第一章 ポポロ村の鬼神と、最高の仲間たち
【追放と鬼の龍儀】飯を粗末にする勇者は、俺の拳で塵になれ
大理石の床に、幾何学的な魔法陣が淡い光を放っていた。
ルナミス帝国の王城、その最奥にある召喚の間。そこには、地球から強制的に喚び出された数名の若者たちが、困惑と興奮の入り交じった顔で立ち尽くしていた。
「素晴らしい! さすがは異世界からの勇者様たちだ! 軒並み強力なユニークスキルをお持ちのようだ!」
豪奢なローブを纏った神官が、狂喜の声を上げる。
若者たちの中心で、ひときわ得意げな笑みを浮かべている男がいた。ゼロス・ディバイン。整った顔立ち(整形)と、やけに底の厚いブーツ(シークレット)で長身を偽装したその男は、神官から『マネー(課金によるステータス青天井)』という規格外のスキルを告げられ、己が世界の主人公であると確信していた。
一方、集団の端でひっそりと、しかし異様なまでの威圧感を放ちながら腕を組んでいる巨漢がいた。
身長190cm、体重84kg。鍛え上げられた鋼の肉体を包むのは、機能性を重視したカーゴパンツと黒のTシャツ。腕にはTUDORのブラックベイ58ブロンズが鈍く光り、手には極限まで潰されたヤンキー鞄(鉄板入り)が握られている。
鬼神 龍魔呂。
東京の農業系大学に通う20歳の青年であり、関東を裏で束ねた暴走族『鬼龍爆速愚連隊』の十一代目総長である。
「して、そちらの屈強な御仁は……」
神官が水晶玉を通して龍魔呂のステータスを覗き込み、ピタリと動きを止めた。
「……む? ゆ、ユニークスキル『農具箱』? クワやスコップ、タネモミを出すだけの、農業スキル……?」
その言葉に、静まり返っていた間に嘲笑が響き渡った。
「ぷっ……あはははは! なんだよそれ! 異世界に来てまで土いじりかよ!」
ゼロスが腹を抱えて笑い出す。
「悪いなデカブツ君。君の役目は、俺たちエリート勇者が食べる野菜を安全な後方で作ることみたいだ。ま、俺の『マネー』で雇ってやってもいいぜ?」
周囲の取り巻きたちも一斉に龍魔呂を嘲笑う。
だが、龍魔呂は眉一つ動かさなかった。ポケットから角砂糖を取り出し、奥歯でバリボリと噛み砕く。脳への糖分補給。デカルトの『方法序説』をそらんじる彼の脳内は、極めて理性的だった。
(なるほど。拉致同然の強制召喚の上に、スキルの優劣で露骨な身分差別か。合理的だが、胸糞が悪いな)
事態が動いたのは、召喚の儀が終わり、豪勢な歓迎の宴が開かれた時だった。
給仕のメイドが、ゼロスのテーブルにルナミス帝国特産の『米麦草』を使った握り飯と、肉椎茸のスープを運んできた。庶民にとっては最高のご馳走である。
しかし、ゼロスはそれを見るなり顔をしかめた。
「なんだこの貧乏くさいメシは。俺は勇者だぞ? こんな豚の餌みたいなモンが食えるかよ!」
ゼロスはメイドの手を乱暴に払い除けた。
ガシャンッ!
器が割れ、ホカホカの握り飯とスープが冷たい大理石の床にぶちまけられる。メイドが悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
「あーあ、床が汚れちまった。おい農民、お前のスキルでこのゴミを片付けておけよ」
ゼロスが嘲笑うように振り返った、その瞬間。
――カチ、カチ……。
静まり返った宴会場に、真鍮製のオイルライターの蓋を開閉する音が響いた。
カチ、カチ……。
それは、かつて関東の不良たちを震え上がらせた、鬼神龍魔呂の『処刑の合図』だった。
「おい、厚底野郎」
龍魔呂が、マルボロ・赤を咥えながら静かに立ち上がる。
「今、食べ物を粗末にしたか?」
「あ? なんだよ農民、文句あんの――」
ゼロスの言葉は、最後まで紡がれなかった。
龍魔呂の右手に嵌められた『鬼王の指輪』から、赤黒い闘気が陽炎のように立ち昇る。
一歩踏み込んだ瞬間、床の大理石が爆発したかのように粉砕された。圧倒的な踏み込み。龍魔呂の巨体がゼロスの懐にワープしたかのように潜り込む。
「土を愛し、命を育むカタギの苦労を踏みにじる奴は、俺の龍儀に反する」
極静から放たれる、極限の右ストレート。
「――塵になれ」
ドゴォォォォォォンッ!!
