EP 2
【ポポロ村到着と、裏を引く男】畑を荒らす害虫は、時速150kmの『軽トラ』で轢き散らす
荒野を抜けると、そこには一面の緑が広がっていた。
ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国。三大国が睨み合う最前線の緩衝地帯に位置するにもかかわらず、その村は奇跡のような豊穣の空気に包まれていた。
ポポロ村。
広大な畑には、太陽の光をいっぱいに浴びた『太陽芋』の葉が青々と茂り、ふっくらとした『月見大根』が土から顔を覗かせている。あちこちから、農作業に勤しむ人々の活気ある声が聞こえてきた。
「……いい土の匂いだ」
鬼神 龍魔呂は、村を一望できる丘の上で足を止め、深く息を吸い込んだ。
東京の農業系大学で学んでいた彼にとって、土の匂いと作物の育ち具合を見れば、その土地の人間がどれだけ真摯に「生」と向き合っているかが分かる。パール・バックの『大地』を愛読する龍魔呂にとって、この村の景色は完璧に近いものだった。
「カタギが汗水流して作った、立派な畑じゃねぇか」
龍魔呂が満足げにマルボロを咥え、真鍮製のライターを取り出した、その時である。
――カン、カン、カン、カンッ!!
突如として、村の火の見櫓からけたたましい警鐘が鳴り響いた。
「魔獣だァァッ! 西の森から、フォレスト・ボアの群れが来たぞォォッ!」
見張りの村人が絶叫する。
西の防護柵を突き破り、体長三メートルを超える巨大な猪の魔獣『フォレスト・ボア』が十数頭、猛烈な勢いで畑へと雪崩れ込んできた。
奴らの巨大な蹄が、手塩にかけて育てられた太陽芋の畑を無惨に踏み荒らしていく。
「ヒィィッ! やめてえぇぇ! せっかくいい感じに育ってたのにィ!」
近くの畑に植わっていた『ネタキャベツ』たちが、ゴシップではなく純粋な命の危機を感じて悲鳴を上げている。
村人たちがパニックに陥る中、防衛線の前に一人の男が颯爽と躍り出た。
輝くミスリルアーマーを一式装備し、手にはミスリルソード。金髪の整った顔立ちに、どこか気怠げな笑みを浮かべている。
ポポロ村自警団の戦闘リーダーであり、A級冒険者の肩書を持つ男、フェイト・ラック(25歳)である。
「安心しな、村の皆。俺がポポロ村と契約している限り、魔獣の一匹たりとも……ん?」
フェイトは腰のポーチから一枚のルナミス銀貨を取り出した。
「悪いが、俺のジンクスでね。戦う前には運命を確かめることにしてるんだ。マキァヴェッリも言ってるぜ。運命の女神は荒々しい男を好むってな」
フェイトが親指で硬貨を高く弾く。
チーン……という澄んだ音が響き、硬貨が空中で回転する。村人たちはゴクリと唾を飲み、頼れるA級冒険者の背中を見つめていた。
ポトッ。
硬貨がフェイトの手の甲に落ちる。出目は――【裏】だった。
「あ、裏だ」
フェイトが呟いた瞬間。
今まで彼から立ち昇っていた強者のオーラ(闘気)が、シュウゥゥ……と音を立てて霧散した。
同時にフェイトの顔面が土気色になり、膝からガクンと崩れ落ちる。
「あ、あー……うーん……。なんか急に自律神経が乱れて、低気圧頭痛と胃潰瘍が一気に襲ってきたわ……。あ、ごめん皆。俺、今日体調悪いから有給使うわ……。後の指揮は適当に任せた……」
フェイトはその場に丸まり、ミスリルの盾を毛布代わりにして目を閉じた。彼のステータスは今、一般人(1馬力)以下の「最弱の鬱状態」に成り下がっていた。
「フェイトさァァァん!? またですかァァァッ!?」
「終わった……! 村長も出張中でいないのに、俺たちの畑が全滅しちまう!」
村人たちが絶望の声を上げる。
迫り来るボアの群れ。震える農家の人々。現実逃避して丸まるフェイト。
その最悪の光景を前に――。
カチ、カチ……。
金属の摩擦音が、重く響いた。
「おい、そこのピカピカの鎧着たゴミ」
フェイトが見上げると、そこには身長190cmの巨漢が、赤黒い闘気を陽炎のように揺らめかせながら立っていた。
龍魔呂は口から紫煙を細く吐き出し、丸まっているフェイトの胸ぐらを片手で掴み、軽々と持ち上げた。
「ひぃっ!? な、なんだアンタ! 離せ! 確率論的に言って、今日の俺が戦うと死ぬんだよ! ラプラスの悪魔もそう言ってる!」
「知るか。カタギのシマで飯食ってんなら、仕事くらいキッチリつけろ。いいから乗れ」
龍魔呂はフェイトを放り投げると、空間に手をかざした。
「『農具箱』――来い」
空間が歪み、そこに一台の「乗り物」が出現した。
四つのゴム製タイヤ。白い四角いキャビン。後部にはフラットな荷台。
それは、地球の農家の魂にして最強の相棒――『軽トラック』であった。
しかし、ただの軽トラではない。ユニークスキルによって【UR】の概念を付与されたその車体は、ミスリルすら凌駕する絶対硬度の装甲を持ち、魔導エンジンを遥かに超える謎の超動力を秘めていた。
「な、なんだこの奇妙な鉄の箱は……!?」
助手席に放り込まれたフェイトがパニックを起こす中、龍魔呂は運転席に乗り込み、キーを回した。
ヴゥゥゥォォォォォンッ!!
