一歩も退いていない。
「防がれた……!? 私の蹴りを!?」
キャルルが驚愕に見開いた目を向ける。
「なら、これならどうですっ!」
キャルルは蹴りの反動を利用して空中で回転し、両手のダブルトンファーによる怒涛の連続攻撃『乱れ鐘打ち』を放った。
上段、中段、下段。あらゆる死角から、空気を裂きながら無数の打撃が襲い掛かる。
「フッ、ハァッ! 砕け散れぇぇっ!」
「……無駄だ。マルクス・アウレリウスも言っている。『外部の事象に心を乱されるな』とな」
龍魔呂は片手でスコップを軽々と回し、キャルルの超音速の打撃をすべて、最低限の動きで弾き落としていく。
キンッ! カンッ! ギンッ!
火花が散る。龍魔呂は反撃しない。相手が女であること、そして村を守ろうとする『カタギの責任感』からの行動であることを見抜いていたからだ。「女には手を出さない」「悪意なき者は傷つけない」という、彼の『鬼の龍儀』である。
「な、なんで……! 私の攻撃が、ただのスコップに全部……!」
焦るキャルルの動きに、一瞬の力みが生じた。
「拍子が狂ったな」
龍魔呂はその隙を見逃さず、スコップの柄でキャルルのトンファーを絡め取り、彼女の体勢を崩した。そのまま、空いている左手で彼女のパーカーの襟首を軽く掴み、動きを完全に封じる。
「ちょっ……離しなさいっ!」
「暴れるな、マッハのウサギ。話を聞け」
龍魔呂はマルボロの煙をフーッと空へ吐き出しながら、静かに告げた。
「俺は村を襲ってねぇ。あの魔獣の群れを轢き潰しただけだ。そこのピカピカの鎧野郎にでも聞いてみろ」
「え……?」
キャルルが動きを止め、傍らでゲロを吐き終えたフェイトを見た。
「そ、そーだぞ村長! こいつは恩人だ! 今日の俺はコイントスが裏でどうしようもなかったから、こいつの謎の鉄の箱が助けてくれたんだ!」
フェイトの言葉に、キャルルはハッとして周囲を見渡した。
村人たちが、怯えるどころか龍魔呂に対して感謝の視線を向けている。
自分の早とちりだったのか。
だが、こんな底知れない力を持った男が、見返りもなしに村を助けるなどあり得るだろうか。帝国や魔皇国の手の者という可能性はまだある。
「……私の耳はごまかせませんよ」
キャルルは龍魔呂をキッと睨みつけた。
「月兎族の並外れた聴覚は、相手の『心音の乱れ』から嘘を100%見抜きます。少しでも怪しい鼓動が鳴れば、顎を砕きますからね!」
「……好きにしろ」
龍魔呂は襟首から手を離し、無防備に胸を張った。
キャルルは恐る恐る、龍魔呂の広い胸板に耳をぴたりと押し当てた。
人間の男の心音など、醜い欲望や嘘、下心で常に乱れ、濁っているものだ。王宮にいた頃、彼女はそんなドロドロとした心音ばかりを聞かされてきた。だからこそ、他人に期待などしていない。
だが――。
ドクン……ドクン……。
キャルルのウサギの耳がピクンと跳ねた。
なんだ、この心音は。
深く、静かで、圧倒的に力強い。まるで波一つない静寂な大海原か、あるいは何者にも揺るがない巨岩のようだ。
嘘がない。悪意もない。ただ己の信念(龍儀)に従って生きている、混じり気のない『究極に誠実な漢の心音』がそこにあった。
(うそ……こんな綺麗で、力強い心音……初めて聴いた……)
キャルルの心臓が、トクトクと早く打ち始める。
彼女が大切にしている『星の王子様』の一節、「大切なものは、目に見えない」。まさしく、この威圧的な巨漢の内側には、何よりも尊く美しい魂が宿っている。
「……どうだ? 俺の心臓は、何か嘘を吐いていたか?」
龍魔呂が静かに問いかける。
「あ……ぅ……」
キャルルは顔を真っ赤にして龍魔呂から飛び退いた。
手からダブルトンファーがカランと地面に落ちる。
「う、嘘は……ありませんでした。その……あ、あなた、お名前は……?」
先ほどまでの殺意に満ちた戦士の顔はどこへやら。上目遣いでモジモジと指を絡めるその姿は、恋に落ちた乙女そのものだった。
「俺か? 鬼神 龍魔呂だ。少しの間、この村に滞在させてもらいてぇ。宿代わりと言っちゃなんだが、魔獣の駆除でも畑仕事でも、キッチリ働いて返す」
「た、たつまろ様……! はいっ! 大歓迎です! 私の家……じゃなかった、村の最高級の宿を無料で手配します! なんなら私の手作りの人参ハンカチも……っ!」
完全に『ヤンデレスイッチ』が入ってしまったキャルルを見て、フェイトが青ざめながら龍魔呂に耳打ちする。
「おい新入り、お前とんでもない地雷を踏んだかもしれねぇぞ……。あのウサギ、一途すぎて重いタイプだぞ」
「知るか。俺は美味いメシが食えりゃそれでいい」
龍魔呂は角砂糖をポケットから取り出し、バリボリと噛み砕いた。
◆
一方、天界のモニター前。
『キタァァァァァッ!! チョロイン! ヤンデレ覚醒キタァァァ!!』
魔王ラスティアがエンジェルすまーとふぉんを振り回して絶叫していた。
『顔面偏差値MAXのウサギが、無骨なヤンキーに胃袋ならぬ心臓(心音)を掴まれたわよルチアナ! これはリスナー大好物の展開! コメント欄の勢いが止まらないわ!』
『素晴らしいわ龍魔呂くん! このままポポロ村でスローライフ(物理)を展開して、私の予算を無限に稼ぎ出しなさい! あぁ、これで月人君のプレミアムディナーショーのSS席チケットが買えるわぁ……っ!』
かくして、神々の欲望と視聴者の熱狂の渦の中で、龍魔呂の波乱に満ちたポポロ村での日々が幕を開けたのである。




