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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十一章 乳母と、クロイツァー伯と、旅立ちの日

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第十八話「屋敷を出る朝」


士官学校への出発の朝、屋敷の玄関前に、少数の使用人が並んでいた。

グレーテ、ヨーゼフ、執事、女中頭。

それだけだった。

大げさな見送りは、伯爵の意向で行われなかった。


伯爵が、玄関先に立っていた。

「行くか」

「行く」

「体に気をつけろ」

「ああ」

伯爵は、少し間を置いた。

それから、静かに言った。

「クロイツァーの名を、名乗り続けろ」

マティアスは、伯爵を見た。

「他の名は」

「忘れていい。お前は、クロイツァーだ。それ以外は、まだ、必要ない」

マティアスは、その言葉を、しばらく考えていた。

それから、頷いた。

「分かった」


グレーテが、涙をこらえた顔で、一礼した。

「お元気で」

「ああ」

ヨーゼフが、頭を下げた。

「達者で」

「達者でな」


マティアスは、馬に乗った。

懐には、グレーテの布切れと、名前のない花の種があった。

それ以上、持っていくものはなかった。


門を出る時、一度だけ、振り返った。

屋敷が、朝の光の中に立っていた。

石造りの、大きな屋敷だった。

十三年間、育った場所だった。

温かかったとも、冷たかったとも、はっきりとは言えない場所だった。

それでも、確かに、そこに何かはあった。


馬を進めた。

振り返らなかった。

道の先に、士官学校があった。

そこから先のことを、マティアスはまだ、何も知らなかった。

ただ、懐の種が、小さく音を立てた。

からから、と。

乾いた、軽い音だった。


それが、何かの始まりのように、聞こえた。

気のせいかもしれなかった。

それでも、今日だけは、気のせいだと思わないことにした。


第十一章 完


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