野獣の咆哮のようなエンジン音が、ポポロ村の空気を震わせた。
「畑を荒らす害虫は、根こそぎ駆除する。シートベルトは締めとけよ、サボり魔」
龍魔呂がクラッチを繋ぎ、アクセルをベタ踏みする。
キュルルルルッ! と凄まじいタイヤのスキール音を立て、UR軽トラはロケットのような加速で飛び出した。
「ぎゃあああああああッ!? はえええええええええ!?」
フェイトが助手席で悲鳴を上げる。
未舗装の農道を、軽トラは時速150キロという異次元の速度で爆走していた。サスペンションが完璧に仕事をこなし、車内は驚くほど揺れない。
龍魔呂はTUDORの時計が巻かれた腕で、片手でハンドルを回し、巧みなドリフト走行で畑を縫うように走る。
「ブギィィィッ!?」
突進してきたフォレスト・ボアの群れが、見たこともない白い鉄の塊に驚き、立ち止まった。
だが、遅い。
「轢き潰す」
ドゴォォォォォォンッ!!
UR軽トラのフロントバンパーが、体重1トンを超えるフォレスト・ボアの群れに時速150キロで真正面から突っ込んだ。
魔獣の分厚い毛皮も、強靭な骨肉も、URの概念の前には紙切れ同然だった。ボアたちは次々と空高く跳ね飛ばされ、光の粒子となって消滅していく。
「ひいいいいいっ! 命が、俺の命が確率の向こう側に飛んでいくぅぅぅ!」
フェイトが涙目で絶叫する中、龍魔呂は冷静にシフトチェンジを行い、残りの群れを次々と「収穫(轢殺)」していく。
「騒ぐな。農家にとっちゃ、土を耕す前のただの『整地』だ。デカルトも言ってるぜ。困難は分割しろってな。群れはバラして各個撃破が基本だ」
「どこの農家が時速150キロで整地すんだよォォォッ!?」
数分後。
畑を荒らそうとしたフォレスト・ボアの群れは、一匹残らず「整地」されていた。
軽トラの荷台には、ドロップアイテムである最高級の『ボア肉』が山のように積まれている。
キキィィィッ、と軽トラが村の広場に停まる。
助手席のドアが開き、フェイトが地面に転げ落ちて激しく胃液を吐いた。
「お、おぇぇぇ……。い、生きてる……俺、生きてる……」
「情けねぇ野郎だ。だが、アーマーの着こなしだけは悪くねぇ」
龍魔呂は運転席から降り、真鍮のライターで再びマルボロに火を点けた。
その光景を、村人たちは口を開けて呆然と見つめていた。村を滅ぼしかけた魔獣の群れが、謎の白い箱によって一瞬で全滅したのだから無理もない。
「あ、あんた……一体、何者なんだ……?」
震える声で尋ねるフェイトに対し、龍魔呂は煙を吐き出して答えた。
「ただの農業系大学生だ。あと、メシを粗末にする奴が嫌いなだけの、元不良だよ」
◆
同じ頃、天界のモニター(ゴッドチューブ)前。
『ギャハハハハハッ!! なにあの軽トラ!? 異世界ファンタジーに軽トラ持ち込んで、魔獣を時速150キロで轢き殺してんだけど!!』
魔王ラスティアが、床をバンバン叩きながら大爆笑していた。
『フェイトの奴、また裏引いてゲロ吐いてるし! あーダメ、お腹痛い! ルチアナ、これ絶対急上昇ランキング1位に乗るわよ!』
『ふふっ、言ったでしょ? 地球のヤンキー魂と農業の相性は抜群なのよ。さぁさぁ、リスナーの神様たち、どんどん投げ銭(加護)をスパチャしなさーい! 月人君のグッズを買い占めるのよ!』
ピンク色のジャージを着た世界神ルチアナは、エンジェルすまーとふぉんの画面に映る『PV数』と『収益額』の爆発的な伸びを見て、ニチャァ……と邪悪な笑みを浮かべていた。
かくして。
神々の思惑(娯楽)と、一人の漢の理不尽なまでの実力によって、ポポロ村の運命は大きく動き出そうとしていた。
だが、彼らはまだ気づいていない。
この騒動の爆音を聞きつけ、この村の『真の支配者』であるマッハの兎が、超音速で接近してきていることに。