赤黒い闘気を纏った拳がゼロスの顔面にめり込み、その身体を大砲の弾のように吹き飛ばした。ゼロスは宴会場の分厚いオーク材の扉をぶち破り、数十メートル先の回廊の壁に激突して白目を剥き、崩れ落ちた。
「ゆ、勇者様ァァァッ!?」
悲鳴を上げる神官たち。剣を抜く近衛兵たち。
龍魔呂はふう、と紫煙を吐き出し、潰れたヤンキー鞄を肩に担ぎ直した。
「世話になったな。メシを粗末にする国に、俺の居場所はねぇ。俺は、カタギが普通に笑ってメシを食える場所を探させてもらう」
誰一人として止めることのできない威圧感を残し、龍魔呂は悠然と王城を後にした。
◆
その頃、天界の片隅。
コタツに入り、ピンク色のジャージ姿でピアニッシモ・メンソールを吹かす世界神ルチアナと、永遠の17歳(自称)の魔王ラスティアは、空間に投影された『ゴッドチューブ』の画面を見て腹を抱えて笑っていた。
『ヤバッ! 何このヤンキー! 召喚されて開始数十分で勇者ワンパンして国出てったんだけど!』
『ウケるー! ルチアナ、こいつのPV(視聴率)めっちゃ跳ね上がってるわよ! ほら、コメント欄も「農民(物理)」「厚底ざまぁww」「この漢、推せる」って大絶賛!』
『くぅ〜っ、最高! やっぱ私が地球から引っ張ってきた魂は当たりが多いわね! よーし、この調子でPV稼いで、月人君(推しアイドル)のライブ遠征費の予算をガッポリ稼いじゃうぞー!』
神々が俗物丸出しで熱狂していることなど露知らず、龍魔呂は帝国の外れ、荒野を一人歩いていた。
背後から、けたたましい土煙が迫ってくる。
ゼロスの取り巻きだった魔法騎士たちと、帝国が使役する軍用魔獣『ロックバイソン』の部隊だ。「大逆罪だ! あの農民を殺せ!」と血走った目で迫ってくる。
「……しつこい害虫だ。少し間引くか」
龍魔呂は歩みを止めず、虚空に手を伸ばした。
発動、ユニークスキル『農具箱』。
取り出したのは、一本の【クワ】。しかしそれは、地球の農具の概念をURまで昇華させた、神気を纏う絶対硬度の質量兵器だった。
「畑を荒らすな」
龍魔呂が赤黒い闘気を込めてクワを振り下ろし、大地に突き立てる。
ズドォォォォォォンッ!!
大地が悲鳴を上げた。クワを中心に走った亀裂が、瞬く間に全長百メートルの地割れとなって荒野を引き裂いた。突進してきていたロックバイソンの群れが、次々と奈落へと飲み込まれていく。
「な、なんだあの威力は!? 土魔法か!?」
「ひぃぃっ! ば、バケモノだ!」
パニックに陥り逃げ惑う魔法騎士たちに向け、龍魔呂は足元の石ころを一つ拾い上げた。
親指と人差し指で石を挟み、極限まで圧縮した赤黒い闘気を込める。
武技――『指弾』。
ピィンッ!
弾かれた石ころが音速を超えた。22mm機関砲に匹敵する威力を得た石は、真空の波を引き連れながら、逃げる騎士の真横にあった巨大な岩山を、まるで豆腐のように綺麗に撃ち抜いて粉砕した。
轟音と土煙の中、騎士たちは腰を抜かし、武器を捨てて震え上がった。
「……命拾いしたな。俺の龍儀では、子供と逃げる奴の背中は撃たねぇ」
龍魔呂は手にしたURのクワを空間にしまい、再び真鍮のライターでマルボロに火を点けた。
「命が惜しけりゃ、二度と俺の前に面を出すな」
煙を吐き出しながら、龍魔呂は荒野の先を見据える。
地図によれば、この先には帝国、魔皇国、獣人王国の三カ国が睨み合う緩衝地帯――『ポポロ村』という辺境の農村があるらしい。
「まずはそこか。美味いメシと、土を愛するカタギがいるといいんだがな」
鬼神の異名を持つ漢は、潰れた鞄を肩に担ぎ、我が道を行く。
彼がこの後、マッハの速度で走るヤンデレ兎の村長や、ギャンブル狂のダメ剣士と共に、アナステシア世界で最も熱く、最も狂った最強の村を作り上げることになるのを、今はまだ誰も知らない。
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